閣僚懇談会
昭和16年10月22日水曜日、首相官邸
午前8時、首相官邸に東條内閣の閣僚が集まっていた。閣議は9時からの予定だが、その前に朝食を一緒にしながら懇談しようという、東條首相の呼びかけだった。といっても、まさか本当に口をもぐもぐしながら国家の話はできない。朝食は雑談しながらさっさとすまし、食後のコーヒーが懇談の時間となる。
東條のねらいは、閣内の意思疎通と統一である。
帝国では内閣は決議機関であり、討議機関ではない。決議するのは、主に政令、施行令である。内閣の意思を行政に反映するための法令を各省が作成し、それを閣議で決議する。行政は、各省が法令を執行する。内閣は、大臣を通じて各省の調整と指導に当たるのだが、調整はともかく、指導力は弱かった。もともと、内閣総理は他の各省の大臣と同格。大臣は、それぞれ上奏の権限を持つ。内閣総理は、閣僚を選択する組閣権は持っているが、指名した閣僚すなわち大臣の更迭権がない。説得での罷免に失敗すれば、閣内不一致で総辞職となる。それが帝国憲法の規定である。
帝国には、内閣の他に、衆議院・貴族院・枢密院・統帥部があって、お上と直結する上奏権を通じて強力な政治力を持っている。閣僚の意思統一のない内閣では、それらの勢力と対等に渡り合えないのだ。
東條は、閣議の前後に懇談会を頻繁に行うことにした。各大臣とは個別に会談しているが、それだけでは閣内統一とはならないのである。
今朝の話題は、明日からの連絡会議に向けての内閣の統一見解である。
「明日からの連絡会議に臨むにあたり、内閣の意思を統一しておきたい」
「言うまでもありませんが、お上の大御心はただ一つ」
「内閣としては、和」
「非戦の方針で連絡会議に臨みます。よろしいですな?」
室内が静まる。
大臣たちは、もちろん省をあげて休日返上で項目案を検討していた。同時に配付された国家機密の報告書資料も省内で綿密に精査してある。星野や武藤を通じて集めさせたところでは『戦争は不可』、それがほとんどの大臣の結論であった。
しかし、ことはそれだけでは決まらないのである。世論がある。これまでの経過・経緯がある。戦死者、戦傷者がいて、犠牲、死傷者もいる。損害や損失があって、戦争需要で左右される業界を所管している省もある。
(やはり文官からは切りだせないか)東條は手帳をめくりながら思う。
(ま、いい。志郎さんによるとリーダシップのチャンスらしい)
東條がコホンと咳をして顔をあげる。
だが、発言したのは、海軍大臣であった。
「統帥部の意見を聞かずに結論を出すのは、いささか早急に過ぎると思うが」
「いかにも」
「はあ↑」
「いかにも、結論を出すのは早急であります。が、それは国策のこと」
「はあ↓」
「連絡会議は討議の場でありますから、統帥部の意見で結論が左右される」
「したり」
「といって、政府内閣が白紙で会議に臨むのは、輔弼の責を果たしているのか?」
「「「「うんうん」」」」
「そ、それは!」
(われわれは、結論を持った上で連絡会議を押し切ろうとしているのだよ)
(そして、君もその内閣の一員なのだよ)
ようやく賀屋蔵相が発言する。
「和でよろしいかと思います」
重光外相と藤原商工相が続く。
「「もっともですな」」
「「「「こくんこくん」」」」
「では、懇談はここまでとして、閣議に入りましょう」
(リーダシップは、次にするか)




