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LN東條戦記第1部「不戦宰相」  作者: 異不丸
第2章 臣民われら皆共に
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総力戦研究所高等班

昭和16年10月21日火曜日、神奈川県川崎市、陸軍科学研究所登戸出張所


川崎市登戸にある陸軍科学研究所登戸出張所の一棟に、今朝から『内閣府総力戦研究所高等班』の看板が掲げられた。中の教室風の部屋では30前後の男が10人、机について待っている。男たちは全員、国民服を着せられていた。机の上には、通し番号の着いた帳面が一冊と筆記具。窓のカーテンは閉められている。部屋の隅には、魔法瓶とカップが置かれたテーブル。灰皿はない。

10人の男たちは、いずれも中堅の官僚だった。


8時半になり、3人の男が入室して来た。一人はやはり国民服を着ている。他の二人は憲兵で、階級は少尉と伍長。国民服の男が、中央の講義机に座る。憲兵少尉は部屋の後のテーブル脇の椅子に座る。憲兵伍長は、入口の側の椅子に座る。

国民服の男が切りだした。

「わたしは、山口志郎。総力戦研究所の教官であり、ここの責任者だ」

「二人は、清水憲兵少尉と岩山憲兵伍長。護衛・監視役だが、講義にも参加する」

「今日から1週間はここに宿泊してもらう、外出は禁止だ」

「「「ざわざわ」」」

ここで、清水少尉が立ちあがり、後ろから話す。

「講義自体が国家機密であり、外出禁止の目的は、意識下ないし無意識の機密漏洩の防止です」

山口が言う。「質問は、随時よろしい」

早速、一人が立ちあがり、質問する。「誓約書は提出しましたが?」

「意識下および無意識の制御については訓練しますが、効果が出るのに1週間かかります」清水少尉が回答する。

「了解しました」質問した男は納得して、座る。


山口が続ける。「緊張を強いるのは、プレゼンテーションの導入としては必須だ」

数人の男が、帳面にメモを取る。

「テクノクラートという言葉がある。邦訳は技術官僚。技師や技手とは違う」

「事務官僚、ビューロクラートの対語としての、テクノクラートを論じる」

「諸君の仕事、意図や目的は、人を使い、あるいは人から使われることで実現する」

「諸君が上の場合もあるし、下の場合もある」

「諸君の業務や仕事は一人で実現できないという意味で、諸君は技手や工手、あるいは事務官とは異なる。その意味で、諸君はテクノクラートである」

「また、諸君の中で工業や実業、工科を出ておるものは、みなが図面を書くことが可能で、設計書も読める」

「図面や設計書は、人に意図・目的を伝えることができる。すなわち言語の一種だ」

「つまり、ビューロクラートに比べると、テクノクラートには使える言語が多い」

「単に技術や理工学の知識があるだけではテクノクラートと呼べない。技術・理工学に基づく言語や手法を習得・練磨して、より早くより精確に伝達することができる」

「そういう者たちをテクノクラートと呼び、ここの講義の目的だ」


1人が立ちあがり質問する。

「教官の言われるプレゼンテーションと、伝達の違いは何でしょうか?」

「うん。これを見てくれ」

山口が自分の机の上の何かを触ると、前方の黒板に映像が浮かぶ。映画ほどは明るくない。

「「「ポジフィルム?!」」」

「そう、ポジフィルム。スライドとも言うね」

山口が操作すると、映像が次々に移り変わる。

「「「ほほほーっ」」」

「まだ満足できる投影機ができてなくてね。少し暗くて小さいが見えるだろ」

「「「・・・」」」

「えと、これだ」山口が選んだ映像には、着色された楕円と矢印がいくつかあった。

山口が映像の上の楕円の一つを指し棒で叩く。

「伝達が総称で、プレゼンテーションはその伝達の方法の1つ」

「例えば、諸君が受け取った、ここへの出向辞令も伝達の1つだが、プレゼンテーションとは呼ばない」

「伝達対象の数の多寡ですか、違いは?」

「それもある」

質問した男が座る。

「驚異、驚きは聴衆をプレゼンテーションに引き込む重要なテクニック、だ」

「ただ、持続的な効果は薄い」そう言って、山口はスライドを消す。

「「「・・・」」」


「ちょっと、清水少尉にも参加してもらう」

山口がそう言うと、後ろで少尉が立ちあがった。全員が振り向く。

「少尉は、憲兵学校で諜報の教育を受けていたね」

「はい。受けました」

「諜報も、人を扱い、人を通して行う活動だが、所見はあるか?」

「私見ですが、諜報は、主体と対象がお互いに敵性勢力であります」

「なるほど」

「よって、諜報を行う側は、本来の所属または目的を隠蔽します」

「その隠蔽に要する努力は、諜報活動の中で大きいかね?」

「ざっと半分以上、全部を要することも稀ではありません」

「つまり、隠蔽活動そのものが諜報活動となる場合も多い」

「そのとおりです。間諜の中で、ネズミやスリーパーがそれにあたります」

「ありがとう、少尉」

少尉が座ると、全員が前を向く。

「転換。プレゼンテーションの意図が変針される場合は速やかに方向を元に戻す」

「それと、物理的に体や顔を動かさせるのもいいね」

「技術官僚の主眼は人を動かすことであって、伝達は手段だよ」

「「「・・・」」」



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