地質学者
昭和16年10月20日月曜日 陸軍航空総監部
航空本部の別室では会議が行われていた。
陸軍省から、木村次官と山田整備局長。航空本部からは、秋山第二部長、安田航空研究所長。4人は貧相な一人の若い男を取り囲み、不機嫌な顔で話を聞いている。机の上には、50万分の1の地図が置かれている。複数の線が引かれていた。
「「「「陸相、いや首相からお前の話を聞けと言われたが」」」」
「「「「なるほど、山師だ」」」」
「いえ、あの、その・・・」
「新理論はもっともらしいし、あるいは正しいかも知れん」
「しかし、その一帯は満鉄と海軍がさんざん調査してるのだよ」
「はあ、ですから、その、山を1つ越えた・・・」
「貴様の新説でもそれくらいの距離は誤差の内だろうが」
「はあ、あの、その・・・」
詰問されている男は、増田信夫26歳。東京帝大大学院で石油地質学を専攻し、支那の北京大学理学院で地層学の講座を担当していた。それが一昨日、憲兵隊に誘拐同然で東京に連れて来られた。一夜漬けでご託宣を暗記させられ、今日こうして法螺話を開陳している。もちろん、丸暗記はしたものの、増田自身が新理論に半信半疑なのだ。説得力がある筈がない。今にも泣き出さんばかりである。
「わかっておるのか。この非常時に陸軍将官が4人も集まっておる」
「それもこれも東條大将に直々に頼まれたからだ」
「ふつうなら、秋山部長か山田局長の部下で事足りる」
「それなら、とうに斬られておるだろう」
「いいか、わしらが集まっているのは海軍を出しぬくためなのだ」
「これでは、海軍に笑われるだけだ」
「「「「騙すと言うなら、もっとうまくやらんか!」」」」
「ひぃぃ、ですから、新式の反射式探査法で・・・」
「秋山部長、そうなのか?」
「はい。資料によれば、反射式は試されてません」
「遼河周辺は日石が担当しています」
「反射式・地震式の機材は日鉱しか持っておりませんな」
「そう、そうなのですよ」
「とは言ってもな。これが遼河でなく、向かいの山東や河北なら話は別だが」
「いえ、向かいはいけません。あそこはいけません」
「なにい。貴様はなにか隠してるな」
「いえいえ、とんでもありません」
「埒があかん。どうする?」
「探索機材と要員は鮎川総裁が揃えたそうです」
「予算も大臣機密費から出ました」
「技師も工手も例のアレで市川に集まっています」
「試掘用の資材も例のアレで船に載っています」
「「「「・・・」」」」
「「「「やらない理由はないか」」」」
「はいはいはあい。やりましょう」
「それはいいが、貴様は今から陸軍軍人だぞ」
「ひえ?!」
「入営は後にするから、行って掘って来い」
「新設する部隊の士官にしてやる」
「おお、建設工兵か」
「それはいい。もともと土堀りだ」
「作井隊の作戦にも参加している」
「「「「そうしましょう」」」」
「えええ?なんでなんで?」
「「「「決まりだな」」」」
増田信夫陸軍少尉候補者は、その日の午後、朝鮮に飛んだ。
夕方、平壌の陸軍飛行場に着いた増田は、兵舎の1つに集合している日本鉱業の技師、技手たちの前に引き出された。朝と同じ与太話を開陳した。くやしいことに、陸軍将官らが信じようとしなかった増田の新説に、日本鉱業の技師たちはあっさりと頷いた。
「「なるほど、社長と技師長が本気になるのも無理はない」」
「え、社長さんが?」
「「うちの社長は東京帝大工科卒です」」
社長とは、日産グループの総裁、鮎川義介のことである。日立鉱山に始まる久原財閥の金属・鉱山企業群は、役員の一人であった鮎川に引き継がれ、日本産業と改称した。日本鉱業もその1つである。
増田と日本鉱業がやろうとしているのは、地震探索である。背地の下、1000m以上の地質を人工地震の反射波でさぐろうとするものだ。小規模な人工地震を発生させ、その反射波の伝達差異から地層を推測する。この機材は、帝国では日本鉱業しか持っていない。
技師たちは、早くも線表を引き始めた。
「増田先生、人工地震は土曜日でよろしいですか?」
「金曜日にできるだろ。手を抜くな、片岡!」
「まあまあ、南部さん」
「試掘用の資材も載せておけ。新京へ電話だ、片岡!」
「そんなに急がなくとも」
「週末には結果を出せと言われています」
「来週には、海軍さんと日本石油の技師を呼ぶと」
(そんなことは聞いていない)増田は、そう言おうとした。
が、海軍を出し抜くと言っていたのを思い出した。
とにかく、事は走り出している。情けないことに、増田が一番事情を知らないようだ。
増田は聞き耳を立てて事情を推測する。
探鉱は日本鉱業が行うが、その後の試掘は日本石油が行うらしい。
日本鉱業の技師たちは、地震探鉱の機材一式と共に、増田の目の前にいる。日本産業は4年前に、鮎川総裁自らがグループの全企業を率いて、満洲に引っ越していた。満洲重工業開発、満業である。
日本石油の技術者と試掘井やボーリングのための機材は、今、本土から大連に向かっているらしい。すでに船に搭載済みだったので回航するだけとのことだが、なぜそう都合よく搭載されていたのかは知らない。
「貴公は少尉候補者らしいが、それぐらいで止めておけ」
しつこく尋ねていたら、護衛部隊長の冬津中尉に睨まれた。
後ろでは、経理担当の曹長と兵がぶっそうな話をしている。
「聞くところによると、日石の連中は夏服らしい」
「南とはいえ満洲はもう冬だ。連中、死んじまうぞ」
「とにかく冬装備を集めろ。旅団の倉庫を襲ってもいい」
「独工25連の分はどうします?」
「そりゃ、千葉の連隊本部がやるだろう」
増田は、まだ探鉱も始めていない今、なぜ試掘用の資材や要員を集めているのか、わからなかった。いや、工兵連隊なら、本格的な採掘を始める気なのか?
「そこの先生。機材の点検を手伝ってくれ」
「え?」
「一人だけ寝るつもりか?」
「あ、その」
見渡すと、たいして広くない兵舎の中には機材が山と積まれていた。寝る場所は、ない。
「い、いつのまに」
「先生、みんなも寝たいんだよ」
「早く寝たかったら手伝ってくれ」
「あ、ああ」
増田が寝るころ、日付はとっくに変わっていた。




