夏風日和
悲しくも世の中には二種類の人間がいる。一つはバスケットボールができる人間。もう一つはできない人間。
私は回ってきたボールを、両手をバタつかせながらなんとかキャッチした。
「ナイスパス!」
コートの外側で別世界の住人がお気楽に声を上げる。私は額に汗が滲むのを感じながら、それをドリブルしようとした。
運動神経に一抹の不安がある私にとって、これは前代未聞のプレッシャーだ。しかしそんなプレッシャーを嘲笑うように、大切なボールが奪われてしまう。
「わわっ」
ソイツにボールをかすめ取られた瞬間、びっくりして尻餅をついてしまった。格好悪いこと極まりない。
「遅いよ、弥波」
「なっ………穂波っ!」
身を翻した穂波は私の抗議の声を聞くことなく、すでにゴールに向かって走り出していた。
「ナイスカット!行けぇえ穂波ー!」
観衆の声援を背に、穂波がゴールを決める。ギャラリーが穂波に手を振って、それに答えるように穂波がにっこりと笑うのが見えた。
「もう…なんなのよ…!」
弥波の呟きは歓声に飲み込まれてはかなくも消え去った。
「見てるのは見てるので面白いんだけど……」
少し大きめの体操着、その両の袖を擦り合わせるようにしながら拗ねたように弥波は呟いた。
ゲームは後半戦に差し掛かり、クラスメイト達は楽しそうにバスケットボールに勤しんでいる。一方弥波はというと、体育館の隅に鎮座してただ一人この怠慢な時間をやり過ごそうとしていた。
それもこれも今華麗なシュートを決めてみんなの歓声を一心に浴びている少女のせいに他ならない。穂波は自分がボールに触れてない時間はずーっとしつこく弥波をマークしてきて、それに見かねたチームメート達がメンバーチェンジを行ったのだ。
別に試合に出れないことは不満じゃない。元々スポーツは苦手だし、出来るだけ関わりたくないと思うし、応援している方がよっぽど楽しいと感じる。だけど運動神経抜群でどんなボールにも切り込んで行く穂波が、全然動かない、パスも全くもらえない自分なんかに張り付いてマークしてくることは解せなかった。絶対に必要ないことベスト3じゃない。
(私よりマークすべき人間はもっと居るはずなのに…)
穂波のおかげで普段から評判の悪い私の運動神経は、殊更に批判されることになってしまった。元はといえば自分が悪いのだけれど、穂波の得意そうな顔を見ると全部を彼女のせいにしたくなる。
(こういう時だけ私に構うんだから……穂波のばか…)
できるだけ怖い顔をして穂波を見つめていたら、コートで動き回っていた彼女がふいにこちらを向いた。
(ボールに当たっちゃえ……)
心からの祈りを込める私に、穂波が右手を上げる。何?と疑問に思う前に彼女は屈託のない笑みをこちらに向けてきた。珍しくいつもの何か悪巧みをしているような笑顔ではなかった。
(なっ……どういうこと?)
パスが来たためすぐに視線は外れてしまったものの、穂波の顔が焼き付いたみたいに頭から離れなくて。何であんな顔をしたのだろうと勘繰ってしまう。ドキドキ鳴る心臓がうるさくて、弥波は膝をかかえて頭を伏せた。
再び顔を上げたのは、名前を呼ばれたからだ。
「弥波、もう終わったよ?」
その声に反射的にじわりと顔が熱くなる。
「う、うん……」
なかなか立ち上がらない私を見て、穂波が苦笑しながら手を差し出してきた。
「怒ってるのかな?だとしたら悪かったよ」
「怒ってなんか……」
「さっきは凄い顔してあたしのこと睨んでたくせに」
「う…それは…ちょっとだけ」
穂波の手を取ると強く引っ張りあげられて、勢い余ってそまま彼女の胸に抱き着くみたいな体勢になってしまう。
「あ、ごめん……」
「他の奴に君のマークなんかされたくなくてね」
「え?」
一瞬耳元で囁かれた言葉に、思わず聞き返した。
「なんでもないよ」
にこやかに笑った穂波は不思議そうな顔をした弥波の手を引いた。
「行こう!!」
外では夏の風が入道雲の下を吹き抜けていった。