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第捌話 night life

 夏也と千恵との後ろに続き、那由他は隣家の敷居を跨いだ。

 夏也にとっては自宅である。無遠慮に玄関を開け、

「おーい、母さん? 連れて来たぞー」

靴を脱ぎ散らかしながら奥へ叫んだ。

「おじゃましまーす」

 と、口でこそ定型の挨拶をしながらも、千恵も遠慮のえの字も見当たらない慣れた様子で靴を脱ぎ、勝手知ったる……と言わんばかりに玄関わきの戸棚からスリッパを当然の顔をしながら二組取り出し。

 「悠兄、昨日ぶりー」

 夏也の案内を待つ事なく、ダイニングへ顔を出す。

 「おばさんも。2日も続けてご飯に呼んで貰っちゃって。助かりますー」

 「あら、いいのよー……って、そちらが……いとこさん?」

 千恵の後ろで軽く会釈した那由他を見て、

「ああ、これは……。夏也、男ってのは諦めも肝心だぞ?」

夏也の兄、悠は開口一番、弟の肩をぽんと叩き、諭すように言った。……が、ああも肩が――いや、良く見れば全身ぷるぷる小刻みに震えていれば、笑い出しそうなのを必死で堪えているらしい事など一目瞭然。

 「それにしても、まあ道着が良く似合う事! それ、柚鷹ゆたかさんのでしょ?」

 ちらり、と目で問うと、千恵がこそっと耳打ちしてくれた。

 「柚鷹って、ウチのお父さんの名前」

 「でも、なんでおじさんの……しかも道着なんか着せられてるんだ、お前?」

 「えっ、と。ちょっと急だったし、事情も色々あったりで、荷物類届くの、もうしばらく先になりそうで!」

 夏也の問いに、千恵が慌てて誤魔化しにかかる。

 「取りあえず、家にあったお父さんので間に合わせる事に……。もちろんフツ―の服でも良かったんだけど。……何でかなぁ、こういうカッコの方がしっくりくるっていうか。今日一日制服姿見てたけど、……ホント、何でなのかなぁ、違和感……っていうか……」

 しっくりくる言葉が見つからないのか、言葉を探して目を泳がせる千恵に、

「これだけイケメンだとどんな格好でも似合いそうだけど。……でも確かに洋装より和装の方が似合いそうな顔立ちと身体つきかもしれないわねぇ」

夏也の母親がうんうん、と同意するように頷き。

 「……いいわ、着物男子! いいじゃない! ウチの息子達ってば、どっちもジャラジャラごっついアクセサリーぶら下げるばっかりで面白くないったら!」

 と、目を輝かせた。勢い良く迫られ、那由他は思わずのけ反る。

 「ちょーっと、失礼」

 一体どこから取り出したのか、いつの間にかその手にはメジャーが握られており、その場でシャッ、シャッ、と実に手早く手際よく、口出しする暇もないままあっという間に全身採寸されてしまった。

 「……おふくろ、ウチの親父と結婚する前は和裁の仕事してたんだよ」

 夏也がボソッと呟く。

 「今でもたまーに作るんだけど。……祭りン時とかな」

 「そう! 千恵ちゃんは喜んで着てくれたのに、ウチの息子どもったら!」

 「だって、おばさんが作る浴衣、その辺で売ってるのより可愛かったし」

 「あ、ああ……た、確かに……ち、千恵のは……か、かか、か――」

 「うん。浴衣姿の千恵ちゃん、可愛かったよねー」

 詰まった夏也のセリフに被せてさらりとにこやか爽やかに悠が言った。

 「女の子の浴衣姿は眼福だけど……」

 「自分で着るには面倒だし、野郎の見ても、楽しくないしな」

悠に盗られた台詞に渋い顔をしつつも夏也が言う。

 「これだから! 分かってないのよねー」

 「分かります。――あのビミョーなチラリズムが……えと、ゴホン」

 ぷんぷん怒る彼女に千恵が勢いづいて同意し、途中から小声でボショボショ呟く。

 那由他は心の中だけで小さくため息をつくと、ぐるりと部屋を見回してみる。

 (……なんと、まさか。あの状態でも愛羽家の家神はま強い方だった、とはな。この家にはすでに家神の気配すらない、か。この様子では、他の地霊たちも似たりよったり……かもしれんな)

 那由他は自分の掌に視線を落とした。

 (私の加護が絶えたせい……だろうな。土地神としても既に忘れ去られているようだった。――地霊の主の名も返上すべきか……)

 まだ、今しばらくはこの力を手放す訳にはいかない。……京の件を解決するまでは、まだ。

 だが、それが片付き、千恵との契約を満了した暁には――

 拳を握り、目を閉じる。

 「おい、どうした?」

 ……目蓋に、少し力が入り過ぎていたらしい。眉間に寄ったしわを見て、夏也が、

「何だよ、そんなむつかしい顔しちゃって。……もしかして、秋刀のことか?」

怪訝そうな顔をする。

「いや。それに弟の事もまだ詳しくは聞いていないが……千恵の母は滅多にこちらへ戻らないとは聞いた。しかし……千恵も共に――家族ごと引っ越す訳にはいかなかったのか?」

「ああ、うん。千恵の為にはその方が良いって、俺も分かってる。でも……どうしてもここを――この土地を離れたくないんだって……千恵が、言ったんだ。それで、俺、つい喜んじゃって。……サイテーだよな」

 夏也は、千恵の耳に入らぬよう、小声で呟いた。

 「でもホント、何でだろうな。小学校の時も、中学校の時も……修学旅行とかで泊まりがけの遠出をするとさ、いつも決まって辛そうな顔をするんだよ、あいつ。昼間、友だちとワイワイ騒いでる間は、楽しそうな顔してるんだけどさ。夜とか、ちょっと一人になった時とか……すごく、寂しそうな顔をするんだ」

 くるりと、そっぽを向いて。

 「千恵に聞いてみた事はあるんだ。だけど、あいつも『何でかは分からない』って。でも、この街を長く離れてるとどうしようもなく不安になるんだって、言ってたな。けど確かに、ここへ帰って来ると、すごくホッとした顔をするんだ」

 そして、悔しそうな目を一瞬こちらに向け、悔しさを滲ませた声で付け加える。

 「今朝、教室で担任がお前を連れて入って来た時、千恵がお前に向けたのと同じ顔。昼間、メシ食ってる間中、あいつがお前に向けてたのと同じ顔をするんだよ」

 食卓の椅子に腰を下ろしながら、

「悔しいけど。カラ元気じゃなく、ちゃんと自然に笑ってるトコ、久しぶりに見た」

テーブルに肘をついて頬杖をつき、この上なく行儀の悪い恰好で夏也は那由他を睨み上げた。

 「……くそ、何なんだよお前。一体千恵に何した?」

 とんとんと、地団太でも踏むように貧乏ゆすりをしながら恨みがましい目で見上げられて。

 「何を、と言われても困るのだが……」

 那由他が、千恵と出会ってからの僅か2日余りのその間にした事と言えば。

 京に襲われていた彼女を庇い、その後で持ちかけた契約を無事に結び、その上で彼女の血を吸った……だけのはず。

 「くそぅ、俺はまだ諦めねぇからな」

 「いや、私は千恵とそういう関係をもつつもりは……」

 ない、と続けようとした時。

 「ねえ、おばさんが普段着用の新しい着物を作ってくれるって。色とか柄の好みとかある?」

 屈託のない笑みを向けられて。

 「は、あー……いや、あんまり派手な色柄でなければ……特には……」

 続けようとしていたはずの言葉が何処かへ迷子になって。

 無いはずの心鼓が、トクンと一拍――高鳴った気が、して。

 「……?」

 那由他は胸を押さえ、その手を見下ろして。

 「チ、エ……?」

 ぽそりと、呟いた。



 ゴクリ、と、グラスに直接口をつけ、しゅわしゅわと泡の立つメロンソーダを一口含み、飲み下す。

 「次、この曲聞きたい!」

 楽曲の検索機をいじっていた女の子たちが、その曲の画面を京に見せた。

 「……いいけど、いいの? さっきから僕ばっかり歌っちゃってるけど」

 そう口では言いながらも、京はマイクに手を伸ばす。

 「いいのいいの、京クンが歌うの、こんなに間近でこんなにいっぱい聞けるなんてそうそうないもん」

 「ホント、超ラッキーじゃない、私たち?」

 「うん。京クンがウチのクラスに転校してきてくれてマジ嬉しいから」

 「そういって貰えるのは、僕も嬉しいな。……でも」

 もう一度グラスを口元に運び、一口飲み。

 「その心、僕の歌で一杯にしてくれたらもっと嬉しいんだけど?」

 意識して色っぽい笑みを浮かべてみせる。

 ソファに並んで掛ける女の子たちはたちまち顔を赤らめ、我先にと

「もう一杯だよー」

「もうとっくだって」

きゃいきゃいと争う様に言う。

 「ふふっ、――じゃあ、少しの間だけ。君達の心……僕にくれない?」

 もう一口、ソーダを口に含み。京は会心の笑みを浮かべた。


 ――グワァン、ゴゥン、グワァン、ゴォゥン……

 教会の、鐘が鳴る。


 「け、い……くん――」

 うっとりと、夢心地の少女を腕に抱き、京は魅惑的な微笑みを浮かべる。

 「僕が欲しいなら……ねえ、君の全てを僕に捧げてくれる?」

 そっと、彼女の頬を掌でなぞりながら、親指で唇に触れる。

 「君の心と身体……、全部僕のものにしても良い?」

 少女はこくこくと言葉もなく首を縦に振る。

 「ダメ。ちゃんと言葉をちょうだい。……ちゃんと言えたら、ご褒美にキスしてあげる」

 「京……クン……。好き……私の心も身体も、全部あげるから……だから……」

 その言葉を聞いて、京はニヤリと笑う。

 「ああ……いいよ。最高の快楽を君にあげる」

 唇と唇を、僅かに触れあわせ、キスをする。ただそれだけの軽い触れ合いに不満そうな顔をする少女の首筋に、顔を埋め、その肌に牙を突き立てる。

 「あっ……いっ……痛……」

 少女の訴えも無視して無遠慮に血を啜りあげる。

 ――そして数分後。

 気を失い、くたりとした少女の身体を抱えながら、京が顔をしかめた。

 「……やっぱりヴィンテージには程遠いな。葡萄味の砂糖水みたいだ」

 ペッ、と唾を吐き捨てる。

 「だが……目的は達した。契約は成った。さあ、……明日は僕の為にしっかり働いてくれよ?」

 クスッと笑いながら少女の身体を抱え、京は夜の闇の中へと姿を消した――。

 


 

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