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番外編其の壱:一年後のバースデー

――グワァン、ゴゥン、グワァン、ゴォゥン……


 今日もまた、いつもと同じように街に鐘の音が鳴り響いた。

 振り仰ぎ、空を見上げれば星と月とが夜闇を飾り、随分と賑やかな様相だ。

 そこからゆっくり首を元に戻し、空から地上へと視線を移せば、駅前の一部を除き、こちらはぽつぽつと所々に街灯の灯りがまばらに散らばる以外、町は静かな眠りの中にあるようだ。


 ――ポーン、ポーン、ポーン……

 すぐ間近に聞こえる、部屋の置時計が告げる時の音が、12を数えた。


 夜の12時。たった今、日付が改まり、10月最後の日が始まる。

 今日は、10月31日。千恵の誕生日だ。

 そして、あの日から今日でちょうど1年が経った事になる。


 「Trick or Treat! ――君、1人なの?」

 眠りに沈む街の中で、今もまだ唯一まだ目覚め、賑やかな駅前の一角にあるライヴハウス。

 あそこでそう声をかけられ、言い様のない恐怖に襲われた、あの日。

 そして、街灯の明かりすらなく完全な闇の中にあるあの倉庫街。

 あそこで絶体絶命の危機に陥っていたのを助けられ、言い様のない歓喜に沸いた、あの日。


 「もう1年……? ううん、まだ、たったの1年なんだよね……」


 縁側に腰を下ろして外の景色を眺めながら、千恵は膝の上で両手の拳を強く握り締めた。

 これは、自分が望み、自分で決めたこと。分かってはいるけれど――。


 「おいこら、小娘。こんな時分にこんな場所で何やってんだ、あぁ?」

 背後から、低められた声が飛んだ。

 「いくらあのスカしたガキの“花嫁”とやらになって多少頑丈になったとは言え、お前はまだ普通に人間なんだろう。こんな季節のこんな時間にこんな場所に居たらどうなるか、それすらも分かんねえ程お前の頭はスカスカなのか、おい?」


 繁華街をうろつくチンピラの如き口の悪さで罵り言葉満載の小言を吐くのは、適当に着崩した男物の着物の上に派手な女物の着物を羽織った男――。

 肩甲骨まで伸びる、殆ど銀に近いごく薄く淡いハニーブロンドの髪は、生糸のように細く、艶やかで。

 その肌は白い。アジア人の肌の色ではなく、北欧系の肌の色、その中でもとりわけ白い綺麗な肌。

 瞳はとろけたバターのような金色。

 その口の悪さとは対照的に、姿形は美しい。


 そして、こんな暗闇の中でも彼は一人、自ら淡い光を放ち輝いている。

 

 「俺様の名前も知らなかった馬鹿とはいえ、そこまで馬鹿とは……。よし、分かった、今日からは課題を10倍に増やしてやる」

 「は!? ちょ、ちょっと待って……! 今だって十分死ねそうな量なのに、10倍!? 冗談じゃないわ、そんなの無理!」


 千恵は青ざめて叫んだ。

 「だ、大体ここは日本なの! そういうのが好きな人じゃなきゃ知らないわよ、北欧神話に出てくる神様の名前なんて!」

 日本と同じく多神教の神話だ。ギリシャ神話同様、多くの神々が登場する。

 「日本やキリスト系の神話なら詳しいわよ、あとは仏教とか……。那由他の封印を解くために勉強したから」

 だが、北欧神話やギリシャ神話、南米系のマヤやアステカの神話は必要でなかったため手をつけていなかった。

 「いきなり、『俺はロキだ、存分に敬え』なんて言われたって困る!」


 ――そう、この彼の名はロキ。北欧神話に登場する神なのだ。

 そしてそんな彼がこんな場所に居る理由は……

 「何だと? オーディンと義兄弟の契を交わしたこの俺様が、お前みたいな小娘相手に直々に指導してやってんだぞ、そこは涙流して感激するのが当然だろう!?」

 彼が、教育係兼補佐役なのだ。


 「いいか、何度も言うがここが日本国であるのは扉のこちら側だけの話だ。扉の向こうは異世界だ、国がどうだの文化がどうだのなんぞ関係ねえ。人界、天界、そして魔界。ありとあらゆる世界に存在する数多の種族が行き交う世界だ。扉の番人となるなら、最低限、その全ての情報が頭に入ってなきゃいけねぇんだ」

 「――っ、……それは、分かってる……。けど……」

 千恵は膝の上の拳をさらにきつく握り締めた。


 「今日は、私の……誕生日なのよ」

 恋人を持つ身であるなら、会ってデートくらいしたいのが当たり前だし、それが無理でもせめて、メールや電話の一つは欲しいし、できればプレゼントも貰いたいと思うものだろう。

 だが、次に会えるのはまだ9年も先だ。


 一人前の番人になるため、そしていずれは神籍に名を連ねるための修行に明け暮れたこの1年は、あっという間に過ぎたようにも思えるが、それを思うと“まだ”1年しか経っていないのかと、心細く感じる。


 ――那由他に、会いたい。せめて、声だけでも聞きたい。


 「ふうん、成程、だからか……」

 ロキ神は一人勝手に納得がいったとばかりに頷き、可愛い色柄の風呂敷に包まれた文庫本サイズの箱を、千恵の膝に置いた。

 「……これは?」

 「あいつからさ。……全く、この俺様を伝書鳩代わりに使うとはね」

 憤慨しつつもニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 「課題の量をいつもの100倍にしてやる約束で引き受けてやるって言ったら、それでも良いと言うから一体何かと思えば」

 「ひゃ……!?」

 100倍って! このロキ神が課す課題は常の量でも生かさず殺さず、地獄を見るようなきつさだというのに、それを100倍!?

 「やめて! 100倍とかありえないから、那由他が死んじゃうから! お願いだからやめてあげて!」

 慌ててロキ神の着物の裾に縋り、嘆願する。


 「やぁ、それは聞けないなぁ。そいつを届ける見返りだからねえ。でも……どうしてもって言うなら……そうだねえ、一週間、お前が課題量を10倍に増やすってんならあいつも10倍で留めておいてやってもいい」

 先程無理だと叫んだばかりの条件を再び提示され、千恵は青ざめる。

 ……だが。

 「ううぅぅぅ、わ、分かった……。分かったから、お願い、100倍はやめてあげて」


 それにしても……誕生日プレゼントの為だけに、そんな条件を飲んでくれようとしたなんて。

 千恵は風呂敷包みを開け、中から出てきた桐の箱の蓋をそっと持ち上げた。

 箱の中には青みの強い紫色のクッションが敷かれ、それを保護していた。


 「かんざし――」

 華奢な金細工の簪。飾りの部分には一つ、大きな赤瑪瑙あかめのうのとんぼ玉が輝き、繊細な蒔絵模様が施されている。さらにその先からピンクトルマリンでマユミの花を模した飾りが下がる。

 どう見ても一級品の上物で、各所の素材だけでも目の飛び出る様な値段になるのは明らかだ。


 「すごい、可愛い……」

 こんな上等の簪が、自分などに本当に似合うのだろうか……?

 千恵は慌てて鏡の前へ駆けつけ、早速つけてみる。

 細工が華奢で、少しでも乱暴に扱おうものなら壊れてしまいそうだ。

 ――くれぐれもお転婆は程々にして、大人しくしていろ、という那由他の小言が聞こえてきそうな気がする。

 黒髪に、金と赤、そして淡いピンク色はよく映える。巫女装束と合わせたらより似合うだろう。


 トルマリンは10月の誕生石。マユミの花は今日の誕生花。そんな細かいことまで考えてくれたらしいと思えば、思わずにやけずにはいられない。

 文句なしに、嬉しくて。




 「なあ、迅。千恵はあれを気に入ってくれると思うか……?」

 真剣な面持ちで、迅と額を付き合わせ、尋ねる。

 「そりゃあ、三月みつきも前から大騒ぎして用意した品でしょう? 今更不安がってどうするんです」

 そんな主を迅は呆れ顔で突き放す。

 「あのくらいの年頃の娘なら、装飾品を贈られて気を悪くするなんてありませんよ」

 「……だが、千恵だぞ? 花より団子を喜びそうではないか?」

 「そうれはそうですが。けど、俺が菓子でも贈ったらどうかと言ったのを却下したのは主でしょ?」

 「当然だ。菓子など、そうとっておけるものではない。食べてしまったらそれで終いだろう?」

 

 何か、形として残る物を贈りたかった。

 傍に居てやれない分、せめて、何か――。

 「だったら、いいじゃないですか。細工から、飾りに使う石やら意匠やら方々へ相談を持ちかけて、散々悩んだ挙句の結果でしょう?」

 その“散々”の大半に付き合わされた迅はいい加減にしてくれとばかりにため息をついた。


 

 「全くな。お前ら揃って俺に使いっぱしりをさせやがって。ほらよ、小娘からの預かりもんだ」

 投げ渡されたのは、小さく折りたたまれた紙片。

 開いてみれば、見覚えのある筆跡で短い文章が綴られていた。


 「……ほら、だから言ったでしょ」

 文字など読めないはずの迅が、じとりと半眼を向けて呟く。 

 どうやら無意識ににやけてしまったらしい。

 

 『素敵な誕生日プレゼント、ありがとう。次に会えるまで、まだまだあるけど、お互い頑張ろうね!』


 ……喜んでもらえたようで何よりなのだが。

 「なあ、迅。来年は、何を贈れば良いと思う」

 既に永い時を過ごしてきた那由他にとって、1年など瞬きする間に過ぎるものだ。うっかりすると明日にももう、その日が来そうな気がして、さっそく頭の中は来年の贈り物のことで一杯になる。


 そんな主の姿に、迅は付き合いきれないとばかりに背を向けた。

 「おいこら、まて、迅!」


 「待つのはお前だよ、那由他。……忘れたとは言わせないぜ、この俺を使いっぱしりにした代償を」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべたロキ神に首根っこを掴まれ、森の奥へと引きずり込まれる。

 


 「さあ、覚悟しろよ――?」


 扉の向こうとこちら側双方で上がった悲鳴は、その日の日付が変わるその時まで、延々と辺りの森の中に響き渡ったという――。

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