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第参拾漆話 desperate fight

 千恵は、咄嗟に言葉を返すことができなかった。

 秋刀をあんな目に合わせたのは、京で。京が秋刀に目をつけたのは、千恵の弟だったから。

 「……何、じゃあ本当に私のせいで……秋刀は……」

 ざあっと、全身の血が一気に引いていく。震える千恵の隣で、那由他もまた身体を震わせていた。

 那由他は、怒りも顕に瞳を緋色に染め、握った拳を震わせ、低く唸る。

 「――成程。貴様をより念入りに叩きのめしてやらねばならぬ理由がまた一つ増えたというわけだな。……あの日、あの時、貴様をきちんと封印しきれなかった私の落ち度でもある。今度こそは、塵一つ残さず、その魂、消し飛ばしてくれる」

 

 那由他が、地面を蹴った。

 即座に、京も反応し、自らの盾にするように、風花を前に立たせ、自分はその背後へ回る。


 もちろん、風花をこの場へ置いている以上、彼が彼女をそういう用途に利用するだろうことくらいは予想済みである。

 那由他は風花の前で一度、上へ高く跳躍し、彼女の上を飛び越し、京の背後へ回る――が、それより早く、それまで殆ど身動きしなかった風花が突然那由他に掴みかかってきた。

 ――それは、明らかに常の彼女ではありえない動き。……そもそも人間の身では不可能な動きだ。

 那由他は咄嗟に後ろへ跳んでそれを避けるが、そうして着地した地面が、いきなりふにゃりと正体をなくし、沈んだ。


 沈んだ地面の周りが、ボコボコと土竜が通った後のように膨らみ、それが突如、土龍となって那由他に牙を剥いた。

 乾いて固まった土が、とぐろを巻いて那由他の片足に絡みつき、那由他の動きを阻害する。

 それはかつて、那由他があの祓魔師に対して放った術にとてもよく似ていた。

 ……いや、これは――似ているんじゃない、そのものだ。確かに、この地の龍精の気配が宿っている。

 「――成程、だからこの場を選んだわけか」


 かつて、京を封じた術の余韻。那由他の力の名残が、この場所にはまだ僅かながらに残っている。――京の力の名残と共に。

 京は、それらを利用して那由他の地霊の主としての力を自らの力として扱ってみせたのだ。


 那由他は、絡みつく土龍から、力任せに足を引き抜いた。

 所詮、借り物の力である上に、そもそもあの当時より彼らの力も確実に弱まっている。――それは、難なく叶った……が。

 次から次へとボコボコと、地面の隆起があたりを這い回る。一匹、二匹とそれらは頭をもたげ、那由他を威嚇する。


 かつて、自らの加護の内に居たはずの眷属が、敵の手に操られる――。その画は、地霊の主である那由他にとって、単なる屈辱に収まらない憤りを覚えずにはいられないもので。

 襲い来る彼らを、害することは本意ではないが……今、京を葬るためには、やむを得ないだろう。

 那由他は苦々しく牙を噛み締めながらも、土龍を迎え撃とうと身を屈めた。


 ――だが。


 「……山の地を統べる龍精たちよ、地霊の主たる那由他様の加護を受けし巫女、チエの御霊を以て命じます。――今すぐやめなさい」

 那由他のすぐ後ろから、静かな声が飛んだ。

 その声に反応し、那由他に向かって今まさに襲いかかろうとしていた土龍がぴたりと動きを止めた。

 「……私は、チエの御霊を継ぎ、新たに那由他様の加護を受けし者。かつて、那由他様の加護を受けし眷属たちよ、那由他様の加護を宿したこの血をもっこいねがう。――我が手に、力を!」

 那由他の後ろで、千恵が声高に叫び、高々と腕を掲げる。

 その声に、山がにわかにざわめいた。急激に、人ならざる気配が膨れ上がり、それがもの凄い勢いで迫り来る。

 「風伯、その眷族たる鎌よ、我が声に応え、具現せよ」

 覚えのあるセリフを、千恵は淡々と紡ぐ。

 すると、不意に千恵を中心に旋風が巻き起こったかと思えば、それが即座に鎌鼬へと姿を変え、京へ向かって放たれた。

 

 京は、モノノケならではの反射神経と身体能力でかろうじてそれを避けたが――

 「龍精たち、彼を捕らえなさい」

 千恵は即座に追撃を命じた。

 ついさっき、那由他に襲いかかろうとしていた土龍たちが揃って身をくねらせ、頭の向きを変え、今度は京に向かって襲いかかる。

 力の弱った龍精、京は避けるより対峙する事を選び、身構えた。

 だが、千恵はそれすら見越していたとでも言わんばかりに、更なる命令を下す。

 「夜陰に遊ぶ鬼火たちよ、加勢なさい」

 今にも京へと襲いかかろうとする土龍の周りにポッといくつもの青白い炎が灯った。――炎。

 ひとつひとつが小さく、ただでさえ弱々しい鬼火たちも類に漏れず、龍精同様弱り、しかも太陽を真上に頂くこの時間帯とあっては、正直枯葉一枚燃やすのが精一杯のはずが、土龍に憑いてその身体の強化を図る。

 鬼火の力を借りた土龍たちが見る間に京の身体を戒め、そして身の内の炎で自らの身体を糧に、鬼火に力を与える。

 折しも、季節は晩秋。――地面は大量の落ち葉で覆われている。当然、それを身に纏う土龍の身体も。鬼火が宿ることで乾ききった落ち葉は、炎の最高の糧だ。

 パッと、京の全身が炎に覆われた。京は、全力で拘束を引きちぎり、地面を転げて炎を祓う。その表情に、最早余裕の笑みは無い。

 「――東を統べる神獣、青龍。南を統べる神獣、朱雀。西を統べる神獣、白虎。北を統べる神獣、玄武。我が魂に刻まれし契約に従い、我が血を供物に、その力を檻と成せ」

 千恵は、さらなる呪文を唱える。――那由他の覚えにない、聞きなれない命文を。

 だが、千恵のそれに反応して具現したその力には、なんとなく、見覚えがある気がした。――とても、似ている。あの日、那由他を封じるために召喚された力に、とてもよく似ている気がした。

 しかし、千恵が具現させた力は、京ではなく風花の周囲を取り巻いた。

 水、火、風、土。四種の属性を持つ力が、絶妙なバランスで調和し、風花の周囲に檻を築いた。――まるで、鳥かごのような、檻……結界だ。

 風花の身の内の、京の魔力を封じ、また京の印の効力を遮断するための、障壁。


 「……言ったでしょう? 大事なものは自分で守るって。あの日、あの時、もう二度とこんな思いをしたくなくて……。だから、那由他を開放するためにもって、力を得たのに……まさか――記憶を失くしていたせいで、秋刀を巻き込んだ上に守りきれなかったなんて……」

 悔しげに強く握り締められた千恵の手から、血の雫がこぼれ落ちる。

 「でも、もう、記憶を取り戻したもの。チエが命懸けで得た力と一緒に、ね。――あなたに風花は渡さない」


 千恵の宣言に、京は忌々しいものを見る目つきを向けたまま、黙りこんだ。先程までの余裕は、もうどこにも見当たらない。


 かつてと比べれば、遥かに弱々しい気配が、それでも周囲を取り巻く。

 それらが揃って千恵に向けるのは――歓喜。

 「皆……、遅くなってごめんね」

 千恵は、京に向けていた険しい表情を和らげ、中空を仰いだ。彼女の言葉に応えるように、木々がざわめく。千恵は、血で赤く染まった右手を差し出し、彼らに語りかけた。

 「お願い、少しだけ、私に力を貸して。私の血を、あげるから。皆、私に力を貸して――!」

 本来なら、人間の頼みなどに耳を貸すはずもないかつての眷属たちが、我も我もと競うように、彼女の願いに応える。

 

 枯れかけていたはずの蔓がするすると伸び、京の体に巻き付く。

 そろそろ冬眠を始める頃合のはずの大きなスズメバチの女王らが群れをなして飛来し、京を取り巻く。

 龍精たちも負けじと京の脚に取り付き、ぎりぎりと締め上げる。

 上空に、カラスの大群が舞い、時折急降下しては京をその鋭い爪と嘴で引っかき、つついては何食わぬ顔で上空へと舞い戻っていく。


 ――そして。


 「チエ様あ、お待たせいたしましたー!」

 聞きなれた声が、京の背後から聞こえた。――迅だ。

 藪の中から飛び出した迅が、京の首根っこに噛み付き、勢いのまま彼の身体を地面に引き倒し、そのまま首を振って投げ飛ばし、傍らの木の幹に叩きつけた。

 即座に土龍がその身体を幹に縛り付け、迅が叫んだ。

 

 「主、今です! ――早く!」

 

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