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第参拾弐話 memory of the regret

 あの日。学校は定期試験の最終日で、午前中で終わった。

 HRのあと、掃除当番に当たった班の者たちだけが残り、他の生徒たちはようやく試験勉強に明け暮れる毎日から解放され、足取りも軽く帰途につく。

 そんな中、風花は千恵に頭を下げていた。

 「お願い、千恵。今日だけ掃除当番代わって!」

 その日、風花は教室の掃除当番に当たっていたのだが……。

 「今日は夕方から舞台見に行くんだけど、ちょっと早めに行って入り待ちしたいの!」

 当時好きだった俳優が主演の舞台。夕方4時からの開演で、会場までは電車で1時間ほどかかる。

 今は12時を少し回ったところだから、掃除をしてからでも開演までには十分間に合うのだが、どうしても入り待ちをしたくて、千恵に掃除当番を変わってくれるよう持ちかけたのだ。

 お互い、ちょっとした理由で掃除当番の交代を申し出ることは度々あったから、あの日も割と気軽にそう切り出した。

 「うーん、私も今日は秋刀と約束があるんだけど……」

 だが、千恵もその日は用事があったらしく、珍しく少し渋る様子を見せた。

 「そこを何とか! 今度アイスおごるから!」

 「ハーゲンダッツ?」

 「ううっ、……ええい、クッキークリームとストロベリーの2連でどうだ!」

 「よしっ、乗った!」

 ――と、そういう訳で晴れて風花は掃除当番を千恵に代わってもらえることになった。

 入待ち時間にもしっかり間に合い、約2時間半の舞台を楽しんで。

 マナー上、舞台の間ずっと電源を切っていたケータイの電源を入れると――。

 もの凄い数のメールと着信があった。

 千恵から、夏也から。


 ――秋刀が、行方不明になったのだと。心当たりがないかを尋ねる内容だった。


 急いで地元へ帰り、夏也をつかまえ事情を聞いた。

 千恵は、弟を探すため、街中を走り回っていたから――父や祖父の仕事柄、警察官の知り合いの多い夏也は、彼らとの連絡の中継をしていて、ちょうど駅前の交番で捕まえることができたから。


 聞けば、途中までは学校の友達と一緒に家への道のりを普通に帰ってきていたのだという。

 自宅まであと少し、というところで友達と別れ――その後の行方が分からない。


 状況を鑑みれば、誘拐された可能性が極めて高かった。


 そう話を聞いて、風花は昼間の己の行動を悔いた。

 時間的に、あの時自分が掃除当番の件で千恵を引き止めてさえいなければ、おそらく秋刀が友達と分かれるより前に千恵と合流できたはず。

 当時から千恵の強さは折り紙つきだったから、そうなってさえいたならきっとこんなことにはならなかったはず。


 風花はもちろん、すぐに彼の搜索に加わった。――とはいえ風花は女の子、しかも中学生だから、夜の遅い時間に一人でフラフラするわけにも行かない。

 青ざめた顔でオロオロする千恵の母親をなだめながら、電話番の役を引き受けた。


 だが、搜索の状況を尋ねる電話はひっきりなしにかかってくるも、朗報は待てども待てども来なかった。


 ――そして、翌日の昼。秋刀はようやく見つかった。町外れの港の倉庫街で。かろうじて息はあったが、到底無事とは言えない状態で。


 「秋刀くんはそのあとすぐ、千恵のお父さんが単身赴任していた大きな街の、大きな病院に入院したんだけど、……去年、一度も目を覚ますことなく亡くなって――」

 風花は、シェイクにさしたストローを弄びながら、窓越しに映る明るい店内の様子を見るともなしに眺める。

 「さっきも言った通り、今でも、千恵のお母さんは秋刀くんが亡くなったことを認められなくて、自宅に戻ってこれなくて、千恵のお父さんが単身赴任のために借りたお家に一緒に住んでるの。だから、先週若宮くんが越してくるまでずっと、あの一軒家に千恵は一人で暮らしていたの」

 賑やかなBGM。雑然とした店内は騒がしいが、店の奥、カウンターの端っこのこの席は比較的静かな方だ。

 「千恵は、ずっと自分を責めてた。あの日、もう少し早く帰れたら、誘拐犯なんか自分がとっ捕まえてたのにって。……実際、そうだったと思う。千恵、ホントに強いから。でも、それなら千恵が早く帰れなかった理由をつくったのは私でしょ? 私があの日、きちんと自分で掃除当番をやってれば、それを千恵に押し付けてさえいなければ、千恵は間に合ってたはずなんだから」

 「……そっか。そうやってずっと、自分を責めていたんだね」

 隣でコーヒーを飲みながら静かに話を聞いてくれていた京が、さりげなくハンカチを取り出し、渡してくれる。


 「一人でいると、どうしても嫌な方、嫌な方に考えちゃうから……。千恵の家は夏也の家のすぐ隣で、それこそ昔からお互いの家に上がり込むのが当たり前だったから、夏也がいれば、千恵は一人にならずに済む。なら、夏也を応援しようって……」

 「成程ね。でも、残念ながら彼はあまり望ましい成果を上げられなかったわけだ」

 「1年以上……ううん、実際はあの事件よりずっと前からやってるくせにね。そのことも私、良く知ってたはずなのに……、私もどうかしてたんだ。溺れる者は藁をも掴むってホントなんだねえ……」

 風花がしみじみ呟く。

 「だから、本当に若宮くんには感謝してる。千恵と一緒に住んでくれて、しかもたった一週間で千恵の笑顔を取り戻してくれた。千恵のこと、大事に思ってくれてるし」

 「そうみたいだね。……なら、君に笑顔を取り戻すのは僕の役目だよね。さすがにいとこ同士だっていう彼らと違って一緒に住むってのは無理だけど」

 京が、風花の髪に手を伸ばし、そっと触れる。

 「僕だって、君を大事にしたいと思っているし、君の笑顔を守りたいと思っている。君の笑顔を取り戻すためなら、僕は何だってするよ」

 髪を梳いた手で、そのまま頬を撫でる。

 ――これまでだったら確実に拒まれていた手で、そのまま頬を包み込んでも、風花は拒まない。

 京は、真摯な目で風花を見つめた。


 「……新聞記事に載ってた事件なんて、これまでは他人事でしかなかったから、大して気にも留めてなかったんだけど。君の話を聞いて思い出したことがある」

 「――え?」

 「2年前……ちょうど事件があった頃って、僕がバンドを始めた頃と時期が重なるだろ? あの辺の倉庫街ってさ、空き倉庫とか、場所を安く借りられたりするから、あの辺は良く出入りしてたんだよ、バンドの練習するのにさ。……その時、不審者……っていうか子ども連れのさ、場所にそぐわない奴を見かけた覚えがあるんだ」

 「それ、ホント!?」

 京は首を縦に振った。

 「その時は、確かに妙だな、とは思ったんだけど。……ごめん、さっきも言った通り他人事だと思っていたから、今の今まですっかり忘れていたよ。……というか、2年も前の記憶で、今もまだ完全に思い出せたわけじゃないんだけど」

 風花は勢いよく首を左右に振った。

 「ううん、それでも貴重な情報だよ、それ。あれからずっと捜査は続いてるけど、未だに有力な情報が集まらなくて困ってるの」

 「……そうなんだ。それは尚更悪いことをしたかな。うーん、ねえ、ちょっとこれから少し、付き合ってくれないかな?」

 「え?」

 「あの日の記憶を思い出すのにさ、あの場所に行けば、少しは当時の記憶を思い出す助けになるかもって思って。まあ、どれほど効果があるかは分からないけど、何もしないよりはマシかなって」

 言いながら、京はケータイを取り出し時間を確認する。

 「あちゃー、でももうこんな時間か。……これは明日にしたほうがいいかな? 女の子を遅くまで連れ回したなんて、ご両親に怒られちゃうよね」

 「あ、それなら大丈夫! 今日、お父さんとお母さん、家に居ないの。昨日から一週間の予定で、旅行に出かけてるから。だから……行こう!」

 

 

 京が操るバイクの後ろに跨り、風花は港の倉庫街へやって来た。

 「……そう、ちょうどこの辺りだね。あっちの倉庫に場所を借りて練習をしてて。夕方頃、腹が減ったもんで、近くのコンビニに買い出しに行くってことになったんで、ジャンケンで負けた僕が、あの時ちょうどここを通りかかって……」

 京が指を指して言うが、特に街灯があるわけでもない港は暗く、よく見えない。

 「それで、ぐずる子どもの手を引いて歩く男を見かけたんだ。歳は……30代位に見えた。白いTシャツに、Gパン姿の男。格好自体は夏だったし、そう珍しくもなかったからね、歳の頃を考えても十分親子で通りそうな感じだったから。――おかしいな、とは思ったけど、特に声もかけなかったんだ」

 京は申し訳なさそうに言う。

 「ううん、普通はそうだと思うよ。悪いのは、犯人なんだから。今、思い出して話してくれてるだけで十分だよ」

 「そう言ってもらえると助かるよ。――子供の方は……。僕、秋刀くんの顔を知らないんだけど……たぶん、あれが彼……だったのかな?」

 「あっ、写真! 写真、家にあるから。今日は親も居ないし、ちょっと見て行ってくれない?」


 風花の誘いに、京は心の中で勝利の笑みを浮かべた。


 「ああ……そうだね。また記憶が薄れてしまう前の方が良いだろうし。本当は、こんな時間に女の子の家に上がり込むのも気が引けるんだけど。君が言うなら、そうしようかな。それに、少し心配だし。……これだけ一度に辛い過去を思い出したんだ。そんな夜に一人きりでは、居たくないんじゃないの?」

 風花が、少し顔を赤らめ、目を泳がせた。――図星、というやつなのだろう。

 「大丈夫、朝まで傍に居るよ。――さあ、そうと決まれば行こうか。……ここは冷える。長く居たら君に風邪を引かせてしまいそうだ」

 京がバイクに跨り、エンジンを蒸す。風花も後ろに跨り、京の腰に腕を回した。


 ――折しも。その場所はあのハロウィンの夜、京が那由他と争った、まさにその場所で。


 京は、こみ上げる笑いを必死に堪えながら、ハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。

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