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第弍拾伍話 not keeped one's oath

 この自分を好きだと、モノノケであるこの自分を決して孤独ひとりににしないと、彼女は言った。

 それに応え、これから先ずっと常に傍らに在ると、そう誓ったのはつい先頃の春祭りの日のことだったというのに。

 那由他は苦い笑みを浮かべた。

 たった今、京を封じ込めたばかりの地面を背に、祓魔師と向き合う。

 先に受けた祓魔師の攻撃による負傷も癒えないまま、京の封印にありったけの力を注ぎ込んでしまった今、那由他にはもう戦いに挑むだけの力など残ってはいなかった。――正直、気力だけで立っているような状態だ。

 祓魔師が唱える召喚の呪文を遮ることも、喚ばれて顕れた四体もの高位精霊の圧倒的な力に抗うことも、放たれた術から逃れることすらできずに、つい先ほどの京と同じように地に膝をついた。

 地面に魔方陣が描き出される。

 地水火風、四つの強大な力が四方から放たれる。那由多の頭上でそれらはぶつかり合い、相反する力が反発しあうその只中に祓魔師があの十字架を放ると、それを中心に四種の力がそれぞれ旋風のように渦を巻き、紙撚りのように撚り合わされ太く丈夫な一本の糸のようになる。

 ただ一つだけでも強大な力が、それまでの不和が嘘のように調和され一つになった四つの力の強大さは、例え万全の状態であってさえも、まともに相対すればとても無事に済むとは思えなかった。

 ……ましてや、こんな状態では。

 まるで動けない、指先一つ、片眉さえ動かすことのできない那由多の身体に、するするととぐろを巻いた力の奔流の縄が巻き付き、ギリギリと全身を締め上げられる。

 それはそれで苦しいのだが、それ以上に残り少ない“力”が見る見る間にそれに吸い取られ、全身から熱が失われ――那由他という存在を喰われる痛みに小さく呻き、額に脂汗を浮かべる。

 彼女と交わした誓いを口にした、その舌の根も乾かぬ内にそれを破る。全く、不実の極みではないか。

 (それでも……まだ……きちんと契約を交わす前で良かった。それに……京の封印も、無事に済んだしな)

 那由他は心の内で苦々しい笑みを浮かべた。

 「那由他様っ! ――やめてっ、今すぐやめて!」

 遠くで、チエの声が聞こえる。かすむ視界に、祓魔師に無我夢中で掴みかかろうとする彼女の姿が映る。たかが人間の少女の力で、魔物狩りを生業とする大人の男をどうにかしようなど、そもそも無理な話だ。祓魔師は煩そうにしながらも、淡々と術を組み立て、完成へと導いていく。

 上から下まで、きっちり巻き付いたそれの先端――頭の部分がゆっくりと、蛇が牙をむくようにゆっくりあぎとが開かれ、先端のみ再び四つに別れた力が那由他の全身を呑み込むように包み込む。巻き付いたそれに無理矢理引きずられるように宙へと持ち上げられ、全身すっぽりとまゆに覆われるように力の中に閉じ込められる。

 「嫌っ、私はこんなこと望んでない! 私は、望んで那由他様と居るんだから!」

 叫びながら、必死に祓魔師の腕に縋り付き、ビクともしないその身体をそれでも揺さぶり続けるチエ。

 だが、無情にも那由他を包んだ力は次第に形を成し、黒く冷たい無機質なものへと姿を変える。――それは、黒い棺。

 「――っ、那由他様!!」

 それが完成してしまうその間際。チエはありったけを込め、叫んだ。

 「必ず、必ずお救いに参ります。今も、これからもずっと、何があろうとチエの心は那由他様だけのもの。必ず、必ず戻ります。あの日の約束を、果たすために……!」

 視界を塞がれた那由他の耳に届いた言霊が、すっかり空っぽにされてしまった身の内に心地よく浸透していく。暖かで確かな、彼女のこころが、今にも消失しようとしていた那由他の魂を包み込み、しっかとこの世に繋ぎ止めた。

 ――守るつもりが、結局彼女に守られている。なんと情けないことか。

 那由他はもう一度、失くしかけていた心の内で苦笑した。

 「どうか、それまで――!!」

 彼女の言葉が終わらぬうちに、四方が闇に覆われ、一切が――光も音も匂いも全てが遮断された閉ざされた空間が完成する。

 だが。那由他は届かなかったチエの言葉に、届かぬと知りながら返事を返す。

 「ああ、何時まででも……百年でも二百年でも待っているとも。お前が望む限りは、何時まででも」

 闇が迫り、那由他の意識を封じ込めようと圧迫する。重いまぶたが徐々に落ちてくる。

 「その日が来たなら、今度こそ違えず、誓おう。これから先ずっと、常に傍らに在り、お前を守ろう――」

 そして、那由他の目蓋が完全に閉ざされる。

 それでも尚、牙を剥くことをやめない力の渦からそれを隠すように、彼の心を包んだ魂の一番奥深くに沈め、鍵をかけた。

 それを再び開けられるのは――


 那由他は一度閉じた目蓋を持ち上げ、もう一度傷口に口付けた。

 それは、確かに覚えのある味だった。

 面差しこそ異なるが、確かに彼女は「千恵チエ」だ。彼女の中にある魂は勿論、彼女が自分に向ける思いの全てが、確かに彼女だった。

 那由他が何なのか知っても、血を吸われても、平然とし。――お転婆ぶりも相変わらずだし、何より。

 記憶などないはずの状態で、彼女は那由他を好きだと言った。


 彼女は確かに、約束を果たしてくれたのだ。己の命を懸けてまで。


 それを理解した那由他の心が震えた。たまらず、手当したばかりの胸元へ口づけをおとす。

 「なゆ、た……」

 確かめるように、千恵が那由他の頬に触れる。

 「やっと分かった。どうしていつも何か足りない気がしていたのか。ずっと、ずっと那由他に逢いたくて、那由他の封印が解けるその日をずっと待ち望んでいたんだ……」

 昔も、今も。これから先も、ずっと。

 「ねえ、那由他。覚えてる……?」

 今し方交わしたばかりの約束と、かつて交わした大事な約束。

 長い時を経てようやく再び会えた大切な相手。

 「那由他のことが好き。昔も、今も。これから先もずっと。私は、那由他と居たいから」

 彼の温もりがもっと欲しくて、千恵は彼の唇に触れた。

 「思い出せて、良かった……」

 「それは、私の台詞だ」

 失くしていた、とても――とても大事なもの。

 「――今度こそ」

 那由他は真っ直ぐ千恵の瞳を真剣な眼差しで見下ろし、静かな口調ながら、強い意志を込めてその言の葉を贈った。

 「京の件が片付いたら。千恵、契約を、交わそう。今度こそ、必ず」

 

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