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第壱話 the ring of a bell

※この作品は、吸血鬼モノです。

※吸血シーンや宗教的表現、また、バトルシーンにおける多少の残虐表現が含まれます。

※恋愛を描いています。18禁表現はありませんが、軽めの性的描写があります。

※苦手な方はご遠慮下さい。


◆評価・感想など頂けましたら、嬉しいです。

 「ハロウィンパーティ?」

 パンっ、と顔の前で手を合わせた彼が差し出した招待状カードに目を落とす。

 「頼むよ千恵ちえ……助けると思って! 一緒に来てくれよ」

 そう言って、今度は白い封筒を差し出し、中からチケットを二枚出し、机の上に置く。

 パーティーに行くのに必要なチケットだ。見ると、右端に小さ“¥1200”と書かれている。

 「あ、大丈夫! そのチケット、兄貴に貰ったヤツだから」

 長年、自宅の隣人兼幼馴染みの腐れ縁である彼に誘われているのは、駅前にあるライブハウスで行われるハロウィンイベントだ。

 「でも、夜10時からって……ちょっと遅くない?」

 カードに書かれた時間に渋い顔をすると、すかさず、

「それも大丈夫、俺が責任持って送るし。それでも心配なら兄貴に車出させるから!」

と、畳み掛けるも、

「……って、千恵ならそういう心配はいらないだろうけどさ」

と、余計なひと言を後にくっつけるのが夏也なつやだ。

 「そのパーティーライブ、香奈かなちゃんも出るんだ」

 夏也の兄で、やはり幼馴染みのはるかは、大学の友人たちと組んでバンドをやっている。

 その兄にパシられる格好で出入りしていた例のライブハウスで彼がどっぷりハマり込んだのが、何とかいうバンドでヴォーカルを務めているという“香奈”という女の子で。

 「いつもみたいに、悠兄はるにいに付いて行くんじゃタメなの?」

 「それだと俺、裏方にしか出入り出来ないから、香奈ちゃんのライブが見られないんだよ。でも表から入るには……」

 机に置かれた二枚のペアチケット。

 「ハロウィンてさ、ヨーロッパとかアメリカとかの行事だろ? だから、あっちの習慣に習おうって事でさ……」

 つまり、男女ペアでなければライブハウスに入る事すら出来ない、という訳だ。

 「こんな事頼めるの、千恵しかいないんだよ、頼む!」

 「私、こういう場所は右も左も分からないよ? こういうの、風花ふうかの方が詳しいと思うんだけど」

 千恵は、もう一人の幼馴染みの親友に話を振った。

 「ごめん、私その日は都合つかなくて」

 だが、彼女は意味ありげな目配せを夏也に送りながら肩をすくめた。

 「なあ、頼むよ。飲み物代くらいは奢るからさ。香奈ちゃん以外にも幾つかのバンドがライブやるんだ。行ってみれば千恵も気に入るバンドがあるかもだぜ?」

 夏也の台詞に休み時間の終了を告げるチャイムと風花の舌打ちが被る。

 「まあ、私でいいなら……」

 「いいのか? 助かる!」

 小躍りでもしだしそうな軽やかな足取りで自分の席へと戻っていく彼を見送りながら千恵は小さくため息をつき、机に残されたカードとチケットを見下ろす。

 「10月31日……、か……」

 浮かれ切った幼馴染みはすっかり忘れているようだが。

 (誕生日……なんだけどな。まぁ、夏也にそんな心遣いを期待するだけ無駄なのはよーく分かってるけどさ)

 千恵の肩を軽く二度叩いて、風花も席へと戻る。

 (まあ、家で一人きりで過ごすよりはマシか……)

 もう一度ため息をついてから、机の上の紙片を封筒にしまい、それをクリアファイルに挟んで通学かばんのポケットに突っ込んだ。



 そして、“その日”の夕刻。


 玄関のチャイムが鳴った。

 「おーい、準備できた?」

 だが、こちらの応答を待つことなく玄関の扉が開き、玄関先から夏也の声が家中に響く。

 遠慮なく靴を脱いでスリッパに履き替え、断りもなくとんとんと階段を上がって来た。

 「準備はできてるけどさ、……ねぇ夏也。今さらだとは思うけど、女の子が一人で暮らしてるって分かってる家にずかずか上がり込むって……デリカシーって言葉の意味、知ってる?」

 「知ってる、知ってる。でも、お前相手じゃマジ今さらだろ?」

 一応パーティーなのだからと、そこそこめかし込んだつもりだった千恵に、夏也はへらりと笑って言った。

 その夏也は、全身真っ黒な装いの上からジャラジャラとごついシルバーアクセを幾つも身に纏っていた。それは正直――

「ちょっと、それ……悪趣味じゃない?」

「何だよ、ハロウィンて仮装パーティーなんだろ? これ、吸血鬼ヴァンパイアのつもりの衣装なんだ。アクセ類はちょっと兄貴の部屋から失敬して……」

長々と己の装いについて語りに入ろうとする夏也に、千恵は

「……いいの? 早く行かないと“香奈ちゃん”のライブに間に合わないよ?」

冷たく水を差した。


 ――そうして夏也に連れられて初めてくぐった扉の向こう。

 扉を開けた瞬間、ワッと耳がおかしくなりそうな爆音の洗礼を浴びせられて怯んだ千恵の背を押し中へと入った夏也は、入口に立つ店員に招待状カードを見せ、チケットを差し出す。

 「ようこそ、いらっしゃいませ」

 店員は受け取った紙片の代わりに、カゴに入ったキャンディーを手渡した。

 「……これは?」

 首を傾げた夏也に店員は意味深な笑みを浮かべる。

 「今日は、ハロウィンですからね」

 夏也はよく分かっていなさそうな顔をしたままそれを受け取り、千恵に押しつけて、

 「俺、飲み物買ってくるから」

それだけ言うと、そのまま千恵を置いて人混みへ紛れて行ってしまった。

 

 暗がりの中、チカチカとライトがうるさく点滅を繰り返し、自分の声すら叫ばなければ聞こえない程の大音声が狭い部屋の中を圧倒する中に、ごちゃごちゃと息が詰まる程人が溢れ返る。

 その、混沌の中へと割って入っていく気にはなれず、千恵は壁に背を預け、小さく息を吐いた。

 「Trick or Treat! ――君、一人なの?」

 そんな彼女の前に立ち、ニッと魅惑的な笑みを浮かべながら声をかけたのは――圧縮された空間に在りながら、次元の違う存在感を身にまとった白い少年……いや、青年と呼ぶべきか迷う一人の男性。

 「いえ、連れが……飲み物、取りに行っていて……」

 問いに答えながら、首を傾げる。

 「……あなたのパートナーは?」

 今日のパーティーは、男女ペアでなければ参加できないはずなのに。

 「僕は特別。……すぐに分かると思うよ?」

 言いながら、彼は千恵の長い髪の一房を手に取った。

 「ちょっと……何を……」

 それを自らの口元に運び、そっと口付ける。

 その一連の動作は流れるようで。

 それが、あまりに自然な仕草で。

 うっかり止めるタイミングを逃し、その行為を黙って見つめているしかなかった。

挿絵(By みてみん)

 彼はクスッと意地悪く笑い、

「言ったでしょ、Trick or Treat! “悪戯されたくなければお菓子を寄こせ!”……ってね。君は、僕に飴玉キャンディーをくれなかった」

わざと少し屈んで覗き込むような上目使いで千恵を見上げた。

 破壊力のある美しいおもてで。

 乙女心をくすぐる表情かおで。

 かすれたような甘い声音で。

 とろけそうに甘やかなシチュエーションの中で。

 ――何故だろう。

 心の中に、警鐘が鳴り響いた気がして。

 利き過ぎの暖房で、頬は火照る様に熱いのに。

 ゾクッと、冷たい何かが背筋を這い上る様な嫌な感覚を覚えた気がして。

 知らず、息を詰めた。

 「千恵ー? おーい千恵、どこ行った?」

 「……夏也」

 人混みの向こうで聞こえた、間の抜けた幼馴染みの声が妙な緊張感を一気に弛緩させる。

 詰めた息を大きく吐き出し、声の主を探して辺りを見回す。

 ……気付けば、彼の姿がない。

 入れ替わる様に、

 「ああ、いたいた。ほら、飲み物。……コーラで良かったよな?」

 夏也がストローのささった透明なプラスチックカップに入った飲み物を差し出してきた。

 「……うん」

 「次に出てくるバンドの次が、香奈ちゃんの番なんだ。こんな端っこに居ないでもっと前に行こうぜ」

 夏也は千恵の腕を掴んで、ステージ近くへ引っ張っていく。

 「『杏杏あんあん』さん、ありがとうござました! さぁ、次に登場するのはお待ちかねのこのバンド……『レイブンズ』だぁ!!」

 司会進行のアナウンスがそう告げた途端、きゃぁぁ! と女の子達の黄色い悲鳴が重なり、テンションが一気に膨れ上がる。

 ステージ上の照明が、赤一色に切り替わり、目に痛いほどの赤い光が部屋を満たす。

 ――そして。ステージ上に現れた男を見て、千恵は目を見開いた。

 「あれ……」

 悲鳴の嵐の中、千恵の呟きを拾った夏也は面白くなさそうに、

「何だよ、お前もあれがいいのか? ここの常連の女どもも大半がアイツのファンなんだよ。……まあツラが良いのは認めざるを得ないけどな。ああいう奴ってのは大体がだな――」

と愚痴りだす。

 それを、遮る様に。

 「Trick or Treat! 今宵は俺達にピッタリの夜だ! さあお前ら! 俺達に生贄を寄こせ!」

 ヴォーカルの彼がマイクに叫び、爆音の響く部屋中に彼の声が突き刺さる。

 ワッと涌いた客席から、次々に色とりどりのキャンディがステージ上に投げ込まれる。

 歓声の悲鳴の中、時折「京サマ〜!!)」とか、「京ク〜ン!」等と叫ぶ声が混じる。

 あのヴォーカルは「ケイ」というらしい。

 成る程、パーティーの参加者ではなく出演者だったなら確かにパートナーは要らない。

 だが……気のせいだろうか。

 歌いながら、彼がちらちらとこちらばかりを窺っている気がするのは――

 「キャー、今、京サマと目が合った!」

 「ちょっと、今私の事見なかった?」

 「京クンに見つめられちゃたー」

……いや。そんな台詞が前から後ろから、右から左から、引っ切り無しに聞こえてくるという事はやはり気のせいなどではない。

 そう、思った瞬間。

 再び背筋を冷たいものが這いあがる。

 ステージライトを一身に浴び、輝く美しい人――。

 これだけ多くの女の子を惹きつけてやまない甘いマスクと色気をふんだんに含んだ美しい歌声。

 彼は大きなバスケットを手に持ち、中身を鷲掴わしづかむと、ワッとそれを客席に撒き散らした。

 赤い色紙で作られた紙吹雪が、熱くたぎる人々の頭上に降る。

 それを目にした千恵の心は、……本当に、何故なのだろう……冷たい手に鷲掴みにされたように縮み上がった。

 「次が、俺達の最後の一曲! 聞け! 『ブラッディ・ローズ』!」

 叫んだ彼は、上着の胸ポケットに挿していた真っ赤なバラを抜き取り、客席へと投げた。

 ――真っ直ぐ、一寸違わず、千恵へと。

 目の前に迫るそれを、反射的に受け取ってしまった千恵は、手の中の真っ赤なバラを震えながら見下ろした。

 本当に、血の様な色をした真っ赤なバラ。千恵は無意識に一歩、二歩とステージから後ずさった。

 「――千恵?」

 蒼白な顔でガタガタ震える幼馴染みの様子に怪訝な顔で夏也が声をかける。

 「ゴメン、夏也。……私、もう帰るね」

 三歩、四歩。

 そろそろと彼の傍を離れ、くるりと身体を反転させる。

 ぎゅう詰めの人と人との隙間に自分の身体をねじ込むようにして。

 一刻も早くその場を離れたくて逸る心を抑えながら早足に出口へ向かう。

 何故かは……やはり、分からない。

 けれど、何かを求める様に。千恵は出口の扉をくぐり、狭くて急なコンクリの階段を駆け上がり。

 そして、空に浮かぶ月を見上げた。

 ツキン、と、訳もなく心が痛む。


 ――グワァン、ゴゥン、グワァン、ゴォゥン……


 街外れに建つ古い教会の鐘の音が、真夜中の12時を告げる。

 「……帰ろう」

 凍える夜風に身を縮めながら、よく見知った街並みの中を歩き出す。


 

 悲鳴が、聞こえた――。

 そんな気がして、彼は目を開いた。

 その目を上下左右に動かし、周囲の様子を探るが――目に映るのは闇色ただ一色ひといろのみ。

 だが、自分がひどく狭い場所に横たわっているらしい事だけは、身体に触れる硬くて冷たい感触から知れた。

 吐いた吐息がすぐ目の前にあるらしい障害物に当たって、冷たい息が顔に吹きかかる。

 強張り、思うように動かない手足を何とか持ち上げて、自分のすぐ真上にある障害物を押しのけ、開いた空間に満ちる空気を大きく吸い込んで。

 彼はそこから上半身を起こし、左の後ろから右の後ろまで首の関節が許す限りぐるりと見回し――

「ここは……どこだ?」

茫然と呟き、そしてゆるゆると己の手に視線を落とし、開いた掌をじっと見つめ、

「私は……。私、は……?」

もう一度、周囲を見回して。……掌を、胸に当てた。

 体温の感じられない、ひどく冷たい肉体からだ。そこには、心の臓の鼓動も感じられない。

 だが、焦がれる様な熱っぽい衝動が、そこには確かにあった。


 ――グワァン、ゴゥン、グワァン、ゴォゥン……


 突然、頭上で耳をつんざく大音声が響き渡る。

 真夜中の12時を告げる鐘の音が、無いはずの心鼓を無性に逸らせる。

 (……行かなければ、ならない)

 訳もなく、彼は思った。

 ガチガチに固まり、出来の悪いカラクリの様にしか動かせない強張りきった全身の筋肉に鞭打って、彼は寝床そこからのっそりと這い出た。

 段を降り、幾列も並ぶ腰掛けと腰掛けの間の狭い通路をふらふらと、何度も腰掛けに身体をぶつけながら、その先にある出口の扉を目指して歩く。

 一歩、また一歩。重たい足を運ぶ。

 すぐ目の前の扉へ辿り着く――ただそれだけの行為ことで、体力も気力も根こそぎ失われていく様な感覚に、一歩進むごとに次の一歩を踏み出す事を躊躇いたくなる……のに。

 何故だろう。何か、どうしようもなく抗いがたい何かに惹かれる様に、彼は一歩、また一歩と歩を進める。

 気の遠くなる様な。そんな一歩を重ね、重ねてようやく辿り着いた重々しい重厚な扉を、もう底をついて空っぽに近い最後の気力体力を限界まで振り絞り、全身で押し開ける。

 開けた瞬間、すぐ目の前の空に浮かんだ大きな月が網膜に強く焼き付いた。

 投げかけられる淡い月光が疲弊しきった身体を優しく包み、朦朧とまどろみかけていた意識を研ぎ澄ませていく。

 彼は、思わず一つ大きく息を吐き出した。

 よろよろと扉から離れ、荒れた砂利道を二歩、三歩、と歩いた所でがくりと崩折れ、地面に膝をついてうずくまる。

 それでも彼は疲労に震える手足を踏ん張り、再び立ち上がる。

 焦がれる様な衝動は、刻一刻と時を重ねれば重ねただけ熱を帯びて燃えたぎり、“急げ、”と追い立てる。

 ザリッ、と砂利の上で足を引きずるようにしながら、彼は心の指し示す方へと、精一杯の一歩を重ねていく。

 「……行かなくては」

 そう呟く彼の声を聞くのは、夜空に浮かぶ月だけ――……


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