Googleの無い世界
夢を見た。Googleの無い世界の夢を。
きっかけは、ある種のゲームだった。違法なドラッグをキメて行うTRPG「プレインズウォーク」。それをプレイする度に記憶は飛び、断片化され、再構築された。そのゲームをぶっつづけで行うサークルのOFF会に参加し、僕は一週間ほどプレイにのめりこんだ。
死。死。また死。少ない女性プレイヤーの奪い合いで、多くのゲームが終わった。僕たちは冒険し、探検し、気に入らない展開になったらためらいなくゲームをリセットした。あるとき、ゲーム中に登場したライオンが逃げ出した。それが本物のライオンだったのか、そうでなかったのかは分からない。僕らはある種の催眠状態にあり、ゲームで起こったことは現実に起こったことと見分けがつかないのだ。
なぜだかそこで、ゲームは突然中止になった。GMを務めていたアーサーが、怖くなったのだろうと思う。僕らの断片化された記憶は再構築され、各々のプレイヤーは現実の世界に戻っていった。
「ライオンが逃げ出した」
なぜだか、そのキーワードだけが僕の頭に残った。それで、僕はオフィスに戻ると、さっそくWEBブラウザを開いて、デフォルトの検索エンジン、Googleで「ライオン 逃げた ニュース」と打ってEnterキーを叩いた。
現れたのはライオンの画像と、説明文だけだった。YahooWiki。そんな文字列が画面に踊っていた。僕がGoogleだと思っていたのは、検索エンジンだと思っていたのは、Yahooが立ち上げた電子百科事典であって、それ以外の何物でもなかった。
僕は同僚のアーサーに、違法なドラッグとゲームの結果の件ではないと前置きして、質問した。「Googleはどこに消えたんだ?」と。予想した通り、彼はGoogleを知らなかった。
僕はオフィス中を見て回った。コンピュータは旧式だった。個別のソフトウェアを立ち上げるために、専用のOSがあり、技術者はマルチブートして作業をしていた。OS共通のインフラ基盤というものは存在しなかった。無数のOSが跳梁跋扈し、ソフトウェアの互換性はないがしろにされていた。
僕はGoogleというものについて、アーサーに詳しく説明した。WEB全体をクロールする機械的な検索エンジンとして発足したものであること。画像も地図も、最新ニュースも機械翻訳も、どんなサービスでも揃っていること。インターネットの基盤になっているということ。
「そんな化け物みたいなサービスで、どうやって儲けるっていうんだい?」
もっともな質問だった。僕は答えた。検索結果連動型の広告サービスによって、と。Googleの基盤はあくまで検索技術であり、そのおまけで広告サービスを展開し、膨大な利益を得ているのだと。
アーサーは賢かった。僕の言葉を現実とは思わず、ドラッグとゲームの副作用だと判断したようだが、それでも僕の言葉に耳を傾けるくらいには賢かった。
「つまり君は――」彼は言いよどんだ。
「インターネットを支配するつもりなんだね? そのGooなんとかとやらを立ち上げて」
ある意味で、Googleは僕の世界の象徴だった。僕の故郷にはそれがあたりまえに存在していて、全てがGoogle中心に回っていた。だから僕はずいぶんと重みを込めて答えた。
「G・o・o・g・l・e。グーグルだ。その名前はもう決まっているんだよ」
アーサーの作った企画書は通り、その日のうちにプロジェクトはスタートした。
この世界に、Googleを実装するためのインフラがあるだろうか。プログラミング言語と、高速大容量なストレージがあるだろうか。いいだろう。無ければ作るまでだ。プログラミング言語のパーサーくらい自分で書ける。WEBサイトの全文検索で、ランキングで、分からないアルゴリズムがあるなら、数学者を雇えばいい。
「ライオンは逃げ出した。この世界でライオンになるのは、僕だ」
夢を見た。Googleの無い世界の夢を。その世界ではやるべきことがあまりに多すぎて、少なくとも退屈だけはしなさそうだった。