スライムですべてを失い、スライムですべてを得た女
かつてないほど平和な森に、ひとりの女冒険者がいた。
名はマリアナ。
剣の腕は一流、判断力も抜群。
ただし運だけが壊滅的だった。
「今日こそはまともな依頼を……って、なんでスライムしかいないのよこの森!」
そう叫んだ瞬間、足元が「ぷるん」と鳴った。
次の瞬間、彼女はすでにスライムの海の中だった。
「うわぁぁぁ!?ちょ、ちょっと待っ……これ数おかしくない!?」
スライムたちは無言で、しかし確実に仕事をしていた。
装備を溶かし、ブーツを溶かし、そして…
「やめなさい!そこは防具として大事なとこなの!」
じわじわと衣服は溶け、全身ぬるぬるの状態に。
剣も滑る。踏ん張りも効かない。完全に詰みである。
「終わったわね、私の冒険……。」
しかしその時、彼女は気づいた。
ぬるぬるのせいで……
「……あれ?」
スライムの攻撃が、全部ツルッと滑って当たらない。
むしろ彼女の方が、スライムの中を高速で滑走し始めた。
「え、ちょっと待ってこれ……速っ!?」
摩擦ゼロの体で森の中を爆走するマリアナ。
木々の間を縫い、スライムの群れを弾き飛ばし、気づけば………森の奥にあるダンジョンの最深部に、数秒で到達していた。
そこにいたのは、伝説の魔王。
「よく来たな勇者よ――」
ドゴォン!!!
ぬるぬるの勢いのまま突っ込んだマリアナが、魔王を壁ごとぶち抜いた。
沈黙。
煙の中、魔王は完全に壁にめり込んでいた。
「…………え?」
マリアナも固まる。
その時、どこからともなく声が響いた。
『討伐完了。報酬:100万ゴールド』
「え、倒したの!?今ので!?」
後日――
王都ではこう語り継がれた。
【史上最速で魔王を倒した伝説の冒険者、マリアナ】
そして彼女の二つ名は――
「滑走王。」
本人は未だに納得していない。
「違うのよ……あれ事故なのよ……!」
だが王国はすでに、彼女専用の【スライム風呂】を開発していた。
次の魔王討伐のために。
「やめて!!!もう二度とぬるぬるで戦いたくない!!!」
その叫びは、誰にも届かなかった。
完。




