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VS刺客と蜘蛛の糸

ヒストリアは双子と共に走っていた。

谷に向けてレールを伸ばしつつあるトロッコの起点に向けて。


「大丈夫かな……」

「ベリル怪我してないかなっ……」

双子は片腕を失って戻ってきたベリルがまた怪我を負うのでないか気が気でない様子で口走る。

二人はヒストリアが家に留まるよう宥めたが言うことをきかず着いてきてしまっていたのだ。

「あの爆音はけっこう近かったわ。ベリルならもう通り過ぎてるはず……きっと大丈夫よ」

ルーメンも、他の雇人の人間もきっと。

音の大きさからして採掘現場ではない。

それだけは分かっていたが、ベリルに関しては絶対にと言いきれる自身はない。


しばらく前に出ているため、おそらくは巻き込まれてはいないだろうとヒストリアは走りながら双子を励ましていたが、実際に現場を見るまでは不安は拭えなかった。

どうか、どうか誰も怪我をしていませんように。

そう願い、音がした場所に向けて走る。


だが突然、目指す場所が近づくに連れて不穏な雰囲気を感じ躊躇する感情が渦巻いた。

嫌な予感がする。


咄嗟に出てきてしまったが、やはり双子は置いてくるべきだったかもしれない。

いや、それ以前に来るべきでなかったかもしれない。

ヒストリアは完全に走るのを止めて立ち止まった。


「セシル?どうしたの?」

「早く行こうよ!セシルお姉ちゃん!」

二人が振り返り、幼い声がヒストリアの偽名を呼ぶ。


「やっぱり、戻りましょう……」

「なんで?」

「なにか変なのよ……」

「変てなにが?」

「考えてみれば音がした場所には、爆発するようなものなんて何もないはずだもの……」


冷静に考えればそうなのだ。

かつて地面が隆起し背丈ほどの大きな岩がいくつも転がっている場所で、あそこには浄化後の劇的な変化といえば緑地が増えたことと、やや大きな蜘蛛の生息地帯になったことぐらいだ。

蚕の繭のようにその蜘蛛の糸は乾燥させると繊維としても利用できるらしいが、レールを敷くのには厄介な存在であるとベリルが苦言を漏らしていたのを覚えている。


まだ谷底付近までは完全に開通してないため常に人がいるわけでもなく、瘴石の採掘とレールを敷く作業を並行して行っており、一日の最後に瘴石を運ぶ手筈となっている。

そのため普段はレールを敷く最前線の位置にトロッコが止まっていた。

結界の中なので銃火器なども基本的に所持しておらず、この時間帯ならみな採掘現場の方にいる。


採れた瘴石はルーメンの家の近くに増設した保管倉庫に集めているので、周囲には本当になにもないのだ。

つまりあの場所に爆音が聞こえるのはおかしい。音を気にして見にくる人間を誰かが待っているのではないか。

レールの起点を目前に、ヒストリアは唇を噛み締める。



「ヒストリア・フランドールで間違いないな?」



低いがよく通る声が響く。

またやってしまった。

違和感にようやく気づいた時には手遅れで、ロマとティア達を挟むように二人の男がいた。


――――どこか見覚えのある男が二人。

名前は思い出せないが、よく考えてみれば家の建築時から今回の採掘まで雇人らに混じっていた顔ぶれだった。


一人は男にしては小柄で、背にボウガンらしき武器を所持しており、一般的に平民の色と呼ばれる鳶色の短髪に好戦的な鋭い三白眼。

もう一人は反対に背が高く猫背気味で、整った顔立ちに反して覇気のない陰鬱とした眼の男だった。


見た目は若く、それぞれ特徴はあるのだが、さほど印象に残らない雰囲気を纏っている。記憶をなんとか掘り返して気付いたのは、彼らは他数人の集団に混じっていたこと。不作の農村地帯から逃げ出しディート地区へ流れついたという話をベリルがしていたのを思い出した。


その二人が何故か偽名で通していたはずのヒストリアの真名を知っている。

神殿の関係者だろうか……それなら名を知っているのも合点がいく。

ロマとティアに駆け寄り二人を抱き寄せるヒストリア達に向かって一人がボウガンを向け、もう一方はナイフを手に男達がゆっくりと近づく。


この一帯は遮蔽物といえば隆起する岩盤と背丈ほどの岩石ぐらいだ。無意識に隠れる場所を探すため視線を彷徨わせたが、二人を連れて走り抜けるには難しい。

躙り寄る男らに生唾を飲み、引き裂くように長身の男にがロマとティアの肩を捕えヒストリアから引き剥がす。ロマは恐怖に震え、ティアは泣きそうな顔で叫んだ。


「おねえちゃんっ!」

「なにするのっ!?」


咄嗟に叫び取り返そうと手を伸ばしたがボウガンを持つ男が一喝した。


「動くな」


ヒストリアは額に照準を向け距離を縮めてくる男と睨み合いながら声を絞り出す。

「……その子達を離して。私に用があるんでしょう?」


間近で捉えたその表情は酷く無機質なもので、表情の変化が浅いルーメンや感情の機微を悟らせないラキュウス辺境伯達とは違った覇気の無い瞳が特徴的だった。

例えるなら、まるで生を放り出したような、そんな顔をした男がヒストリアに訊ねる。


「この一帯に結界を張っている浄化石はどこにある?」


ボウガン男の発言にヒストリアは身を硬くした。


ディート地区近隣の浄化については、神殿から「大聖女さまの慈悲による結界拡張」によるものと発表されており、皆がそれを信じている。

真実を知っているのは、あの日ヒストリア達と共に浄化石の入手のため護衛に雇ったベリル達のみだ。

彼らがその時のことを他言するはずはなく、神殿の関係者も最近になってヒストリアが浄化したものと目論んでか、強制連行しに来たりするなどといった行動があった。


仮に神殿の関係者だったとして、彼らの目的が浄化石ということは、あのあと浄化石の存在を神殿が認知したのだろうか。

しかしその線で納得するには違和感を覚え、ヒストリアは思考を巡らせた。


ボウガン男の目をじっと見据えたまま唇を引き結んでいると、男は表情とは裏腹に苛立ちを孕む言葉を発し長身の男へ目配せする。


「……面倒だな。そうやって黙っているなら子供を殺す」

男の手が二人の首元に伸びてヒストリアは瞬き顔を歪めた。


「駄目よ!!」


「なら言えばいい。どこにある?」

無機質な瞳が細められた。


戸惑い、言葉に悩む。

刹那、男達の背後に見える近くの岩石の裏で銃口が光った。ベリルのものと見られる片手が右にズレろと訴えている。

ヒストリアは視線を落とし迷いながら右脚を下げ後退り男達に訊ねる。


「ここにはないわ……貴重なものなのよ、私が持っているわけないじゃない。あなたたちは神殿の人?」


意識を会話に向けるようにして不自然なにならぬよう右に寄り二人の反応を窺えば、ボウガン男は舌打ちを鳴らした。

「余計な質問はするな。お前の家か?」

「いいえ……」

感情が欠落した表情をしているが、先ほどからの言動を見て意外とその内側は起伏があるようだった。

「……面倒だな。非効率だ。この女が所有しているのが好都合だったが、やはり彼奴か」


「先輩」

不意に長身の男が口を挟んだ。ベリルは男の足元を狙っている。

「分かっている。助けがきたとコイツの顔に描いてある」


ボウガン男が振り向き、ベリルが引き金を引くより早く矢を放ったことで弾道が外れ地面に小さな砂煙があがった。そのまま男はボウガンを投げ捨てると地を蹴って間合いを詰め、長く大きな針のような刃物を振り上げ、それにベリルも応戦する。


絡れる二人に間髪入れず長身の男はティアを投げつけた。

当然ベリルはティアを受け止めざるを得ず、その瞬間に拳銃を持つ手を蹴り上げられる。

落ちた拳銃をボウガン男が拾い上げ、それをヒストリアらに向けた。


「動くな。ベリル、お前が浄化石を持ってこい。でなければコイツらを殺す」

ロマの肩を掴む長身の男は頬にナイフをあてて子供の薄い肌に赤い線が薄らと浮かび上がる。

「うっ……いたいよ!」

「傷つけないで!」

ヒストリアが叫び、ロマが涙を滲ませていた。

「お前は黙っていろ。この子供を殺されたくなければな」


顔を歪める悲痛な叫びに、ベリルは口端から吐息を溢し両手を挙げた。


「せっかちだな」

「どうせ聞いていたんだろ。見張りをつける、さっさと行け」


ヒストリアに銃口を向けたまま慎重にボウガンを拾い上げ背負い直した男はロマの元まで移動し二人を人質に取る。

その男を”先輩“と呼んでいたもう一人の長身の男はベリル達から一定の距離を置いてから無言でボウガン男を見遣った。


「ベリル。あの男に知られないように持って来い。名をルーメンとかいっただろ。あれに邪魔されたら面倒だ」

ボウガン男が念を押すように告げるとベリルはいつもの食えぬ表情で吐き捨てた。

「その面倒なのがあんたらの欲しがっている浄化石を持ってんだがなぁ」

「騙すなり盗むなり考えろ。お前たちは知り合いだろ」

「は、そう言われてもな。俺なんかが盗み出せるとは到底思えねぇ……いっそあんたらがこのまま乗り込んで脅せば済む話じゃねぇか」

その場を動こうとしないベリルにボウガン男は逡巡したのち銃口を向け銃弾を一発放つ。


ベリルの後ろに隠れ腰にしがみついていたティアの肩がびくりと跳ねた。弾は敢えて外されていたようでベリルの顔の横を抜けていった。

一方、長身の男は冷静に胸元から何か取り出すと握り締めていたものを見遣ったあとボウガン男の先輩に向けて眉を顰めた。



「あの~、先輩。ちょっといいですか?」

「なんだ」

「やっぱり浄化石なんて後回しでいいでしょ。効率的だかどうとか知りませんけど、一度になにもかも済まそうとするの止めませんか。俺が女殺しますから、ユリアン回収してくださいよ。反応あるんで多分その辺にいますよ」


ヒストリアは瞳を揺らした。

この二人を放った相手はヒストリアを殺せと命じている。それから初めて聞く名……自分達以外に一体誰が潜んでいるというのだ。

視線を彷徨わせるがヒストリア達以外に誰かが居る様子はなかった。


「黙れ。お前は俺のいう通りに動けばいい」

「そーですか……実は俺の知らないところで別の依頼人からも金積まれてます?」

長身の男が茶化すように問えばボウガン男は黙り込んだ。

「無視ね。まぁ、忠告はしましたよ」


呆れた面持ちで言う姿に、ベリルが薄らと口を開き笑う。

それからボウガン男に向かって言った。

「なぁ。お前ら随分と臆病なんだな?特あんた。顔見知りを使いたい程度にルーメンを警戒してる、そうだろ?」

「男と長話する趣味はない。時間稼ぎのつもりなら無駄だ」

「女ともしねぇだろ」

「は?」

「聞いたぜ。チラチラ見てくるくせに、無言で一杯飲んだらとっとと帰っちまう腑抜けた男がボラフ亭によく来るんだってよ」

「……勘違いしてるようだが任務のために出向いただけだ」

「へぇ。だがお前の相棒の方は気前よく金を落とすらしい」

挑発的に長身の男に視線を流すベリルにボウガン男の銃口が今度こそ脳天に向き、ヒストリアは唇を震わせた。


しかし長身の男の方が先に詰め寄りベリルの腹を殴り飛ばした。

重心が崩れその場に倒れるベリルにティアが駆け寄る。


「さぁさぁ、無駄口叩かずとっとと歩けよ。せっかく生かして貰えてんだからさ」

それは明らかにボウガン男への挑発を遮る行為だった。

「いや。察しのいい仲間が気付くかと思ってよ」


対してベリルは隻腕で身体を起こしながら乾いた笑みを浮かべていた。

「いやいや、あんた一人だったでしょ。ここから谷までどれだけ距離があると思うの。気付くわけないだろ。お前は必死こいて浄化石を持ち出すことだけ考えてろ」

言って男はもう一発ベリルの腹に狙いを定め拳を振り上げた。

「ベリルっ!」

ヒストリアは思わず声を荒げた。しかし酷く冷静に、痛みがあるはずの身体をベリルは躊躇なく起こしティアの頭を撫でる。


「……安心しろ。問題ねぇ、俺たちは運がいいからな」

その言葉にヒストリアはハッとした。


確か双子は言っていた。

採掘現場での出来事をベリルに伝えるため呼びにきたのはスレイだったと。


だが先ほど長身の男は、ベリルが一人だと言った。

つまり、二人の認識ではベリルを呼びに出た人間はすでに採掘現場に帰っているということになる。


もし仮に、幸運にもスレイがその人物から又聞きして伝達役を引き受けていた場合、ベリルと別行動をとっていたのなら……。

ベリルがロマとティアを預けに来たときに姿が無かったため気付かなかったが、スレイはこの状況を把握しているかもしれない。


――――その時だ。

「っ……、くそが」

ボウガン男の動揺と同時に足元が揺れ、直後に勢い良く地を割って巨大な植物の茎が天を貫いた。


「ルーメンっ……!」

そこには息を切らし現れたルーメンの姿があった。


男達を捕捉せんと蠢く枝葉にボウガンを背負った男はヒストリア達に向けていた拳銃を落とし後方へ退避する。

咄嗟にロマを抱き寄せ、男らが警戒し退避する隙にベリル達と合流する。

長身の男は襲いかかる植物をナイフで切り裂きながら退き、苛立ち混じりに顔を歪ませていた。


「だから言ったじゃないですか。女殺して、ユリアン攫って、一つずつ片付けましょうって!先輩のせいですよ」

声を荒げるなり長身の男はヒストリア達に向かって何か投げ、それは着弾と同時に濃い煙が一帯を包んだ。


視界が阻まれ、ルーメンがどこに居るのか分からない。

ヒストリアは咽せるロマの背を摩り口元を手で庇う。


「煙幕か……離れるなよ。静かにしてろ、あっちも見えねぇはずだ」


濃い煙幕に、ベリルの声音には一抹の緊張が混じっていた。ヒストリアは頷き慎重に周囲を見渡したが、やはり手の届く距離しか何がどうなっているか分からない。


「頭を下げろ!」

ベリルが突如声を荒げた。

次の瞬間、煙の中から鋭い何かが飛んできた。それが矢だと理解すると同時に身体が強張りヒストリアは無意識に目を瞑る。


しかしいつまで経っても痛みに襲われることはなく、恐る恐る瞼を上げた。

矢はヒストリアの手前で回転しながら止まっていた。

まるで空気の渦に巻き込まれたかの如く、くるくると不安定に周り、そのあと地面に落ちて、刹那ヒストリアの腕が引かれ大きな身体に包まれる。

見上げればルーメンが居て、額には汗が滲んでいた。


「遅くなってすまない」


ヒストリアは力が抜ける身体を奮い立たせ返事をしようと口を開いたが、更に矢が飛んできた。

ルーメンが同じ方法で矢を止めたあと、拳銃をベリルへと手渡す。それは先程ボウガン男が落としたベリルの拳銃だった。

「移動しよう。近くに岩がある」

ルーメンの冷静な声が皆を促し、ベリルが頷いた。

「いいか、今からやるのは隠れんぼだ。絶対に声を出すなよ。怖いだろうが俺達を信じろ。出来るか?」

「……うん……」

言ってベリルが双子の頭を撫でる。

対して無言で頷くティアと怯えた声で返事をするロマに、ヒストリアは胸の奥が痛み眉を歪めた。


こんな小さな子供に恐ろしい思いをさせて、自分のせいだ。


「ベリル。これを渡しておく。無いよりマシだろう」

ヒストリアはルーメンの声にハッとした。

ルーメンが渡していたのは小石から生成された短剣だった。

「矢の威力はそこそこだ。これで十分だろ、助かる」


瞬間、風を切る音にベリルが反応して矢を払い落とし、ルーメンがその切先を見て言った。

「……毒が塗ってあるな。当たらないよう気をつけて行こう」

ルーメン誘導に従ってヒストリア達は走った。


その間も断続的に矢はヒストリアを追って的確に飛んでくる。


「どうして位置が分かるの……!」

少し走ったところで目的の岩に辿り着き、蜘蛛の巣を張った大人の背丈ほどの切り立つ二つの岩の隙間に身体を寄せ、信じられないとばかりにヒストリアは溢した。


「勘で撃ってるとは思えねぇな」

「それに俺の魔法の効果範囲も把握されているようだ。距離を取られている」

相変わらず視界は悪く、次々に煙で焚かれ敵の位置が把握できない。

「ベリル、怖いよぉ……」


止むことのない攻撃に、ついにロマが鼻を啜り泣き始める。その不安な空気にティアも顔をくしゃくしゃに歪め、必死に涙を堪えながら肩を震わせ、ベリルは片腕で二人を抱きしめた。

「怖いよな。だが大丈夫だ、必ず守る」


今はそう言うしかない。

ヒストリアは焦燥感を募らせ、浅い呼吸を何度も繰り返した。


相手はルーメンが魔法使いであることを知っていて、なぜかその魔法の効果範囲を理解している。

距離を取られたまま今の状態で隠れ続けるのは不味いが、ルーメンやベリルがここから動けないのはヒストリア達が居るからだ。

ひとまずルーメンが植物で蔦の壁を作り、ベリルが隙間から銃で応戦しているが、ボウガン男は移動しながら撃っているため防戦一方だ。


ルーメンは毒矢を見遣りながら悔し紛れに言った。

「あれは間違いなく探知魔法だ。やはり追跡対象はヒストリアか……」


毒矢は蔦の壁や岩などの遮蔽物がなければ命中していたであろう場所に精密に打ち込まれていた。


「俺達と同じ髪色だが、あいつらも魔法使いだったってことか?」

ベリルが横目で見て問えばルーメンは短く首を振った。

「いや、魔法使いは別にいる。ボウガンの男が魔法の込められた石を所持しているはずだ」

「彼奴らユリアンの位置がどうとか言ってたがそれのことか」

ベリルが言った瞬間、ルーメンが視線を足元へ流し呟く。

「ユリアン……?まさか……いや、彼女は違う……」

知り合いなのだろうか、男達がヒストリアとは別に探している対象だ。

しかしルーメンは直ぐにユリアンについて考えることを止めた様子で、ヒストリア達に向き直った。


「……仕方ない。ひとまず煙幕を風で散らすぞ。このままでは一方的だ」

ヒストリアの位置が特定されている以上、この煙幕は隠れ蓑にはならない。

二手に別れ動いたとしても、位置を知る二人と敵に位置が分からないヒストリア達では分散させたところで向こうに利があるのは変わらないのだ。

だが煙幕を消したところで遠距離からの攻撃を続ける相手を詰めるにはリスクを伴う。

なぜならヒストリアの的確な位置を把握しているだけで、煙幕があるからこそ遮蔽物の形状が可視出来ないため幸いボウガンの毒矢がまだ一本もヒストリア達に当たっていないのだ。


ヒストリアはベリルにしがみつくロマとティアを見つめたあと言った。


「待って、ルーメン」

「……どうした?」

「私の位置さえ分からなければむしろ煙幕は都合がいいわ。そうでしょう?少しでいいから遮断出来ないの?」

「……難しいな。あの探知魔法は名を支配した対象の身体に流れる聖力に反応している」

「だから聖女の私を特定出来るのね」

「厳密には少し違う。聖女でなくとも人には微弱な聖力が流れているらしい。つまり名前さえ分かっていれば誰でもどこまでも追跡可能だ。ある意味、聖力を伝播する空気を意図的に揺らせば乱れぐらいは作ることが出来るが……遮断はほぼ不可能だ」


なるほど、と独りごちた。

ヒストリアにとってルーメンの答えは十分すぎるものだった。

完全に遮断できるならそれに越したことはない。それをしなかったルーメンのこれまでの行動から、そこまでは推察できる。


ルーメンはきっと、ヒストリアが今考えていること聞けば反対するだろう。

その可能性を考慮した結果の問いだったが、得られた言葉は、ある種の希望だった。


「つまり彼奴らが握っていた石を破壊しねぇ限り、場所を特定され続けるってことか……」

ベリルが溜息混じりに呟く。

「あぁ。そういうことだ。だが視界が悪いなか破壊するために安易に動くのは得策じゃない。だからこそ視界を確保するのが最優先だ」

ルーメンが諭すように言ったがヒストリアは真っ直ぐ見据え眉根を寄せた。


「……いいえ、違うわ。分からないからいいのよ……」


それからベリルへ視線を向けた。

「わざわざ煙幕を使うのはルーメンと直接やり合いたくないってことよね。ベリルはどう考える?」

「遠距離からの攻撃しかしてこねぇ、ルーメンを厄介だとも言っていたな……間違いなく接近戦は不利なんだろ」


「それよ。おそらく私の位置とルーメンの位置はほぼ同じと考えて距離を取っているはずだわ。だから三つに別れる。ベリルとロマとティアはここに隠れていて。私が的になるから、ルーメンは攻撃の方向から敵の位置を特定して魔法で捕獲出来る範囲まで行くのよ。私に矢が当たらないようさっきみたいに宙に浮かせながらね」


「なにを言い出すんだ」

ルーメンは身を乗り出してヒストリアの手首を掴んだ。当然の反応だろう。ヒストリアは貴重な大聖女なのだから。

ヒストリアは静かにその手を制し続けた。


「いいから聞いて。探知魔法に乱れを作るの。当然、手応えのない矢と探知魔法の乱れを気にして確認しに近づくはずよ。相手が魔法を借りているだけの人間なら正しく探知されているかどうかは死活問題……きっと妥協点ギリギリまで近づくわ。そこを攻撃するの」


「なるほど……敵がお前を中心に魔法の展開範囲を考慮していたとして、ルーメンが別行動してりゃ既に展開範囲に入っているということか……。ボウガン打ってきてる方は短気だ。運が良けりゃかかるかもな……」

ベリルが頷き思案する一方、ルーメンは即座に言い募った。


「駄目だ。君を危険に晒すわけにはいかない」

眉根を寄せ黄金色の瞳が鋭く細められたが、ヒストリアは譲れなかった。


「私は早くこの子達を安全な場所へ連れて行きたいの」

「…………だが、確実に誘き出せるとは限らない」

「危険だけど上手くいけばみんなが安全よ」

「その皆に君は入っていないだろう」

「でも私のせいでロマとティアにまで怖い思いをさせてるのが嫌なのよ!」


本音だった。王都にいた頃は子供に興味などなく、むしろ邪険にしていた。

だがロマとティアは特別だ。ヒストリアにとって”脅威でない存在“というのは特別だったのだ。

平民の子だからか、ベリルと共にいる子だからか、理由が分からないが、擦れていない天真爛漫な二人は必要以上に警戒する必要がなく信用出来た。


この辺境では貴重な存在。

容易に理解されない感情だろうが、ヒストリアにとっては救いであり、守りたい理由として十分な価値があったのだ。

その子供らが自分のせいで怖がっているのはヒストリア自身が許せない。



「それにもう、されるがまま何も出来ない女でいたくないの!」



声を顰めての応酬に、ルーメンは呆れを孕んだ溜息を吐き出したあと視線をあげた。

そこには大きな蜘蛛が岩を這っていた。

さらに上には二つの岩を繋ぐ蜘蛛の巣。そこに小さな蛾が数匹引っかかっている。


同じだ。以前のヒストリアなら自分に罠が張り巡らされていることに気付かず、無力に捕食されていた。

だが今は違うのだ。



「……分かった。だが自己犠牲は嫌いだ。確実に仕留められる方法にする」


ヒストリアはルーメンに命を託し、飛び出した。

あらかじめ示し合わせた目的地であるもう一つの岩場の方角へ向かって。

ルーメンは一本目の矢を確認した後、空気を蹴りボウガン男との間合いを詰めるため移動しているはずだ。その間もヒストリアの周囲にのみ超速の風を起こし、無音で毒矢を留めている。


目的の岩を見つけ辿り着いた頃には、矢の異変を覚えたボウガン男がヒストリアの予想通り、疎ましそうに言った。

「手応えがない……?何をやっている……」

当然だ。矢は風に巻き取られるように回転し続けているのだ。

その風が探知魔法に乱れを起こし、今頃はきっと石が誤作動を起こしたように反応しているに違いない。


確かめるように放たれる何本もの矢に男が苛立っているのが手に取るように分かる。

それから連射が止んで、静まり返った空気に雑踏を踏む足音が一足。

こちらに来るか、ヒストリアは固唾を飲んで期待したが、それを阻む声が上がった。


「先輩、罠ですよ」

煙幕を焚くことに徹して静観している男の方である。


「あぁ。だろうな、……だが探知に乱れがあった」


足音が止まり、更にもう一本の矢が飛んでくる。

その矢もルーメンが魔法で捕らえ、ヒストリアを狙った何本もの矢が磁気の狂った羅針盤の如く宙を回転していた。


「あまり近づかない方がいいかと」

「だが確認は必要だ」

「ならもう好きにしてください」


長身の男は意外にもあっさりと引いた。

罠と見破っていながら近付いてくる足音は一つ。

様子を見ているのか、それとも先ほどの投げやりな言葉は本音なのかはヒストリアには分からない。

矢に当たらないようヒストリアは頭を低くして身構え息を殺した。


そして次の瞬間、回転する矢が並行になり止まる。

刹那、無数の矢が一斉に放たれた。


幾つもの金属音を弾く音が聞こえ、毒矢がボウガンで叩き落とされたことが分かる。


「それだけか?探知魔法もこれが原因だったか」


ボウガン男が失笑した。


「こんな小細工、大したこと、なっ……!?」


揶揄る言葉は途切れ、激しく咳き込みはじめる。

嗚咽に交じり、ボウガンが地面に落ちる音があった。

ヒストリアは効いたのだと、理解した。


矢に付着していた毒は、空中での高速回転により既に乾ききっていた。

そしてボウガン男が毒矢を叩き落した際に、それは鱗粉となり男を包んで舞う。

必然的に吸引し、大量の毒は急速に男の身体を蝕むのだ。


「俺の毒……?馬鹿なっ……ぐっ、…あ゛ぁ゛っ!はぁ゛っ…おい゛っ!はや゛ぐ、助けろっ!」

「やられちゃいました?悪いけど俺、三度目は助けない主義なんですよ」


ボウガン男の叫びに対し、冷めた声が離れた場所で聞こえる。

「くそがあ゛っ!!はぁっ…なぜ、だ…っ!…あの女だって、吸ったはず、なんじゃ…」


先ほどの攻撃でヒストリアの周囲のみ煙幕が少しだけ散っていた。

霞がかって見える視界の少し先には、地面にへばりつく男の姿があった。

一瞬、視線が合った気がする。

男は瞠目していた。



「私は大丈夫なの。あなただけ、あなただけが死ぬのよ……」


その身体をルーメンの拡張魔法によって急成長した植物の太い茎が一本ドッと突き破る。


声を上げず男は息絶えて、その直後に突風が吹き抜けた。


ルーメンが風で煙幕を晴らしたのだ。

晴れた空の元、ヒストリアは蜘蛛の糸で編まれた白いベールとローブを纏っていた。



乾燥した毒がヒストリアにかからないよう蜘蛛の糸が粉塵を全て絡め取っているため、毒を浴びたのはボウガン男ただ一人のみ。


晴れた視界でベリルが長身の男に向けて威嚇射撃し、ルーメンが間合いを詰めに行く。


「効率重視も失敗すりゃぁ、ただの欲張り損だな。でも面白いもん見せてもらいましたよ」

しかし長身の男の退避判断の方が早く、遠くに転がる死体を見て呆れた口調で零し笑った。

「その女を殺すのはまた今度かな。それよりユリアン、お前は逃がさないよ」


刹那、緩やかに口角を持ち上げヒストリア達とは無関係の場所に向かって長い針を一斉に投擲する。

予期せぬ位置からゆらりと灰色の生き物が姿を現し、その後、どさりと倒れた。


「せめて最低限度の仕事はしなきゃねぇ……殺すか回収なら、殺す一択でしょ。そこら辺も先輩は甘かったからなぁ」

倒れたのは家に置いてきた筈の仔猫だった。


「んじゃあ、また今度。魔法使いは会いたくないけど」

長身の男は石を放り捨てると言い残し、煙幕をはって姿を消した。


無数の刺し傷によって血を流す子猫の元へヒストリアは駆け寄り、弱々しくなってゆく呼吸に狼狽えていた。


「なんでここにっ!?どうして追ってきたの……」

膝をつき動揺を露わにするヒストリアの背後でルーメンは佇み、血濡れた仔猫を凝視すると掠れた声で呟いた。



「――あり得ない」



逡巡し、黄金色の瞳を細め顔を歪めた。



「まさか、人に戻れなかったとでもいうのか……」


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