②ブックメーカーと死後の世界
【ヘレナ・ユーフリクス。死んでしまうとは情けない】
暗い。暗い世界で私は目覚めた。自分の体の形すらわからないような暗闇の中で、その声だけが響いていた。
ー貴方は誰?
【私?私はただのブックメーカー。作り手です】
ーブック……?よく分かりませんが、私は死んだのですか。
【ええ、死にました。階段から落ちて、頭を打ちました】
ーそんな……。
短い生涯。あまりにあっけない最後に、気抜けさえしてしまう。悪いことはしていないから、きっと地獄には落ちない。でも、天国に行けるほどの善行は積んでいるかしら。そんなことを空虚に考えていると、その声は小さくため息をついていた。
【ただし、貴方を生きかえらせることが私にはできます。あなたは生き返りたいですか?】
ーそんなことができるんですか?
【あなたには、重要な役割があるのです。だから特例措置っていうやつですね】
ー役割?
【物語の上で、ヒロインの前に立ち塞がる悪役令嬢。いわゆる、一つの恋の障害です】
ーヒロイン……?恋って……?
【貴方が生きていた世界はアリス・レンブラントを主人公としたアリスとハロルドの恋の物語の世界なんです。ハロルドの婚約者。ヒロインたちが最初に乗り越えるべき壁。それが貴方。それが、大した壁にもならず死んでしまうなんて情けない。だから特別に生き返らせてあげます】
この世界が物語?アリスとハロルドの恋?ハロルドが私の元から離れたいってしまうのは、決まっていたこと……。私は二人の恋の障害。
信じがたい事実が頭の中をぐるぐるまわり、やがて笑いに変わった。彼の心が、いつか戻ってくれると信じてた。学友一人作らず、彼の助けになればと、寝る間も惜しんで彼を陰ながら手伝った。
私は何をしていたのだろう。
ー私。このまま、死にたいです。
【なに言ってるんですか!貴方はこの物語にとって大事なキャラクターなんですよ!!それに生きたいと貴方が思わないと蘇生はできないのに!】
上擦った声が闇に響く。
そんなこといったって、もう、疲れたのだ。
戻ったところで幸せになれないのなら。いっそ……。
【あーー!分かりました。分かりました。貴方にギフトを授けます。これは生き返りたくなりますよ!】
ーギフト?
【重要な登場人物に与えられる絶対的な力です。例えばアリスには主人公補正というギフトを与えています。これは彼女がどんな選択をしたとて最終的に最も最良の結果に辿り着くというギフトです。私、ハッピーエンド派なので。貴方にも。そういうギフトを与えましょう。どんなものが良いですか?大サービスですよ?】
ー……それは、どんなものでもいいんですか。
「さぁ、内容にもよります。例えばハロルドを振り向かせるとか、ヒロインを殺せる力とか。この物語が破綻してしまうのは無理ですから」
ーじゃあ……。
私が望んだギフトに、声は、【ほんとうに?これだけ?】と、困惑した声音で尋ねたが、私が迷いなく頷くと、そのギフトを授けてくれた。
次の瞬間。私は光に包まれて、闇は消えていった。
※
目覚めると、初めに視界に飛び込んできたのは、医務室の天井だった。
ゆっくりと起き上がると、薬品棚を整理してた養護教諭がほっとした様子で近づいてきた。
「ああ、よかった。目覚めて。でも、軽い脳震盪だと思うから、もう少し寝ていてね」
「ハ……ハロルド様は?」
小さな声で尋ねると、彼女は私の肩を軽く押して、を そっとベットに戻した。
「ああ、あとでお礼をした方がいいですよ。階段から足を踏み外したあなたをここまで運んでくれたのは生徒会長なのですから。お仕事が忙しいとかで、随分前に出て行ったのだけど……」
それを聞いて、ぽろぽろと涙が出た。踏み外した?私が?貴方が私を突き落としたも、同じなのに。
「あらあら、どうしたの……?頭痛む?」
「ち、ちがうんです。私……」
これは安堵の涙。そして決別。お願いハロルド。どうか、その日が来るまで、
クズのままでいて?




