東京湾岸、午前6時。
高瀬蓮は、ガラス張りの高層ビルの窓際に立ち、灰色の空を見上げていた。
太陽は昇っているはずなのに、街はまだ暗さをまとっている。
ビルの屋上に並ぶソーラーパネルは夜露をまとって鈍く光り、風力タービンはほとんど回っていない。
遠くの高速道路には、充電待ちのEVが列をなし、ドローン配送の機体は飛ぶことを忘れたかのように屋上で眠っていた。
「また停電か……」
蓮は小さくつぶやいた。
早朝にもかかわらず人々がスマホの充電をカフェや駅の充電スポットに群がり、わずかな電力を奪い合う光景はもはや日常だ。
カフェの窓際には延長コードが蛇のように床を這い、コンセントの周りで人々が肩を押し合っている。
「あと5%でいいんだ、頼む!」
若い男の懇願に、隣の女性が冷たく言い返す。
「こっちは仕事のデータが飛ぶんだよ!」
駅の充電スポットでは、さらに殺伐としていた。
スマホを握りしめたサラリーマンが順番を巡って口論を始める。
「並んでたのは俺だ!」
「ふざけるな、こっちは子どもと連絡が取れないんだ!」
その横で、制服姿の高校生が涙目でスマホを見つめている。画面には「バッテリー残量1%」の赤い警告。
蓮は、その光景をビルの窓越しに見下ろしながら、胸の奥に重いものを感じていた。
この街では、電力は「命」だ。
病院の集中治療室では、人工呼吸器や心臓補助装置が電力不足で停止する事故が相次いでいる。
ニュースでは、停電による医療機器の停止で患者が命を落としたという報道が毎日のように流れていた。
「電力供給制限中」という赤い警告が、病室のモニターに点滅する映像が頭をよぎる。
妹・美咲も、その病室の一つにいる。
彼女の命は、わずかな電力に繋がれている。
蓮はスマートウォッチの残量を見ながら、胸の奥に冷たい不安を感じた。
電力が尽きるということは、ただ暗闇に沈むだけではない。
それは、誰かの呼吸が止まる音を意味していた。
電力は、もはや「ライフライン」ではなく、「生き残りの武器」になっていた。
蓮が勤めるのは、日本最大のエネルギー企業「ネオ・ダイナミクス」。
東京湾岸の再開発エリアにそびえる本社ビルは、ガラス張りの外観が朝の光を鈍く反射し、巨大な氷の塊のように冷たく輝いていた。
高さは300メートルを超え、最上階には「エネルギーの未来を創る」という企業スローガンが、白い光で静かに浮かんでいる。
ビルの内部は、無機質な美しさに満ちていた。
白と黒を基調としたフロア、壁一面に設置されたデジタルパネルには、世界各地の電力供給状況がリアルタイムで映し出されている。
「東京エリア:供給率 78%」「大阪エリア:供給率 65%」
その数字は、かつて文明の象徴だった電力が、今や不安定な命綱に変わったことを示していた。
社員たちは静かに歩き、静かに話す。
誰もがスマートグラスをかけ、視界に浮かぶデータを操作しながら、無言で仕事を進めている。
だが、その沈黙の裏には、緊張が張り詰めていた。
停電が続く都市、暴動のニュース、そして社内で囁かれる「原子力覇権計画」の噂。
ネオ・ダイナミクスは、表向きは「再生可能エネルギーの旗手」だった。
だが、その実態は、石油枯渇後の世界を支配するための巨大な権力装置。
蓮は、その心臓部にいる。
そして今朝、上司の神谷が告げた言葉が、彼の胸に重くのしかかっていた。
蓮は、再生可能エネルギーの効率化プロジェクトに携わっている。
担当は次世代太陽光パネルの開発。
従来よりも少ない資源で高出力を実現する――それが、世界中のエネルギー危機を救うはずの技術だった。
このプロジェクトは、政府も注視する国家レベルの案件だ。
成功すれば、停電に苦しむ都市に光を取り戻せる。
失敗すれば、再エネへの信頼は崩れ、原子力覇権を巡る争いが加速する。
オフィスに戻ると、神谷が窓際に立っていた。
背中越しに見える東京湾は、灰色の水面を静かに揺らしている。
「高瀬、来たか。」
振り返った神谷の目は、かつて蓮が尊敬したあの柔らかさを失っていた。
「例のプロジェクトの件だが……」
声は低く、妙に硬い。
神谷は続けた。
「この技術は、外に出すな。誰にもだ。」
一拍置いて、さらに低い声で囁く。
「君の未来も、妹の命も、ここにかかっているんだ。」
その言葉は、冷たい刃のように蓮の胸を刺した。
息を呑む。妹の名前を出す必要があっただろうか?
神谷は何を知っている?
そして、なぜ今、それを言う?
頭の奥で記憶がざわめく。
数年前、蓮が入社したばかりの頃、神谷は彼を救った。
失敗したプロジェクトで責任を問われたとき、神谷は「若い芽を摘むな」と盾となって庇ってくれた。
その恩義が、今は鎖のように重く絡みついている。
蓮は言葉を探したが、声にならなかった。
胸の奥で、何かが静かに軋む音がした。
この技術は、世界を救うはずじゃなかったのか?
それとも、世界を支配するための鍵なのか?
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