魔弾と水族館の約束
魔導都市フィレンツェの朝は、澄んだ空気に包まれていた。
魔導塔の尖端が陽光を受けて輝き、街の水路には魔力の流れがきらめいていた。
魔導喫茶ピッコロッソの扉が開くと、葉月の明るい声が店内に響いた。
「おはよう、星月。今日はちょっと特別な日よ」
星月はカウンターに座り、魔導銃の手入れをしていた。
彼女の動きはいつも通り正確だったが、どこか落ち着かない様子だった。
葉月は紅茶を淹れながら、彼女の横顔を見つめた。
「水族館に行かない? 魔導都市の南にある、魔力で泳ぐ魚たちの楽園。ちょっとした依頼もあるし、気分転換にぴったりよ」
星月は少しだけ眉を動かした。
「任務なら、行く」
葉月は笑った。
「そういう返事、嫌いじゃないわ」
その日の午後、葉月と星月は魔導都市の南端にある水族館へ向かった。
水族館は魔導水晶でできた巨大なドームで、内部には空を泳ぐように魔力魚が舞っていた。
依頼は、館内で発生した魔導障害の調査だった。
水族館の中、葉月は魔導弾を調整しながら、星月に語りかけた。
「ねえ、星月。あなたは、なぜ戦うの?」
星月は魔導銃を見つめながら答えた。
「命令だから。それ以外に理由はない」
葉月は首を振った。
「私はね、誰かの時間を守るために戦ってる。命を奪うのは、誰かの未来を奪うこと。それって、気分がよくないのよ」
その言葉に、星月は何も言わなかった。
だが、彼女の瞳には揺らぎが生まれていた。
水族館の奥で、魔導障害が発生した。
魔力魚が暴走し、来館者が避難する中、葉月は非殺傷魔弾を放ち、魚たちの魔力を鎮めていく。
星月はその戦い方に驚きながらも、葉月と連携して事態を収束させた。
戦闘後、二人は水族館の展望台に立ち、魔導都市の夕景を見下ろしていた。
葉月は静かに言った。
「私が探しているのは、“アドニムーン機関”っていう魔導支援組織。私に魔導心臓を与えたのも、そこ。でも、彼らの目的は…命を選別することなのかもしれない」
星月は葉月の横顔を見つめた。
「それでも、あなたは戦うのか?」
葉月は微笑んだ。
「うん。だって、誰かの時間を守るって、素敵なことだから」
その夜、魔導喫茶ピッコロッソに戻った二人は、静かな時間を過ごした。
葉月が紅茶を淹れ、星月が窓辺で外を見つめ、神月が魔導端末を操作し、グランデロッソが魔導式クッキーをつまむ。
ピアノとストリングスが、夜の空気に溶けていく。
魔導都市の空には、星が瞬いていた。
喫茶店の窓から見えるその光は、どこか懐かしく、そして優しかった。
魔導喫茶ピッコロッソの一日が終わる頃、葉月はカウンターで紅茶を差し出しながら言った。
「星月、今日のあなたは、少しだけ柔らかかった気がする」
星月は紅茶を受け取りながら、ほんの少しだけ微笑んだ。
空に浮かぶ大図書塔の影が、魔導都市フィレンツェを静かに包んでいた。
次回、魔導喫茶ピッコロッソに舞い込むのは、余命短い貴族からの奇妙な依頼。
都市案内の裏に潜む罠と、命の価値を問う選択。
葉月は「命を奪うより、守る方が難しいのよ」
と語り、星月は「それでも、私は守りたい」
と答える。
魔導喫茶の双花 〜選ばれた命と選び直す未来〜、次回もお楽しみに。
その夜のエンドカードには、水族館の展望台で葉月と星月が並んで立ち、魔力魚が空を泳ぐ様子を見つめる姿が描かれていた。
背景には魔導都市の夜景が広がり、星が静かに瞬いていた。




