模擬戦と失われた居場所
魔導都市フィレンツェの空は、灰色の雲に覆われていた。
魔導塔の尖端が霧に沈み、街のざわめきが遠くに響く。
魔導喫茶ピッコロッソの朝は静かだった。
葉月はカウンターで魔導焙煎器を調整しながら、星月の様子をちらりと見た。
星月は窓辺に座り、魔導銃の手入れをしていた。
彼女の動きは正確で、無駄がなかった。
だが、その瞳には焦燥が宿っていた。
「騎士団に戻るつもりなのね?」
葉月が問いかける。
星月は手を止めずに答えた。
「私はここにいるべきじゃない。
任務に戻る。それが私の役割」
葉月は苦笑した。
「でも、ここにも守るべきものはあるわよ。紅茶とか、クッキーとか、あと…人の心とか」
その言葉に星月は何も返さなかった。
その日、騎士団本部から模擬戦の招集が届いた。
星月は騎士団への復帰を願い、模擬戦に参加することを決意する。
葉月は何も言わず、ただ彼女に魔導弾の補充を手渡した。
模擬戦の会場は、都市の北部にある魔導演習場。
石造りの広場に魔導障壁が張られ、騎士団の精鋭たちが集まっていた。
星月は冷たい視線を浴びながら、戦闘準備を整えた。
対戦相手は、かつての同僚──騎士団の副隊長だった。
彼は星月に向かって言った。
「命令違反者に、騎士団の資格はない。実力で証明してみろ」
模擬戦が始まった。
魔導弾が空を裂き、障壁が軋む。
星月は冷静に動き、敵の攻撃をかわしながら反撃を繰り出す。
だが、彼女の動きには迷いがあった。
葉月との戦いの日々が、彼女の中に新たな価値観を芽生えさせていた。
戦闘は拮抗し、最後の一撃を放つ瞬間、星月は銃を下ろした。
「私は…もう、命令だけで動く騎士じゃない」
その言葉に、騎士団の副隊長は沈黙した。
模擬戦は引き分けに終わり、星月の復帰は却下された。
その夜、魔導喫茶ピッコロッソに戻った星月は、葉月の前に立った。
「騎士団には戻れなかった」
葉月は紅茶を差し出しながら言った。
「それでいいのよ。あなたが守りたいものは、ここにあるんだから」
星月はその言葉に、初めて深く息を吐いた。
店の奥では、神月が魔導端末を操作していた。
グランデロッソはカウンターで魔導式クッキーをつまみながら、星月を見つめていた。
「おかえり、星月。ここがあなたの居場所よ」
魔導都市の夜空には、星が瞬いていた。
喫茶店の窓から見えるその光は、どこか懐かしく、そして優しかった。
魔導喫茶ピッコロッソの一日が終わる頃、店内には静かな音楽が流れていた。
葉月が紅茶を淹れ、星月が窓辺で外を見つめ、神月が端末を操作し、グランデが魔導式のクッキーをつまむ。
ピアノとストリングスが、夜の空気に溶けていく。
空に浮かぶ大図書塔の影が、魔導都市フィレンツェを静かに包んでいた。
次回、魔導喫茶ピッコロッソに舞い込むのは、余命短い貴族からの奇妙な依頼。
都市案内の裏に潜む罠と、命の価値を問う選択。
葉月は「命を奪うより、守る方が難しいのよ」
と語り、星月は「それでも、私は守りたい」
と答える。
魔導喫茶の双花 〜選ばれた命と選び直す未来〜、次回もお楽しみに。
その夜のエンドカードには、魔導演習場の片隅で、星月が銃を下ろし、葉月が遠くから見守る姿が描かれていた。
背景には魔導都市の夜景が広がり、星が静かに瞬いていた。




