魔法学校の落ちこぼれは、美貌の腹黒委員長にあそばれてる
『秋の文芸展2025』に参加してます。
魔法学校の落ちこぼれを、隣で冷静に観察してる女の子の視点で進みます。
落ちこぼれを助けてくれるのは、美貌で腹黒の不思議な存在。
フアナのことは、生まれ故郷の辺境の町に住んでた頃から、間が悪くて不器用で要領が悪い子だなあって、思って見ていた。
それは、魔力が入学基準値に達し、一緒に王都の魔法学校に入ってからも変わらず。
私は、勢いでボッキリ折れた木を跨いだまま呆然としているフアナを、遠巻きにしていた。
ふわふわの薄茶色の頭は動揺しているのかピクリとも動いていない。たぶん膝に擦り傷くらいは作ってるだろうが、他に怪我は無さそうだ。
ここで重要なことは。
頑丈な身体でよかったね、普通なら骨の一本や二本やっちゃってるよフアナ、という身体的な心配ではなく。
ボッキリやった木の脇に刺さった、その木の説明札。『王立魔法学校創立八十周年記念 シャルロット王妃殿下お手植えの松』、つまり先々代の王妃様が魔法学校記念行事の際に植樹された、由緒正しい記念樹であることだ。
校庭の陽当たりのいい校舎のど真ん前で起きた事故である。木の折れる派手な音もしたし、フアナの盛大な悲鳴も聞こえていた。
貴族と思しき落ち着いた雰囲気の生徒たちは遠巻きにして失笑してたし、好奇心旺盛な平民の生徒たちはどうしたどうしたと集まってきている。
言い逃れのできないやらかしを見つけてすぐに教師が駆け付けてくるかと思いきや、フアナは最も見つかってはいけない相手に最初に見つかってしまった。
魔法学校の制服である黒いスラックスの長い脚を掲げて、彼はフアナのふわふわした後頭部を土足で踏んだ。
端正な顔立ちにサラリとした黒髪のその男子生徒は、ただ立っているだけなら非常に見た目のいい青年だ。ほんと、女生徒の頭を容赦なく踏みつけてさえいなければ、いい男なのに。
ぐりぐりと自分の頭を踏みつける相手を見上げて、フアナはしくったとばかりに顔を泣きそうに歪めた。
「……いーんちょー」
「またやったか、フアナ」
「違うっ、これは違うんだって」
「事故現場の明らかな物証に跨ったまま、よくそんなこと言えるなお前」
「ぐああっ」
「放課後、旧校舎の薬学資料室な」
「やだー!」
「退学になりたくなければ」
有無を言わさず言いおいて、そのまま立ち去る委員長。
涙目のフアナはその背を目で追いかけ、委員長とすれ違いで青筋を浮かべた教師が駆け寄ってくるの見て、顔からさーっと血の気を引かせていた。
こんな状況どうやったって助けようもないので、メリッサは遠くから黙ってそれを見ていた。
◇ ◇ ◇
「メリッサ、お願い。旧校舎一緒に来て~。
旧校舎なんて、魔法学校七不思議のメイン舞台じゃん。ほとんど使われてない場所じゃん。だーれも来ないところじゃん」
「人が来ないから委員長が指定したんでしょ。集中力のないフアナのために」
「余計なことを! 薬学資料室って、変な虫とか枯れた葉っぱとか保管してるとこじゃんか。
気味悪いもん。行くだけで、ほんのり呪われそうだもん」
「薬学の資料を気味悪いとか言うな。魔法をかじってたら必ず扱うモンでしょうが。
余計なこと気にしないでさっさと行ってきなよ。私は行かないよ」
「そこの幼なじみ! あんた私の親友だよね。女の友情を誓った仲でしょー!」
「幼なじみだけど親友じゃないし。女の友情誓ってないし。女の友情ってはかなくて脆いし」
「メリッサ、過去になんかあった? 女を信用しない女って、人には言えない世知辛い闇に揉まれてそうだけど。
……とにかく、委員長と二人きりなんて絶対無理ぃ。私、死んじゃうっ。酸素薄すぎて窒息するぅ」
「自業自得」
「メリッサぁ、学食の食券三枚あげるからああ」
「よし。買われてやろう」
私は女の友情の証である、学食の食券三枚を受け取った。 ランチ三回分が浮く。素晴らしい。
私は食券をしまい込むと、フアナと共に旧校舎の薬学資料室に向かったのだった。
フアナを呼びつけていた委員長は、薬学資料室に先に来ていた。薬学の資料室だから、棚には目いっぱい資料がしまわれている。それこそ虫だとか枯れた葉っぱとか、多分乾燥した動物の内蔵とかもあるんだろう。
棚の奥には少しだけスペースがあり、机が一つ置かれていた。正面は窓があって色づき始めた校庭の木々が覗いている。その開けた窓の枠に腰掛け、廊下の物音でフアナの来訪を予期した委員長が、気怠げにこちらに流し目をくれていた。
青と紺のブレザーに黒いスラックスという男子の制服は、誰にでも似合うようにできているはずなのに、委員長が纏うとオーダーメイドのようにしっくりとしている。無駄に絵になる男子生徒だ。
同じデザインのブレザーに女子の黒いプリーツスカートを纏ったフアナは、心持ちぷるぷる震えながら委員長に近付いた。こちらは生贄感丸出しの様子だ。自業自得だけど。
「朝のアレ。反省文、何枚だった」
「……五枚です」
「王族の権威に泥塗った割に、軽かったな。
前の反省文みたいに、原稿用紙に『ごめんなさい』だけを羅列したら、容赦なくぶちのめすぞ」
「うええええ、委員長がさっそく鬼畜っ」
「おまえ、今年だけで反省文何回目だ、バカタレ。そろそろ書き方くらい覚えろ、駄犬」
「犬じゃねえし!」
「魔法学校の校門にいる番犬の方が、お前よりよっぽど覚えいいからな」
反射で噛み付いたフアナを一撃で沈めた委員長は、窓枠から降りて机の前に立った。ノロノロとフアナは席に着く。見慣れた光景だった。
「いいか。やらかした行為を具体的に、なぜやってしまったのか、以後やらないためにどのようなことをするのか、それを書き連ねてからの謝罪だ。それで五枚くらい軽く埋まる」
「木を折りました。
魔法を使いました。
もう魔法を使わないです。
ごめんなさい。
……四行しか埋まらないけど 」
「少しは話を盛れよ、バカ」
「暴力反対! ぐりぐり反対!」
「バカなんだから目いっぱい頭使え、阿呆」
「ちょっと待ってよ!
バカと阿呆、両方使わないでくれるかなっ?!」
「気にするところはそこか?
バカだろうが阿呆だろうが、どっちだろうと百パー正解だ、ダメ犬」
「だから、犬じゃねえって!」
涙目のフアナの頭を拳でぐりぐりする委員長。フアナには見えていないが、委員長は悪魔のような底意地の悪い笑顔を浮かべている。口角は上がっているが、全面的に黒い。
ああ、委員長めっちゃ楽しそう。
入学してから様々にやらかしてきたフアナは、その度に反省文の提出を余儀なくされてきた。
入学式の時に、青空をバックにはためかない学校旗をよく見てみようとして。強烈な風魔法を起こして七メートルのポールごと旗をなぎ倒したときとか。
魔力貯蔵器に魔力を流し込む実験をして、一度に大量の魔力を入れすぎて連結していた魔力貯蔵器を全て破裂させたときとか。
魔法薬学の実習後、利用したマンドラゴラを畑で焼き尽くす際に、まだ生きているマンドラゴラごと一面の畑を燃やし尽くしてしまったときとか。
長いお説教と共に、必ず反省文の提出がついてきた。
そしてフアナは、反省文を書く能力がなかった。悲しいくらい皆無だった。
原稿用紙いっぱいの『ごめんなさい』か、『すみません』か、『もうしません』か。その三文をいつまでも繰り返すか、それしか書けなかったのだ。
そのフアナをなんとかするために現れたのが、この委員長だったらしい。
初めはかったるそうにやって来た委員長は、フアナのやらかした事件の詳細を聞いて、にやーりと黒い笑いを浮かべた。やる気のない渋い表情から一転して、ドス黒い全開の笑顔に移行する様は、なかなか見ごたえがあった。
こいつ、おもしれー……という委員長の心の声が聞こえてくるかのようだった。
おそらく、委員長はあれだ。
思いもよらない間抜けをさらすおバカ動物を、愛でて楽しむ人だ。
遠くに見えた飼い主に駆け寄ろうとして、うっかりドブに落ちる犬とか。
好奇心で藪に頭突っ込んだまま頭が抜けなくなって、ひたすら困惑してる犬とか。
委員長はそういうのを「馬鹿だなあ」と思いながら、ずっとにやにやして見てるタイプの人だと私は断定している。もう、そうとしか思えない。
そして、フアナの行動は見事にそれに当てはまる。人間なのにダメ犬な資質。
これは、運命としか思えない。
フアナにとっては天敵だけど。
「で、今回はどんな理由で記念樹ぶち折ったんだ?」
「えーとお、ちょっと寝坊して。でも走るのがかったるかったからー」
「おお」
「追い風でもあれば早く学校つけるなーと思って、それで」
「あー、もういいや」
「質問したんなら、話最後まで聞きなよっ?」
「風魔法使って追い風作って、勢い余って記念樹にぶち当たって力任せに折ったんだろ。いやもう、期待通りのバカだな」
「なんだよ、期待通りって! いいじゃんか、魔法使えるんだからちょっとくらい楽したって!」
「ひとつも楽してないぞ。長い説教の上、反省文五枚だもんな」
「ううっ」
「ばーか」
返す言葉もないフアナは机に突っ伏した。
委員長の顔の見えないフアナは気づきもしていないだろう。
どす黒い笑みを浮かべた委員長は、実にいい顔をしている。持ち前の美貌を黒く彩っている。
ほんと、フアナのこと好きだよなあ。女としてじゃなく、面白い玩具としてってあたりが、委員長の歪みを感じる。委員長、自分好みのいい玩具見つけたね。
ふいに委員長が、傍観している私に目を向けた。
「一応友達なんだから、フアナの暴走止めたらどうなの、メリッサ」
「思いついたら即行動に移すバカを、どのタイミングで止めたらいいんでしょうね」
「それは難問だね」
「バカの行動読むなんて、私なんかまだまだ」
「大丈夫。バカを常に視界に入れているメリッサなら、いずれできるようになるさ」
「メリッサまでバカって言った~」
「反省文書いてる間は言われ放題だと思えよ、バカ」
「反省文の手止めんなよ、バカ」
「自分の半端ない魔力量把握しろよ、バカ」
「もっと有効なことに魔力使え、バカ」
「波状攻撃でバカバカ言うなー」
委員長はニッタニッタと楽しげである。フアナの、何度もやらかしてるくせにへこたれない性格も委員長好みなのだろう。
ブラック委員長はポンとフアナの頭を叩くと、「便所」って言いながら資料室を出て行った。旧校舎にトイレはないから、本校舎のほうに行くんだ。
フアナは原稿用紙に向き合いながら、「帰ってくんな。ずっとう〇こしてろ」とぶつぶつ言っている。いやあ、委員長嫌われてるなあ。わかってやってんだろうけどね。
委員長の気配がなくなったことを確認して、フアナはペンを投げて腕を組んだ。
おおい、委員長が帰ってきて作文進んでなかったら首絞められるぞ。などという私の心配は気にも留めず、フアナはきゅっと眉間にしわを寄せた。
「委員長、むかつく。見返してやりたい」
「それならさっさと反省文完成させなよ」
「それは無理」
「言い切るなって。委員長見返すんなら、しっかりめの反省文さっさと書いて、生活指導の先生に一発受理されるのが早道でしょ」
「反省文は私にとっては巨大迷路だもん。早道も抜け道もないもん。
見返せないなら、コケにしてやりたい。ねえ、委員長って弱みとかないの?」
「ああいう人は、全方位無敵でしょうよ」
「決めつけよくないよ、メリッサ! 人間どっかに一個くらい弱点があるって!」
「ええー、委員長にある? 人望あって頭良くて顔もよくて脚長いけど」
「性格悪いじゃん! 口悪いじゃん!」
「フアナにだけね。私にはそうでもないし」
「あの野郎!」
いたずらにフアナの不満を高めてしまった。
フアナはポケットをゴソゴソ漁ってよれよれになった紙切れを取り出した。十枚綴りの学食の食券だ。さっき私に三枚渡したから、七枚なはず。フアナは食券を二枚切り取った。
「メリッサ、委員長の弱点探し出してきて。追加で食券二枚あげるから」
「あの委員長に弱点なんかないってば」
「メリッサ、視点を変えるのだよ。なんかの授業でなんとかいう教授が言ってたじゃん。魔法を使う視点を変えてみろって」
「すべてがうろ覚えなところからくる、言葉の軽み」
「うるさい。
私たちだけの視点じゃ、委員長って隙がなく見えるけどさ。他の生徒の視点から見たら、委員長の黒い歴史が見えてくるはずよ。そこが弱点だ」
「分かったような口きいてるけど。弱点探すの私なんだよね」
「メリッサならいけると思う。だってメリッサなんだから、たぶんおそらくいける」
「まるで根拠なしか」
私はフアナの手から食券をもぎ取った。
五枚綴りの方を。
ああっ、そっちじゃない!、という声は聞こえなかった。私はフアナの友情を信頼している。食券五枚分の信頼。
「まあ、適当に探ってくるよ。ここでフアナの果てしない作文終わるまで待つのも暇だったし」
「こ、今週、食券二枚で私はランチを生き抜けるだろうか……」
「それは知らん。
じゃあ、反省文頑張って。そろそろ委員長戻ってくるんじゃない?」
「うっそ、やべえ、一文字も進んでない!」
「うん、委員長の激ヲコ必至」
「しかも、メリッサいないと委員長と二人きりじゃんか! メリッサに秘密探偵を頼むとしても今じゃなかったわ。
しくったかもしれない!」
慌てるメリッサを、バカだなあと一瞥して、私は食券を大事にしまって本校舎に向かった。
◇ ◇ ◇
――同じクラスの、A君の話。
「委員長? 最近会ってないけど、一時期よく遊んだぜ。
一年の時、テニス部の女子のスコートを風魔法でめくる遊びとかしててさ。旧校舎の脇、テニスコートじゃん。委員長すげえんだ、テニスのプレイ中の女子に気付かれないタイミング狙ってスコートめくるの。もう、丸見えにすんのよ。委員長のやつ得意げに、ラッキースケベはラッキーであって犯罪ではない、って言っててさ。真理だよな。
俺? 何度か風魔法繰り返してるうちにバレて、テニス部の顧問にすげー怒られた。そういう時に限って委員長いないんだぜ。あいつ、ずるいよな」
――後輩の、Bさんの話。
「委員長ですか。君にしかできないからって、あるバイトをもちかけられました。
魔力貯蔵器に魔力を注入する仕事です。私、あまり魔力量ないんで、そんな仕事向いてないって言ったんですけど、いい金になるからやってみようって。しばらく放課後、毎日旧校舎で魔力注入してました。
……えーと、あの委員長と二人きり、というのに魅力があったことは認めます。委員長、顔いいし。
でも委員長、私が魔力切れかけてふらふらになるまで許してくれなくて。おい、まだ魔力出せんじゃねえか? これで帰れると思ったら大間違いだからなとか、怖ーい笑顔で迫ってくるんです。委員長、顔はいいけど悪魔みたいだと思ってました。
後日、ピッチピチの女子学生の魔力だからって、委員長が魔道具工房に高値でその魔力売りつけてたって聞いて、ドン引きました。
彼は本物の悪魔でした」
――先輩の、CさんとDさんとEさんの話。
「委員長なあ」
「世話になったなあ」
「今でもあのブツには時々世話になってるなあ」
「委員長がさあ、とある教授の本棚から本をくすねてきてな……あ、ちゃんと返したから盗んでないからな」
「それが、エッロエロの官能小説で」
「描写がヤバいんだ。絡みがすげえの」
「それでさ、すげえエロい濡れ場を、委員長が朗読してさあ」
「委員長、熱かったね」
「俺らも回し読みして、お互い朗読会して」
「せっかくだから書き写してさ」
「『すでに蜜にまみれた秘密の花園に』、とか」
「『そそり立つ男を焦らすように白い指を絡め』、とか」
「『愛欲に耽溺したお互いの身体は熱くほてり』……え、あれ? そういう描写はいらない?」
「テスト勉強よりまじめに取り組んだよなあ」
「おかげで濡れ場だけの手書き小説が、俺らの手元にある」
「おい、軽蔑したような目で俺たちを見るな」
「あの委員長だって、やってんだからな?」
◇ ◇ ◇
「……ということで、委員長は真っ黒だってことがわかったよ、フアナ」
「メリッサ。そういうことは委員長がいない時を狙って、こっそり私に報告するもんだよ?」
「姿が見えないと思ったら、何を嗅ぎ回ってたの、メリッサ」
「フアナに依頼されて、委員長の弱点探してました」
「だから、そういうことは委員長をコケにする相談も含めてこっそりしなきゃダメでしょー!」
「フアナ。今、全部バレた」
「はうあっ!」
「ほーう、俺をコケになあ」
委員長はフアナのふわふわの薄茶色の髪を両手でかき混ぜた。くせ毛のフアナの髪は、もしゃもしゃに空気を含んで二倍に膨れた。くっ、コケにされてる。面白い。
委員長は切れ長の目で私に問いかけた。
「それで、調査の結果、俺をコケにできそうか?」
「この極悪非道の変態エロ野郎、となじることは簡単ですが。歳の近いうちの弟とか見てると、男なんて似たようなもんかな、とも思います」
「おう。俺はかなり真っ当な方だぞ」
「本当に真っ当なやつは、学校で変態じみた犯罪まがいのことしないからね?」
フアナが割と真っ当な突っ込みを入れてきた。確かに。
ふいにフアナがペンを置いて原稿用紙を委員長に差し出した。反省文を書ききったらしい。顔が引きつっているのは、何度も書き直し食らったからだろう。
ぺらりとめくりながら委員長が作文に目を通す。流し読みをして、フアナに原稿を返した。
「ギリ、及第点てとこだな」
「よし! 提出してくる!」
「教師によっては書き直しだからな。終わったつもりになるなよ」
「何言ってんの、勝ったも同然だっての! メリッサ、勝利を信じて待っててね!」
「え、ここで?」
「じゃあ、行ってくるから!」
フアナは凄い勢いで薬学資料室を飛び出して行った。あいつ、人の話を聞いてない。
ちょっと。私、旧校舎で待ってなきゃいけないわけ? 本校舎でいいじゃんか。フアナ、なんで旧校舎に戻ってくる気でいるの? バカなの?
委員長が片手で口を押さえて、喉の奥で笑っている。またしてもフアナのダメぶりがツボに入ったのだろう。フアナの行動に関して、この人の笑いの沸点は相当低い。
まあいいや。
委員長に聞きたいことあったし。
私は笑いの止まらない委員長に尋ねた。
「委員長」
「なに?」
「私、さっきまで委員長のこと調べてたでしょう。ちょっとわからないことがあって」
「わからないこと?」
「こんな当たり前のことに気づかなかった自分が不思議でしょうがない。今でもよくわからないし」
「どうした?」
「委員長って、委員長なんだよね」
「ああ」
「それってさ……何の委員長?」
委員長は訝しげに私を見た。
私も自分でおかしな事言っている自覚はある。
でもおかしな事に気づいてしまったのだ。理屈の通らない現象になっているのだから、仕方ないんだ。理解できないから、ぶつけてみるしかないんだ。
私は黒髪の端正な顔立ちの委員長を凝視した。
「同級生、後輩、先輩、ツテを辿って話を聞いて回ったんですけど。
委員長について話をしてくれた人はみんな、『委員長』で通じるんです。『委員長』について聞きたいんだけどって聞くと、ああ『委員長』ね、って。
その誰もが、委員長が何の委員長か言ってない」
「……」
「反対に、『委員長』で通じない人は必ず私に聞いてきました。それは、何委員会の委員長のことだ、もしくはクラス委員長のことかって」
「……」
「それでなんとなく気づいたんですよね。
『委員長』と関わった人は、あなたが『委員長』であると刷り込まれてるって」
いつのまにか委員長は、表情のない顔を私に向けていた。綺麗な無表情は人間味がとても薄かった。さっきまでフアナの行動に黒い笑みを浮かべていた人とは思えない。
私はちょっと怯んだけど、ここまできたら全部聞いてしまおうと腹をくくった。別に悪い事してるわけではないし。
「『委員長』と関わった人には、共通点がありました。
始めのうちは、あいつはしょうがない奴とか悪魔みたいな人だって、なじってるんですけど。
最後には『委員長』には感謝してるって。『委員長』の行動には意味があるんだって言ってました」
「そう」
「初めに話してくれたAさんは、魔力は基準値以上でしたが魔法のコントロールが苦手でした。そのせいで進級が難しそうで。
だからAさんは、才能ないから実家に帰って、農民に戻ろうとしていたみたいです」
委員長は黙って私の話を聞いている。
続けていいのだと解釈して、私は口を開いた。
「そんな時に『委員長』が、風魔法を操って女子のスコートをめくるくだらない遊びに誘ってくれたそうです。
委員長と遊んでいるうちに、魔法コントロールのコツを掴んで、今やAさんはうちのクラスでも優秀な使い手です。実技でAさんを抜くのはかなり大変ですから」
「……」
「Bさんも、座学はいつもトップに入るのに、魔力量が少なくて実技がギリギリ。単位を落としてしまいそうで悩んでいた時に、『委員長』にバイトを持ちかけられました。魔力は欠乏寸前まで使う事で、魔力量は徐々に上がっていきます。魔力切れ寸前まで魔力を注入し続けるという過酷なバイトをこなしたBさんは、今では魔力量に困ることはないそうです」
「……」
「CさんDさんEさんは、かなり田舎の出身で、読み書きが苦手だったそうです。識字率の低い地域はまだありますからね。『委員長』から男子のとても興味のある小説を紹介されて、読んだり書いたりしているうちに、魔法書もかなり読めるようになったとか。
皆さん最後には、『委員長』のおかげで留年や退学にならずに済んだ、と言っているんですよ。
何の委員だか分からない『委員長』のおかげです」
「……」
「ね、『委員長』。
あなたはいったい誰なんでしょうね」
委員長は私をじっと見つめて、唐突にくっと笑いだした。それはフアナを見て笑う黒さはなくて、本当におかしくて笑い出したかのようだった。もともと整った容姿の委員長だ。素直に笑うと大変にビジュアルがいい。ずっとそうしてればいいのに。
しばらくして、委員長は笑いを含んだ目で私を見た。
「魔法学校に入れる国民は、国全体の数パーセントって知ってる? 魔力を持った人間はそれほど少ないんだ。
それが、ほんの少しの挫折で学校を辞めてしまうのは、もったいないじゃないか」
「そうですね」
「俺は、ちょっと繋ぎ止めてあげただけだよ。あとは本人次第だから」
「フアナも?」
「もちろん。あの面白さも貴重だけど。あの膨大な魔力量の持ち主を退学なんてさせられるか。魔法界の損失だ」
「魔法の使い方間違ってますけどね」
「あの子のおかしな発想の展開は、俺は買うべきだと思うけどね。常識だの不文律だの、囚われない方が魔法は発展する」
「そうかなあ」
「そんなもんだよ」
「フアナのあんな魔法でも?」
「偉大な魔法道士は発想の転換からその地位を得た。魔法史の教科書にも書いてあるだろ。
……俺も、そうありたかったから」
そうありたかった、って。過去形?
今からでもやればいいじゃん。
委員長なら楽勝でなれそうだし。
なんでそんな言い方するの?
私は思わず委員長を見返した。
……私が見返した、視線の先。
そこには、誰の姿もなかった。いるはずの人がいなかった。
薬学資料室の開いた窓から、少し冷えた風が入り込んできただけだった。
今いたはずの委員長は、いつのまにか消えていた。確かにそこに立っていたのに。今私と話していたのに。黒髪で美貌の委員長はどこにもいなかった。
薬学資料室には、私以外存在しなかった。開け放した窓と、フアナの筆記用具が散らばった机、斜めに置かれた椅子。
今、確かに委員長と話をしていた。
私は委員長と目を合わせて会話していたのだ。
ただ、ほんの少しだけ気を逸らしたら、もう委員長は消えていた。
どうして? 何で?
私は自分の身体を抱きしめた。
黒い笑みを浮かべて、楽しそうにフアナを見ていた委員長。
私の言葉に、うっかり笑ってしまった委員長。
関わった人だけが知っている、少しだけ力になってくれる『委員長』。
私たちの委員長は、忽然と消えてしまった。
遠くから、「反省文受理されたよ、委員長~」というフアナの声が聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
委員長に再び会えたのは、一年後の同じ時期のことだ。私はフアナに隠れて旧校舎脇の木陰に隠れていた。
「メリッサ! どこー?
メリッサー出てこーい。おーい、メリッサー? おい、悪りぃ子はいねがー?!」
遠くでフアナの声がしている。どっか北の地方の伝統芸能に出てくる鬼みたいな言い方になってる。
絶対出ていくものか。
フアナは何を思ったのか、私を生徒会長に推薦する気だ。立候補用紙に私の名前を勝手に書いて、あとは私本人と共に職員室に殴り込むだけだと息巻いている。
このままでは魔法学校は進化しない、生徒の方からから変わっていかないと! とか言って、自分では何もせずに私に何とかさせようとしている。懐いて信頼くれるのは嬉しいことだが、大変いい迷惑である。学食の食券十枚積まれてもお断りしたい。
しかもフアナの書いた選挙公約には、学食にデザートを追加するべし、とか書いていた。
相変わらず発想がどうかしている。
フアナに見つかって、担ぎ上げられるわけにはいかない。どうして私を生徒会長にしたいんだよ。冗談じゃない。そもそも学食にデザートとかどうでもいいし。
私が息を潜めていると、背後から噛み殺した笑い声が聞こえてきた。
振り向くと、旧校舎を背もたれにして、委員長が肩を震わせながら笑っていた。相変わらずの綺麗な立ち姿、その姿は一年前と全く変わらずで。
――委員長。
「相変わらずあの犬は面白いな」
「……フアナですか」
「退学にはなってないようで、僥倖だね。メリッサは相変わらず、お守りが大変そうだ」
「そうですね。
お久しぶりです……おばけ委員長」
「やだなあ。化け物扱いかよ」
「だって、そうじゃないですか」
委員長は面白そうに私を覗き込んだ。どこまで探った? とその目が尋ねていた。
私もあれから委員長のことは気になったからね。年配の先生に聞いたり、古い学校の写真を漁ってみたりしましたよ。
そうしたら、見つけたんだよね、委員長の姿。
「『王立魔法学校創立八十周年記念 シャルロット王妃殿下お手植えの松』、植樹した時の記念写真を見つけたんです」
「ほお」
「写ってましたよ委員長、今と同じ姿で。
……三十八年前の写真に」
「ああ」
「当時『改革委員長』をしていたんですってね。魔法薬学のおじいちゃん先生に聞きました。
貴族と平民の差をなくそう。魔法を平等に学べる環境を作ろうって」
魔法学校はもともと、貴族の子弟の中で魔力の強い子を育てる学校だった。それが国の方針で、平民からも魔力量の多い子を入学させる指針に変わった。
だが、貴族と平民が同じ学び舎で、初めから平等であったわけはなく。基礎学力の差や生活力の差はかなりあったという。
「平民には読み書き計算から必要な人がいますから、そういう人達のための講座がありますよね。委員長は、もともと『平民講座』だった名称を、今の『基礎講座』って名前に変えたとか」
「うん」
「学食では、値段の高いメニューは貴族用、安いメニューは平民用って、暗黙の了解があったんですね。それを食券制にして値段の差をなくしてみたり」
「やったなあ」
「私服登校だったから、服装で身分が分かってしまう。だから制服を導入したとか」
「この制服、当時の生徒会が俺に合わせて作ったんだ」
「すごくお似合いですもんね。
そんな色々な改革をした『委員長』が、死んでからもどうして学校にいるんです?」
委員長は肩をすくめてみせた。その様子はすでに死んでいる人とは思えない。 相変わらずの綺麗な顔は、困っているようには見えなかった。
「俺の死因は聞いた?」
「……打ち所が悪かったって」
「そう。薬学資料室に呼び出されてね。俺に反感を持ってた貴族の生徒が、資料室に簡単な罠をしかけててさ。それに胸を打たれて即死」
「そんな危険な罠だったんですか」
「殺すつもりはなかったみたいだけど。痛い思いをさせてやるつもりが、加減を間違えたのかな」
「そんな、呑気な」
「もう死んじゃってるしね、俺」
あははと笑う委員長は屈託がない。恨みつらみを拗らせたりしてるわけではないみたいだ。じゃあ、なんで天に召されないんだ。委員長、隠れてものすごく悪い事してたのか。それで学校に縛り付けられてるのか。
委員長はこつんと、黒髪の頭を背後にもたせかけた。
「俺、死んだのに学校から出られないんだ。なんなら薬学資料室から出るのもしんどい。実はこうやって姿を見せるのもキツイ。でも、できないことはないわけで」
「それで、生徒にちょっかい出し始めたんですか」
「そうだね。このままだと学校辞めちゃいそうな子にさ、もう少しなんとかやってみなよって」
「今もやってるんですか」
「やってるよ。
今の子は貴族の女の子で、明らかに体力不足。今まで生活はほとんど動かずに、メイドさんに全て任せきりだったみたいだ」
「へ、へえ」
「俺の顔が気に入ったらしいからね。五分以内に学校の脇にあるパン屋に走ってシナモンロールを買ってきてくれば、もしかしたら君と付き合うことがあるかもしれない、って言ってみた」
「……またロクでもないことしてますね。貴族パシるとか」
「いやあ、身体動かさないと、体力ってつかないからね」
じゃ、そろそろ彼女が戻る頃だから、と委員長は踵を返そうとした。そういえばここ、薬学資料室の窓の下だ。委員長が亡くなった現場の。
ああ、帰っちゃうんだ。委員長が行ってしまう。
委員長が姿を消したら、多分もう彼のことが見えなくなる。もう話すこともない。もっと委員長と話したいのに。
そのまま去ろうとする委員長が惜しくて、私は思わず声をかけた。
「なんで今、私のところに来てくれたんですか?」
「……メリッサには、もう一度会いたかったから、かな。
君は波長が合うから楽なんだ。たぶんちょっと、俺に似ている」
「もう会えないんですか? たぶんフアナも委員長に会いたい」
「フアナはないだろ。あれだけ俺の事嫌ってて」
「フアナ、あれから反省文が必要なほどの大きな失敗、しなくなりました。自重することを覚えたの、委員長のおかげです。それくらいフアナだって分かってるはず」
「あいつ、分かってるかなあ」
「バカだって恩義くらい感じます。
そんなことじゃなくて。委員長にもっと話したいことあるんです。もっとたくさん、いろんなこと。
だから委員長、またこんな風に会えますか?」
「……さあ。どうだろうね」
「委員長!」
見慣れた黒い笑みを浮かべて、委員長は私に背を向けた。そのまま手を振って旧校舎の壁に吸い込まれていった。なんの抵抗もなく委員長の身体は壁の中に消えていく。あとには何も残っていなかった。
本当に彼は、この世の者ではないのだ。
学校をさまよう『何か』なのだ。
『委員長』は今も、魔法学校に囚われたまま。
「委員長、ほら買ってきましたわよ!」という息の切れた女の子の声が、薬学資料室から微かに聞こえてきた。今手を貸している、女の子だね。
私は薬学資料室の窓を見上げて、委員長の姿が見えないことを確認して、静かにその場を立ち去った。私には見えない委員長の仕事は、まだ続くんだろう。彼女に体力がつくまで。
私はひりつくような胸の痛みを覚えていた。
委員長は、退学になりそうな生徒の味方だ。そんな生徒に少しだけ力を貸すために、学校にいるんだ。つまずいた生徒に、委員長なりのやり方で手を差し伸べるために。
だから、私が今日みたいに委員長に会うことなんて、もうない。今日は本当に、委員長の気まぐれで会えただけだから。たまたまそばにいた私に、委員長の悪戯心がくすぐられただけだ。
そんなことは、分かってんだけど。
でも会いたいよ、委員長。
まだ他のことも話したいんだよ。
もっといろいろ聞いて欲しいことがあるんだよ。
委員長の話も、もっとたくさん聞きたいんだ。
ねえ、委員長。
また委員長に会えるかな。
私は会いたいよ。
会っていろんな話をしたいよ、委員長。
だからいつか、また会えたらいいね。
メリッサの感情は友情なのか恋情なのか、については読者様にお任せします。どっちにしたって切ないんだけど。
ジャンルはコメディかホラーか迷いました。コメディ寄りホラー未満ヒューマンドラマ、というジャンルがあればそれです。どこまでも中途半端とか言わないで。
評価★★★★★、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、作者は喜んで飛び跳ねます。下にトランポリンをひいてみてもいいかもしれません。記録的な跳躍が見れるかも。
読んでいただき、ありがとうございました!




