オーロラ畑と、たくさんのおさかな
かつて即興小説トレーニングで書きました。
お題:8月の笑顔
必須要素:「ひょえー」
ごうごうと音を立て、恐ろしい真冬がやってきた。
「ひょえー」
「ひょえー、寒いー」
良い年をしたおじさんペンギンだって、こんな悲鳴をあげている。飛べない羽を痛めつけるように雪は強く降り荒ぶ。氷の世界に生まれたからにはあたたかな雪も知っているけれど、それでもこの季節は本当に辛いものだ。寒さのなかで、ちぢめたい首を一生懸命長くしてみても、妻が帰ってくる気配もみえない。おにいさんペンギンもおじさんペンギンも、そうしたくてもそうしたくなくても、おしくらまんじゅうをするようにぎゅうぎゅう詰めになって、お互いを温め合いながら、おなかの下の卵を守っている。
今年はじめて父親になるミミにとっての真冬は、覚悟していたとはいえ非常に厳しいものだった。マイナス60度もの寒さのなかでミミを奮い立たせてくれるのは
「おさかなをたくさん持って帰るからね」
という妻との約束と、(ぼくの父もこんな風に飢えと寒さを耐えしのんで、ぼくが生まれた)ということだった。
けれど、おなかと背中はもう、くっついてしまったし、おしゃべりをする元気もない。吹き荒ぶ雪が止んでくれるのを願い、妻の姿を求め、そればかりだ。
なるべく楽しいことを考えようとミミは思った。そうしてふと、ミミのおじさんのシシが、冬のはじめにみんなに話していた話を思い出した。
「おら、いつか、ヒマワリバタケっていうものを見てみたいんだ」
「ヒマワリバタケ?」
「こないだきた、にんげんの調査隊が話してたんだ。にんげんのくにでは、夏が冬で、冬が夏なんだって」
「へんなのー」
「へんだー」
「それで、こちらの冬にはむこうは夏で、すっごくきれいなものが見られるっていうんだ」
「きれい?」
「オーロラよりもきれい?」
「わかんねえけど、それが、ヒマワリバタケっていうんだって。ずっとずーっと、広がっているんだって、地面に」
「地面にオーロラだなんて、へんなのー」
笑い声にあふれる仲間たちとの団らんを思い出すと、ミミは危うく泣いてしまうところだった。言葉数も減りつくして、辺りは吹雪く音だけで。仲間と一緒にいるのに、今はもう、いっぴきぼっちみたいだ。
(ああ事実、ララを待っているのは、ぼくだけなのだ)
だから、倒れてはいけない。
ミミは卵を気にかける。おなかの下の卵は、しっかりとあたたまっているだろうか。もうすぐ生まれてくるのかな。はやく生まれてこないかな。
妻が託していった卵は、ミミにとってとてもあたたかく感じられる、ミミの居場所だった。けれど、ミミの居場所はほかにもあった。それは無言だけれど、しっかりと氷の上に立って、たまごを守っている他の父親たち。ミミのまわりの、あたたかな仲間たちだ。
ミミは、もうちょっと、もうちょっと頑張れるぞ、と思う。吹雪が目に入らないように今まで以上に強く目をつむって、たくさんのおさかなやオーロラ畑を思い浮かべた。それから仲間の体温と、抱いたたまごのあたたかさ。妻と、父の強いこと。それらを思うことを繰り返して、ララがたくさんのおさかなと帰ってくるまで、がんばるのだ。
卵からこんこん、と音が聞こえたとき、ミミは長く苦しめられた寒さなんて忘れる思いでおなかを見つめた。そして、ようやく殻を割っておなかの下から顔を出した赤ちゃん――出てくるなり寒さで首をひっこめてしまった赤ちゃんを見て、父に聞かされた自分の姿と一緒だと思った。ああ、報われた。なんて愛おしいのだろう。ミミはわずかに残った力を振り絞って、かすれた、声にならない声で赤ん坊に話しかけた。
「こんにちは、はじめまして」
これでもう、ララを待つのもいっぴきぼっちではなくなった。ミミはちいちゃな赤ちゃんに笑顔を向ける。ミミの声を聞き、再び顔を出した赤ちゃんも、ミミを見つめる。そしてまた、あまりの寒さにおなかの下に隠れたがった。
ミミは赤ちゃんの命を守るためにぎゅっと、自分のほうへと抱き寄せた。