ミミと記憶
かつて即興小説トレーニングで書きました。
お題:記憶のサーブ
人の記憶が目に見える形になった。ちょうどビーチバレーのボールくらいの大きさで、透明だが弾力があり、球形だ。というよりも、ビーチバレーのボールそのものだ。ビーチバレーのボールより、ちょっとだけやわらかい。
ここに、選挙の看板が風で倒れたことで頭を強打し、記憶を喪失したミミという青年がいる。病院のベッドで目覚め、わけのわからないことを喋っている。
「ここはいったいいつだ! いまはどこだ!」
ミミはわめきながら泣いて暴れている。
さて、ミミの失った記憶は、立て直された選挙の看板の辺りに留まっていた。候補者のポスターを眺めてミミを待つという作業が、あまり面白くなかったので(と、いうよりもボールのなかに詰められた記憶から考えて、眺めているに値する『好みの候補者』がいなかったので)、ミミの記憶は飽きて散歩にでかけた。
記憶には "mimi" と書いた札が垂れ下がり、風にそよそよと揺れている。記憶は風船のように、好きに町をさまよっている。町ゆく人たちが、いったい誰の記憶だ、といぶかしげに振り返る。
ミミの担当看護師は、医者に言いつけられてミミの記憶を探しに行った。看護師はぶつくさ言いながらミミの記憶を探し回り、やっとこさで捕まえた。
ミミは記憶をみつけてもらうと、影法師を縫い付けてもらうことになったピーターパンのように顔をほころばせて喜んだ。
医者が記憶をミミの頭に押し込もうとサーブしたが、記憶はミミの頭から跳ね返って、病室のすみに転がってしまった。
ミミの記憶は散歩しながら新しい記憶を溜め込むうちに、新しいミミになってしまったのだ。ミミに記憶が戻ることは、もうない。
ミミは病室のすみに転がる記憶に聞いた。
「ぼくのことがきらいか」
ボールは首をふるようにころころと転がった。
「それならぼくの分身、ぼくのことを世話しておくれ」
記憶は人のかたちをもって、ミミをかいがいしく世話しはじめた。