人魚の魂と金の斧
ある王国の王子様は、死ぬことを大層恐れていました。人魚の生き血を飲めば不老不死になれるという話に興味を持った王子様は、人魚の観察をはじめました。
一匹の人魚が、海を訪れた王子様に恋をしました。人魚は、美しい声と引き換えに足を手に入れました。悪い魔女と噂される、海の魔女は人魚に言いました。
「人間に愛されればお前は魂を得るだろう。
愛されなければ、泡となって消えるだろう」
海から王国に歩く道すがら、人魚は森を通りました。海での暮らししか知らなかった人魚は森で迷子になり、毒キノコを食べて死にそうになったところを森に住む木こりに助けられました。
木こりはひと目見て、人魚に恋をしました。
人魚が回復するまで、ふたりは穏やかな暮らしを送りました。
人魚は助けてくれた木こりに恩を返そうと、木こりの斧を借りようとしました。しかしそれは人魚には重すぎて、人魚は泉に木こりの斧を落としてしまいました。
すると泉の精霊がでてきて人魚に聞きました。
「あなたの落としたのは金の斧ですか、銀の斧ですか?」
人魚は声が出ないので、木こりの家をまっすぐに指差しました。
精霊は人魚が、木こりの斧を落としたと言いたいのだと察しました。
「正直なあなたに、3本とも差しあげましょう」
さて木こりは、人魚に金の斧と銀の斧をもらい、驚きました。木こりは、人魚が自分に好意を持っているのではないかと嬉しく思いましたが、人魚は翌朝、木こりの家を出て行こうとしました。
金でできたもの。銀でできたもの。
贈り物を渡し、これで木こりに恩が返せたと思ったからです。
木こりは人魚が自分に向ける気持ちと、自分が人魚に向ける気持ちの違いに落胆しました。木こりは人魚に想いを伝えるも、人魚は王子様への想いはあるのに、木こりの想いを理解しようとしませんでした。あまつさえ、逃げだそうとしたのです。
木こりは人魚が取り戻した斧で、人魚を殺しました。人魚の死体は泉の深いところに投げ捨てられました。
泉の精霊は木こりに聞きました。
「あなたが殺したのは、あなたを愛する者ですか」
「いいえ」
木こりは正直に答えましたが、人魚は帰ってきませんでした。木こりは絶望して、人魚と同じところに行こうとするも、泉の精霊は木こりの身投げを許しませんでした。木こりはふらふらと、どこか遠くに彷徨い歩いて行ってしまいました。
人魚をかわいそうに思った泉の精霊は、王子様の夢にお告げをしました。
それは、森の泉に人魚が泳いでいるという夢です。
遠い海ではなく、国に近い森の泉に人魚がいると知って王子様は喜び、さっそく観察して生け取りにしようと考えました。
泉はひどく不気味な雰囲気でした。
王子様が泉をのぞきこむと、美しい人魚は王子様に笑いかけました。
人魚は魂を得て、泉でずっと待っていたのです。人魚は白いふたつの腕を、泉をのぞきこむ王子様にのばします。泉の底から、懸命に足を伸ばすようにして。
人魚は王子様と、ふたりで永遠の魂となることをのぞんだのでした。
しかし人魚の魂は、王子様によりもたらされたものではありません。
ふたりで泉の底にいたとしても、王子様は自らを殺めた人魚を見ませんでした。それでも人魚は王子様を得て幸福なので、木こりのことを思い出しませんでした。
木こりが愛する者を自分の手で殺した呵責に苦しみ続ける限り、人魚の魂は永遠のものとなって、王子様を泉の底につなぎとめ続けるのでした。




