あるところに自分を野菜だと思っている男がいた
あるところに自分を野菜だと思っている男がいた。
彼は冬のある日、突然自分は野菜だと気づいた。毎朝、市場に出かけては、シチューやサラダになりゆく同胞を憂いた。まだ息のある者たちと会話しては、彼らの体を優しくもちあげ、別れを惜しむように、励ますように指先で撫でた。
同胞の体はつるつるしていたり、しゃきしゃきしたりしていた。自分の体とはまるで違った。あまり撫でると店のものに怒られた。けれど彼は、野菜と話のできるのがとても嬉しかった。彼には、話をしてくれる家族も友達もいなかったものだから。
夜、町を歩いては家の戸を叩き、野菜の残飯を貰い歩くのが彼の仕事になった。負傷した同胞たち。けれど彼にはとても同胞を食べることなんてできない。
どうして自分は野菜のかたちをして生まれなかったのか。
泥だらけの手、土のはいりこんだ爪で、仲間の遺体を埋めながら男は毎晩、思考を繰り返す。
どうして自分は野菜のかたちをして生まれなかったのか。
男は愛情深く、仲間の眠る土に頬を押し当ててから家に帰り。また会話のできる朝を待った。
同胞の墓地は、
春になると一斉に芽吹きはじめる。