調書報告・01
「今では誰もが知る平和の象徴が、昔は友達がいなかったとは、うーん何とも複雑だなあ」
そう言って苦笑いするミッチェル少将。
私もそれに苦笑いする。
「加えて、言いにくいのだが、記録の上では君はこれよりも前に、いわゆる自殺未遂をしているよね」
「そうですね。飛び降り、切腹、意図的な餓死です。だからでしょうね。両親はいつも私の味方で居続けてくれて、私の好きにさせてくれました。だから私はこの仕事にも就けました。……いえ、訂正します。両親はそれよりも前から、私の味方でした」
そうだね、とミッチェル少将は笑う。
頷き、私は続ける。
「私はあの日」
その時、ドアの向こうからノックの音。
ミッチェル少将が私を見る。
私が頷くと彼は「どうぞ」とドアに向かって言った。
ドアが開き、ぞろぞろと足音。
気配でなんとなくわかっていたが五人。
もう随分と長い付き合いになる気配を感じて振り返る。
「連れないねえ。昔話をするってんなら腐れ縁の私らを呼ばないと」
そう言うボブカットの髪をピンク色に染めて性格の悪そうな顔で笑う女性。
その身にはパンクなロックンローラーな服を纏っている。
彼女はノンナ。
皆からはピンクさんと呼ばれている。
「まあ、一番付き合い長いのは私だけどな」
ぴっちりとアイロンされた灰色のデジタル迷彩。
しかし下は私服のミニスカートと個性も忘れていない。
金髪の、女性。
彼女はエレナ。
「誤差でしょ」
「ほんと、二か月くらいの差でしょ?」
1人は肩ほどまで伸ばした髪を短くまとめた茶髪。
装甲板を左肩に嵌めていて、その下は灰色のデジタル迷彩。
彼女はヴィクトリア。
もう一人は肩程まで伸ばした髪をそのままにしたナチュラルヘアの赤毛。
左腕前腕に籠手を嵌めている。その下は同じく灰色のデジタル迷彩。
彼女はシャルロッテ。
「『рассвет』担当管制官として調書に私も同席してもよろしいでしょうか?」
他の者たちとは違い、如何にも制服ですと言った感じのスーツというか、軍服というかに身を包んだ肩甲骨ほどまでの黒髪の女性がヒールを鳴らして敬礼する。
彼女はクレア。
皆私の分隊員だ。
彼女たちは入室し、私が座る椅子の周りに寄ってくる。
ノンナは肘置きに座る。
「これはこれは。お忙しい中ご足労頂き。伝説の『рассвет』分隊が揃い踏みだ。愛国者戦争の終結を齎した最後の功労者達よ。光栄であります」
そういうミッチェル少将。
「お言葉ですが少将。あの戦い、皆が皆、各々の戦いをしていました。全員がいなければ、あの結果には至りませんでした。そういう意味では、等しく皆が功労者であり、英雄でありました」
私の言葉にミッチェル少将は私の言葉を聞くと同時に立ち上がり背筋を伸ばす。
「失礼しました。訂正し、強く謝罪いたします」
彼は敬礼を捧げる。
私も立ち上がる。
他の者たちも姿勢を正し、皆でミッチェル少将の敬礼に返礼する。
「問題ありません少将殿。あの戦いを知る者として、誰かだけが特別である必要などもうないと、そう思うだけであります」
頷くミッチェル少将が敬礼を解いたのを確認し、私も敬礼を下ろす。
席に着きなおす。
「おい少将さんよ。『あだ名付き』どうにかならねえのかよ」
ノンナが煙草に火を点けながらいう。
灰皿を渡すミッチェル少将が苦笑いになる。
「そういう性分なんです彼らは。何をしました?」
「訓練場のプールの水を全部蒸発させてたぞ。うちらで制圧に行かされた」
「……面目ない」
「ま、治安の悪いのには慣れてるけどよ」
「あなたは確かBC出身でしたか。今彼らはどこに?」
「旧FDLにいるよ。うちの隊長と旧FDL元総司令がFDL復興のために建てた施設、今じゃFDLの博物館になってるが、そこの警備だ。まあ、本部跡地だからな。守りたいのさ、皆な」
「なるほど」
少しだけ居づらそうにミッチェル少将は顔を伏せる。
しかしノンナはそんなことは気にもしない。
「でもよお。『破壊』が『あだ名付き』に来てたのはさすがにびびったなあ! いねえなあとは思ってたんだけどよ」
「模擬戦でミズキに倒されてから、そう言えば聞かなくなってたわね。脱走事件を起こした、くらいは知ってるけど」
ヴィクトリアが言う。
「あいつ、戦闘狂いだからなあ。とりあえず理由がなくとも戦いたいんだよな。確か油田施設かどこかで捕まって、『あだ名付き』入りしたんだよな」
今度はエレナ。
「模擬戦ってあれでしょ? ミズキがスタートの合図の前に歩いて行って殴って気絶させたって話」
「ああそれ!」
分隊員が嬉々として語る。
懐かしい話である。
「てかなに? 大将、今どこまで話したの」
ノンナは相変わらず自由だ。
あの訓練期間中のBC時代のノンナと私との模擬戦がなければ彼女も『あだ名付き』の候補に入っていたという。
しかしまあ、それくらいには、ハチャメチャだ。
「私が高校生の時。師匠もまだ出てきてないよ」
「『死線』も出てねえのかよ。ああ……出てきたくらいに起こして」
ノンナは灰皿を持って立ち上がって移動し、机の裏に回って見えなくなる。
煙だけが見えている。
地面に座ったか、寝転がったらしい。
「ノンナ。上官なんだから」
私が言っても彼女は返事をしない。
「すみません」
「いえ。場所を変えてくれるなんてなんと常識的か」
「……」
彼らの非常識的行動で基準が壊れていないかこの人は。
首を振って私は口を開く。
「話を戻しましょうか」
頷くミッチェル少将と分隊員たち。
クレアがノートPCを立ち上げる。
「あの日を境に、私はストーカー被害に遭うことになります。そこで、師匠、『死線』と出会います」