これはただの女子高生だった私が軍人になるまでの話:DATA 14
翌日。
歩いてすぐの例のお寿司屋さんに来ていた。
事務所の場所が分からず最初焦ったけれど、何とか見つけて面接開始。
三十代前半ほどの柔和な表情が特徴の男性の店長さんだった。
緊張。
コミュ障を発揮し、微振動する手で履歴書を差し出す。
ちょっと笑う店長さん。
恥ずかしい。
「カワサキミズキさん、ね。昨日聞いた子で間違いないね。ああ、○○高校の生徒さんなんだ。あそこ進学校だよね? 勉強大変でしょ?」
店長さんが履歴書を見ながらそう言ってくる。
私は背筋を伸ばして返事をする。
店長さんはまた笑った。
「緊張してるね」
「はい」
「まあもちろん瀬戸君の紹介でも無条件で雇いはしないけど、そこまで硬くならないで大丈夫だよ。他のバイトの子なんて制服で面接に来ないことの方が多いよ。真面目だね」
「ありがとうございます」
「一応軽く聞いているだけだけど、人と話すのが苦手なんだってね」
「……正直に申しますと」
「うんうん。全然そこはね、あの、判断基準にはしないからね、心配しないでね。キッチンに入ってもらうとは思うんだけど、本格的な調理があるわけでもないからね、皿洗いとかが多いかな。そこだったら人と会話することはキッチンの方だけかな。おばあちゃんたちが多いよ調理担当は。握りする人はホールの真ん中で作業するからそう絡むことないかなあ。洗い場だけなら二人ずつとかでやる。大学生がいるね今は」
「はい」
「メモとかは大丈夫だよ。本当に真面目だね。確か希望は短期間で、土日メインだったね。土日に三時間とか頑張れる?」
「はい。頑張らせていただきます」
「朝三時間はね、準備が多いかな。十時開店だからうちは。九時までに来てもらって、一時間はあのお寿司の下のご飯部分を機械で作るんだけどね、あ、がっかりしないでね。で、それを朝やってもらうかな。汁物の準備とか、茶わん蒸しの準備とかが多いかな。あ、待って。立ってもらってもいい?」
言われて立ち上がる。
店長さんは「あ~……」と声を漏らした。
「洗い場がさ。いっぱい洗い物いれるためにシンク深いからさ。結構前傾になるかもなあ。底のお皿掬える物何か用意しとこうかな? 滑って溺れられたら前代未聞過ぎて、困っちゃうから。あとは、シンクが君には高いかもな。台も用意しとこうかな。うんうん」
私は店長さんの言葉一つ一つをしっかりと頷いて咀嚼する。
おや?
何だかもう決まった感じか?
「結構濡れちゃうから。まあ中にはうちで用意してるビニールのエプロンする人もいるけどね。濡れても平気な靴と服だね。着替えもあると良いかな。申し訳ないけどシャワーとかはないからさ。そこは速攻帰って自宅でね。お客さんの所には出ないからあんまり口うるさくは言わないけど派手過ぎるのは避けてほしいな。みんな黒めの服を着てくるね」
「わかりました」
「多分君、めちゃくちゃ緊張してるから今凄く疲れてると思うしね、来週の土曜日を初出勤にしようかな? 八時四十五分までには来てほしいな。九時開始だからタイムカードの説明とかしたいから」
「わかりました。来週の土曜日に朝八時四十五分までに」
「あ、一応もうわかっていると思うけど、採用だからね。真面目そうってだけで十分だから。欲しいものがあるんでしょ? 頑張って。時給は920円ね。最低賃金を考えたらちょっと高いかな。希望があれば日数増やしたりもできるから平日も出れるときは遠慮せずに言ってね。こちらも助かるから」
「はい!」
「お、初めて元気な声が聞けたね。じゃあ今回は帰ってもらって大丈夫だから。瀬戸君にはこちらからも連絡するけど、君からも連絡してあげてね。じゃあ気を付けて帰ってね。お疲れさまでした」
「ありがとうございます。失礼します」
私は席を立ち一礼して扉の前へ。
振り返ってもう一度一礼して退室。
扉を閉めて、そのままお手洗いへ。
個室に入って、荷物を荷物置きへ置いて。
私は両手を掲げた。
コロンビア。
(この頃にはこのネタはなかったかもしれない。)
声を張り上げたくなるのを抑えて私は心の中で叫ぶ。
うおおおおおおおおおお。
バイト先決定だうおおおおおおおおおお。
地団駄すら踏みたくなるこの感情をどうしてやろうかと私は個室の中で腕をぶんぶん振り回す。
二分ほど腕を振り、個室から出る。
鏡の前でお化粧直しをしていたお姉さんと目が合ってしまう。
恥ずかしい。
にやけ顔を見られたと思う。
手だけさっと洗ってお姉さんの視線を感じつつ退室。
お店を出て通路を歩いて外へ出る。
振り返る。
ショッピングモールのような大きな建物だ。
その一階のレストランコーナーの一角にお店はある。
大きな店舗で、ガラス張りの客席。
お客さんの入りはかなりの物じゃないだろうか?
私は少しだけ不安に思いながらスマホを取り出す。
電話帳を開いて、師匠に電話を掛ける。
師匠はすぐに出た。
『終わったか』
「はい。採用していただけると」
『あそう』
たったそれだけの返事だ。
そっけなく、たんぱく。
師匠はしかし、そういう方だ。
言葉が多い訳ではない。
だけれど。
『おめでとう。やれる限りやってみろ』
必要に応じて、付け加えることを忘れない。
「はい!」
私はたった二言付け加えられただけで嬉しくなり声を大きくした。
私は何て単純なんだろう。
電話を切って、敷地内にあるベンチで少しだけ休もうと思い移動して座る。
少しだけ暑くなってきた季節だ。
風はまだ涼しいが、日が少し強い。
緊張の糸が切れたからかあるいは嬉しさからか汗が出てきた。
落ち着くまではここにいようか。
私は空を見上げて、風で涼む。
五分ほどしてからだろう、エンジン音が聞こえた。
特徴的なエンジン音。
アクセルを緩めるたびに「ぴゅん」と鳴る。
師匠と同じバイクだなあなんて考えているとそのエンジン音はショッピングモールの広い駐車場に入ってきて、順路通りに回って、私の前に停まった。
空から目線を移してみると、そこには師匠がいた。
フルフェイスのシールドを上げて師匠の目が露わになった。
無表情な、少なくとも起伏のある目ではない目で私を見て。
「ラーメン行くぞ。好きな奴食わせてやる」
バイクのリアシートに括りつけられたヘルメットを私に差し出してくる。
「大盛りでもいいですか!」
私は立ちあがって師匠に駆け寄る。
「チューシューも餃子も何でもつけろ」
師匠のそんな、少しだけ笑いを含んだ返事に私はまた喜んで返事をするのです。




