桜野 ハル
面倒だと思いながら、俺はナンパ野郎と女の子に近づいていく。
「なぁなぁ、そこのお兄ちゃん。すまんが、道がわからんから教えてくれへんか?」
強引な声の掛け方だということはわかっている。
だけど、穏便に済ませるには困っている奴の方がいいだろう。
「あぁ? なんだお前? あっちいけよ」
「ハァ〜、親切に教えてくれるなら、無視してやろうと思ったのに」
俺は冷たい東京の洗礼に悲しくなる。
「ナンパをするんはええけど。明らかに女の子が嫌がるぐらいまでやったらあかんと思うで」
「あぁ? なんだテメェ文句でもあるのかよ?!」
おうおう、怖いなヤンキーは。
東京にも柄の悪いやつおるんかいな。
「そんな無理矢理なやり方したら、好きになってもらわれへんやん。同じノリで楽しめる子の方がお兄ちゃんもいいやろ」
俺はナンパ野郎と女の子の間に割り込んで、ナンパ野郎を引き離す。
「さっきからなんだよ。その話し方は田舎もんだろ! どっかいけよ」
「ほう、関西弁を馬鹿にするか? ええ度胸やのう。いてまうぞ、我」
「やれるもんならやってみろよ」
「登君!」
「えっ?」「うん?」
いきなり女の子から名前を呼ばれて、俺も知ってる顔であることに驚く。
それは学園でも有名な四天王の一人である桜野ハルさんだった。
「チッ、なんだよ。ツレかよ」
ナンパ男は女の子が俺の名前を呼んだことで、ツレだと諦めてくれたようだ。
「桜野さん?」
「うん。ありがとう。本当にありがとう」
涙目で怯える小柄な女の子が、ギュッと自分の体を抱きしめて震えている。
これはあれやな、モブとしてはあるまじき行為をしてもうた。
ネームドキャラを救ってしまうなんて俺としては大失敗や。
「ゴッ、ごめんね。泣いちゃって。本当に怖くて」
「いや、大丈夫だ。誰かと待ち合わせしてるんだろ? そこまで付き合うよ」
「いいの?」
「ああ、ついでに道を教えてくれると助かる。渋谷に行きたいんだけど、ここがどこかもわからなくて」
「うん。いいよ」
俺は桜野さんに道を聞いて助けてもらう。
「ありがとう。これで貸し借りなしでええよ」
「えっ?」
「ありがとうな。本当に助かったわ」
俺はそそくさと立ち去ることにした。
いや〜自分で思うが方向音痴なわけじゃないけど、東京は迷う。
まだ全然慣れない。
後を振り返ると、桜野さんの元に友人らしき女の子が近づいてきていた。
もう大丈夫だろう。
♢
《side桜野ハル》
「ハル! 大丈夫? 今、ナンパされてたんじゃないの?」
待ち合わせをしていたイザヨイちゃんが、立ち去っていく登ジュン君の背中を見て心配してくれる。
「ううん。違うのイザヨイちゃん」
「そうなの?」
「うん。むしろ、助けてもらっちゃった」
「助ける?」
私は先ほど起きた出来事を待ち合わせしていたイザヨイちゃんに話した。
少し早く着きすぎた私は、構内をゆっくり見て歩いていた。
そうしたら声をかけられて、断ったのにしつこく言い寄られて、ジリジリと逃げている間に人気がなくなってきてヤバいって思った時に彼がきてくれた。
「ふ〜ん、そうなの? 知り合いなの?」
「どうなのかな? 高校の同級生だよ。フユナちゃんのクラスメイト」
「フユナの? 変なやつじゃないければいいんだけど」
「変なんかじゃないよ! ちょっと話し方は変かな?」
「ハルは、すぐに騙されるから気をつけなさい」
イザヨイちゃんは、小学校も同じで委員長タイプな美人さん。
強くて綺麗で憧れの女性。
過保護なぐらい私のことをお世話してくれる。
「騙されていないよ。それに彼には多分、嫌われているから」
「えっ? ハルを嫌いになる男子なんているの?」
「いるよ〜。登君にお礼を言う前に立ち去られちゃった」
「へぇ〜、意外ね。恩を売っていいよってくる男なら山ほどいるのに」
「もう、イザヨイちゃんほどじゃないよ〜」
イザヨイちゃんはモデルさんもしていて凄く美人さん。
小柄でちんちくりな私とは全然違う素敵な女の子。
「私は作り物の笑顔だから、自分に自信がないの」
「ハルが頑張っているのは知っているわ。だけど、それはそれで私はいいと思うわ」
イザヨイちゃんのこういうところが私は大好き。
うん。私は可愛いって言われるのが好き。
みんなで仲良くするのも好き。
そのために作り物でも笑っている方がいいと思う。
だけど、今までの男の子たちは私のそんな上部だけを見て、可愛いと言ってくれて好きだと告白してくれる。
彼は、彼だけは告白なんてしない。
私の本質を見てくれて、見返りを求めたりもしない。
それは今までの男の子たちとは違うんだよなぁ〜。
「今度ちゃんとお礼をしなくちゃ」
「何々、ちょっと気になったの?」
「違うよ。いい人だなって思っただけ」
「まぁいいけど。今日は私の買い物に付き合ってもらうんだからね。ストレス溜まりまくってんだから」
「うん。もちろんだよ」
私はもう一度、立ち去っていく彼の背中を見た。
すると、彼はこちらを見て微笑んでいた。
多分、イザヨイちゃんが来たのを確認して、もう大丈夫だって思ってくれたんだ。
最後まで私のことを気にかけてくれていたんだね。
「ふふ」
「うん? 今日はハルの機嫌もいいからパンケーキでも食べにいく?」
「イザヨイちゃんが食べたいだけでしょ。太るよ。モデルさんは体型維持が大変なんでしょ」
「う〜それを言われると辛い」
私はイザヨイちゃんの背中を押して歩き出す。
彼にはまた学校で声を掛ければいいかな。