白鳥雪葉
翌日、雄一が士官に入校し初めての休日が訪れた。
雄一は寄宿舎の自室で読書をしていた。
いつも訓練漬けなのだ、久しぶりにゆっくりと過ごしたいと思い、この休日は読書に費やすことに決めたのだ。
読んでいるのは、魔術に関する本だった。
雄一が以前いた世界では魔術という概念が存在しなかった。
しかしこの異世界では違う。
この世界の人々は皆、魔力というものを持って生まれてきており、それを扱うことが出来るのだ。
もちろん、魔力量には個人差があり、魔力量が多い者はそれだけ強力な魔術を行使できることになる。
雄一はそんな世界で士官学校に入学することとなったのだ。当然、魔術に関する知識は必要になる。
だから雄一は、休日の時間を使って魔術に関する本を読み漁っていたのだ。
雄一が得意する魔術は、身体強化術だった。
この魔術は基本属性のひとつである、水属性の応用魔術で体内にある血液を魔力で強化し、運動能力を高めるものだ。
他にも雄一は全ての属性の魔術を使えることが出来る。
しかし、複数の属性の魔術を訓練するより、自分の個性を生かした戦闘スタイルを確立させた方が良いと、祖父から言われていた。
そのため、現在は身体強化術の鍛錬をメインに魔術を学んでいるところだった。
雄一は本を読破した。
本の内容は、なかなか興味深く有意義なものであったが、雄一が満足する内容ではなかった。
もっと新しい魔術書が欲しいと思い、立ち上がる。
(少し面倒くさいが図書館に行くか……)
身支度を整え、寄宿舎を後にする。
******
***
士官候補生は士官学校の敷地内にある図書館を利用することが出来る。
雄一は図書館に入ると、早速魔術書コーナーに向かった。
魔術書が陳列されている場所は少し奥まったところにあり、あまり人が来ない場所となっている。
そのせいもあり、図書館のこの場所だけは埃っぽく黴臭い匂いが漂っていた……
一冊ずつ丁寧に本をチェックする。
しかし、どれも雄一を満足させてくれそうな本は見つからなかった。
その時……
ガタッ!
自習スペースの方から物音が聞こえてきた。
その物音に驚き、ビクッと身体を震わせた。
(な、なんだ?)
「や、やめてください……」
「うるさいわね! 誰か来たらどうするのよ!」
「でも、誰もあんたみたいなブスを助けてくれないけどね!」
「それもそうね……あははは」
「いや……やめてっ……」
聞き覚えのある声と不穏な内容のやり取り。
雄一は反射的に物音がした場所に向かった。
そこには見覚えのある女子がいた。その見覚えのある人物は神楽坂明日奈だ。
彼女を中心とその取り巻きらしき人物が二人。
三人は自習スペースの中で、一人の女子の両腕を掴んでいた。
(あの銀髪ってもしかして……)
雄一はいじめられていた人物に心当たりがあった。
昨日、晴人が言っていた白鳥雪奈だ。
白鳥雪奈は、目に涙を浮かべ必死に抵抗していた。
だが、二人の取り巻きに両腕を掴まれているので逃げ出すことが出来ない様子だった。
(やっぱりめちゃくちゃ可愛い見た目をしてるな……)
おそらく、白鳥はいじめのターゲットにされているのだろう。
しかし、あの見た目では無理もないだろう……
雄一から見てめちゃくちゃ可愛いということは、この世界では見るに堪えないブスという事だ。
それはいじめの動機としては充分すぎるものだろう……
「いい加減しつこいわね! あんたみたいなブスが私に逆らうなんて! 身の程を弁えなさいよ!」
「その長い髪、鬱陶しいから切ってあげるの手伝ってあげるわ! 私達って優しい!」
「でも髪を切ったら、そのブサイクな顔を隠せなくなるのは可哀想ね……あはは」
神楽坂達は白鳥を嘲笑すると、白鳥が所持していた本を取り上げ投げ捨てた。
そして、白鳥の綺麗な銀髪を乱暴に掴み引っ張り上げた。
その瞬間、白鳥は大粒の涙を零した。
「うっ……うぅ、や、やめて……」
白鳥が懇願の声を上げると、神楽坂達は声を上げて笑った。
「あははは! ちょーうけるんだけど!」
「ほんと、傑作ね! ブスすぎて笑えてくるんだけど!」
「あははははは!!」
「うぅ、痛い……離して……」
「うるさいのよ! ブスの癖に! それにあんた、榊原君のことオカズにしてるでしょ?」
神楽坂はいやらしく笑いながら、白鳥に詰め寄る。
その言葉に白鳥は顔を真っ青にした。
「ど……どうしてそれを……う、うぅ……」
「あはは! あんたって本当にキモいわね! 私の部屋あんたの隣だから声が聞こえてくるのよ! まじでキモいんだけど!」
「うわぁ、榊原君可哀想……あんたみたいなキモい女からオカズにされてるなんて……」
「ホントそれ! つか、榊原君があんたのこと好きになる訳ないじゃん! あんたはブスなんだから!」
白鳥は神楽坂達と取り巻き二人に、罵声を浴びせられ、絶望に満ちた表情を浮かべた。
そして、嗚咽しながら泣き始めた……
「うぅ、うぅぅ……ご、ごめんなさい。ごめんなさい!」
「はぁ!? 謝るのは私達にじゃ無いでしょ? 榊原君に謝りなよ!」
「そうよ! オカズしてごめんなさい! 好きなっちゃってごめんなさい! ってね!」
「それ最高ー! 土下座確定じゃん」
「「「あはははははは」」」
雄一はそんな光景を見て、怒りで身体が震えた。
同時にふつふつと沸き起こる感情があった。
(あいつら、まじで顔だけじゃなく性格も腐ってるな……!)
雄一は白鳥と神楽坂達の元へ向かった。
そして……突然現れた雄一に、皆の視線が集中した。
神楽坂が首を傾げながら尋ねる。
「あれ、榊原君だ! どうしたの? もしかして、お勉強? 休日なのに偉いね! 私達も勉強しようと思ったんだけど、気持ち悪い子がいたから困ってたんだ!」
「そうなのよ、榊原君。本当に気持ち悪い子で、見てよこの顔!」
「あはは、まじでキモい!」
取り巻きの一人が白鳥の髪を掴み、顔を上げさせる。
白鳥は涙を流し、全てに絶望したような顔をしていた。
その様子を見て雄一の怒りはさらに倍増した。
(クソが……)
本当に最低な連中だ……こんな奴らの声聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。
「で! この気持ち悪い子が榊原君になんか謝りたいことがあるらしいんだよね……そうだよね? 白鳥さん?」
神楽坂が白鳥に問いかける。
「い……いや……ご、ごめんなさい」
「はぁ? あんたなに言ってんの? 全然聞こえ無いんだけど!」
神楽坂は白鳥の髪を引っ張り、顔を近づける。
雄一の瞳に怒りと憎悪の色が灯った。
(もう我慢できない……)
もう見ていられない……このクズ共をぶっ飛ばす! 雄一はそんな衝動に駆られた。
「おい、 お前ら……いい加減にしろよ」
雄一が怒気を含んだ声でそう言うと、神楽坂達はキョトンとした表情を浮かべた。
どうやら雄一の言葉が自分達に向けられたものだと、気が付いていないらしい。
「は、え?」
「なに、榊原君どうしたの?」
「気分でも悪いの?」
雄一は神楽坂達を睨みつけながら、近づく。
そしてーーガシッ。雄一は神楽坂の腕を強い力で掴んだ。
その行動で神楽坂達はようやく雄一の怒りが自分達に向けられたモノだと気がついたらしい。
その表情に怯えの色が走った……
「な、なにしてるの? 榊原君? い、痛いよ……」
神楽坂は恐る恐る尋ねる。
その口調はどこか震えていて、動揺しているようだ。
「お前らこそ何してるんだよ? なんで白鳥に酷いことするんだ? このクズ女が」
雄一の怒鳴り声が図書館に響く……その迫力に神楽坂達は硬直する。
掴んだ手に徐々に力を入れていく、すると神楽坂は苦痛で顔を歪めた。
「い、痛っ! 痛いよ……離して!」
雄一は神楽坂の懇願する声を無視し、さらに力を込めた。
その瞬間、神楽坂は悲鳴を上げた。
だがしかし手を緩めることはしない……これは罰なのだ。
身体強化術を発動させる。
今の雄一には神楽坂を腕を粉々にすることなど容易なことだった。
「痛……! いや……ごめんなさい!……ごめんなさい!……許して!」
「お前は白鳥が謝ったら、辞めたのか? 辞めなかったよな!」
「ちょっと、榊原君! ほんとに明日奈の腕、潰れてちゃうよ!」
「そうよ! やりすぎだって!」
取り巻き達が雄一を宥める。
「うるさい、お前らは黙ってろ」
雄一の剣幕に取り巻き達は完全に押し黙った。
「い、痛い……助け……て……ぐっ」
神楽坂も限界が近いらしく目から涙を流している。
そろそろか……雄一は掴んでいた手を離した。
神楽坂が腕を庇いながら床に座り込む。
「「明日奈!」」
取り巻き達が神楽坂に駆け寄る。
「うぅ……うぅ、痛いよ……」
神楽坂は腕を抑えながら泣きじゃくっていた。
その様子を冷めた目で雄一は見る。
「失せろ」
雄一は神楽坂達に冷たい視線を投げかけ、そう言い放った。
神楽坂達はは、怯えた表情で逃げるように図書館から出て行った……
白鳥を見ると、彼女は涙を流しながら放心状態になっていた。
「白鳥、大丈夫か?」
雄一は、優しい口調で白鳥に声をかける。
「えっ……あ……は、はい」
白鳥は弱々しい声で答えた。
「そう、ならいいけど……あいつらが言ったことなんか気にするなよ。白鳥は何も悪くない」
「……はい……」
白鳥は雄一の言葉に小さく答えた。
そして、何かを言いたそうに口を開いたが、それをやめたらしい……再び黙り込んだ。
「ん? 白鳥? 大丈夫か? 何か言いかけたみたいだけど?」
「い、いえ、その……ごめんなさい」
「いや、白鳥が謝る事なんて一つも無いよ」
そう言いって、白鳥にハンカチを差し出した。
白鳥は一瞬驚いた表情を浮かべたが……ハンカチを受け取った。
ハンカチを受け取った白鳥は、瞳から涙を流し始めた。そして……白鳥の泣きじゃくる声が図書館に響き渡った。
「うわわぁぁぁん!!」
白鳥は雄一のハンカチで涙を拭いながら、声をあげて泣いた。
そんな白鳥の頭を雄一は優しく撫でたのだった。
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