入校式
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今日はあと二話投稿予定です。
帝国歴3426年 春、帝都は桜の花が咲き乱れるお花見の季節を迎えていた。
そんな春爛漫な帝都に、突然、一報が舞い込んだ。
帝都郊外のとある森に巨大な穴が空いた。
その深さは1000メートルに及び、穴の底からは熱で溶けた大量の岩石が流れ出ている。
この大穴によって、帝国の経済を支える地下水脈がせき止められ、地下水を失った川は干上がってしまい、多くの農地が被害を被った。
さらに、この大穴によって山の中腹に作られた帝都の貯水施設も被害を受け、水道管が破裂して水が放水されたことで、街のあちこちで大規模な水害が発生してしまっていた。
そして、問題はまだあった。
貯水施設が破裂したことで、帝都に流れ込む水脈そのものが大穴でせき止められてしまっていたからだ。
そのため、地下水脈を失った帝都は水の循環を断たれてしまい、飲み水や電力などのインフラにも大きな損害を受けることになってしまったのだ。
これが帝国史上最悪の水害、帝都大災害の概要である。
帝国の歴史上最大の天災といわれるこの水害から、すでに1年が経過し、帝国歴3427年の春。
未だに復旧の目途は立っておらず、帝国経済は壊滅的な被害を被っていた。
突如発生した大穴は災厄だけなく帝国に恩恵をもたらそうとしていた。
この大穴には未知のエネルギー源、魔石の鉱床が眠っていたのだ。しかも、その埋蔵量は数百万から数千万トンにも上る莫大なものだった。
大穴の最下層には高濃度に圧縮されたマナが存在し、そのマナを浴び続けた動植物は、通常のものよりも遥かに高い能力を発揮するように変質していた。
マナを大量に含んだ水を飲んだ野生動物達は、通常よりも優れた成長と進化を遂げていたのだ。そして、その新たな生態系の動植物は魔生物と呼ばれるようになっていった。
そんな魔生物たちが穴から這い出し、帝国を襲うようになってから軍人たちは頭を悩ませていた。
中でもより一層の苦悩を強いられていたのは、帝国騎士団と呼ばれる組織に所属している者達だった。
彼らのここ一年の専らな仕事は魔生物の討伐であり、未知なる迷宮と化している大穴の調査である。迷宮での調査は熾烈を極め、命を落とす者も多くいた。そのため帝国騎士団は人員不足に陥っていた。
帝都の復興のため人手が足りていない状況下では、他の部隊が魔生物と戦闘を行ったり大穴に潜ったりする余裕などあるはずもなく、帝国騎士団の上層部は頭を悩ませていた。
頭を悩ませた上層部が導き出した結論は、帝国騎士団が士官学校を設立し、優秀な人材を育成し帝国騎士団へ送り込むことだった。
帝国の復興と、魔生物への対抗策として、新たな教育機関の構想が持ち上がったのだ。
帝国騎士団士官学校は急速に設立に向けて動き出し、わずか半年足らずで、帝国騎士団を養成するための教育機関が出来上がった。
その新たな教育機関は、帝都東部のとある場所に建設され、後に帝国軍の若獅子たちが集う名門士官学校と言われることになる場所となるのであった……
******
***
そんな新しい帝国の未来を担うことになる士官学校では、今まさに第1期生の入校式が行われていた。
数千人は収容できそうな広大な講堂に、入学したての少年少女たちが集まっていた。
その中の一人である、黒髪の少年は、緊張に身体をこわばらせていた。
少年の名前は榊原雄一。16歳。
雄一は平民出身であり、この士官学校に入学するべく、厳しい受験勉強を合格し、晴れて入校を果たすことができた。
帝国士官学校では平民出身は非常に珍しい。士官学校とういう存在は、基本的に貴族や軍人の子息女などの身分の高い者しか入学することができない、ごく少数の選ばれた人間にしか受験を許されない狭き門なのである。
雄一は平民出身でありながら、その狭き門を突破して入校を果たしたのだ。それは帝国騎士団士官学校が未知なる迷宮を攻略する人材を得るために、実力主義の徹底した教育方針を取っていたことも関係していた。
雄一が平民出身でありながら、帝国騎士団士官学校の入学を果たすことができた理由は、彼自身の能力の高さにあった。
彼は幼い時から祖父に鍛えられてきた剣技や体術、そして魔術よって、他の学生よりも頭一つ二つほど飛び抜けて優れた実力を有していたのだ。
さらに雄一は男である、と言う点も加味されていた。
というのも、帝国に限らずどこの国でも軍人とは魔力の多い女性がなることが多く、その魔力の多さによって、軍人として活躍しうるかが決まってくるのだ。
そして、男性よりも女性の方が人口は圧倒的に多く、比率で言うと人口全体では2割が男性であり、士官学校の入学者においてはその割合は1割を大きく下回ることとなる。
必然的に入校生の数は男性よりも女性が圧倒的に多くなってしまうのだ。
そにため雄一のような、男でありながらも成績優秀で魔力の量に優れた人材は貴重だった。
現に帝国騎士団士官学校には、男性で魔術を扱える人間は非常に少ないのだ。
雄一はそんな稀有な存在として、帝国騎士団士官学校の門を叩くことになったのである。
「諸君、入学おめでとう。私はこの帝国騎士団士官学校の校長を務める、六波羅薫である」
入校生達の前に並ぶ教官の中から一人、恰幅の良い女性が進み出て口を開いた。
その女性は黒と白を基調とした軍服を着ていた。そして、背中には大剣を背負っている。
「諸君はこれから、帝国騎士団士官として帝国軍に尽くし、この国を守る義務がある。そのためにも勉学に励み、自らを鍛え上げよ。そしてこの士官学校の教官達の指導の元、立派な軍人となることを期待する」
女性はそう挨拶をすると敬礼をした後、下がった。入学生達は、六波羅校長の演説が終わると、一斉に敬礼を行った。
こうして雄一は帝国の未来を担うことになる少年少女達と供に、帝国騎士団士官学校での生活を始めることになったのだった。
******
***
入校式を終えた雄一達は、これから一年間を過ごすことになる寄宿舎へと向かった。
帝都の中心部から東に離れた郊外に建てられた士官学校は、非常に大きな敷地を誇っており、その広大な敷地内には多くの建物が建ち並んでいた。
その敷地の中には、寄宿舎や訓練所、食堂などといった設備が整っており、帝国騎士団士官学校の学生達はここで寝食を共にすることになるのだ。
雄一はこれから同じ釜の飯を食うことになる仲間達と共にその歩みを進めるのだった。
そんな彼らの前には、それぞれの部屋へ向かうための通路が伸びていた。そして、その通路にはそれぞれの部屋番号が記されたプレートが掲げられていた。
そんな通路を雄一はキョロキョロとしながら歩き、自分の部屋を探していた。
(ええと、俺の部屋はどこだろう?)
雄一はそんなことを考えながらもキョロキョロと通路を見回した。しかしどのプレートも、雄一の部屋番号と違い迷っていた。
(ああ、困ったな……)
雄一は途方に暮れながらも、再びキョロキョロと辺りを見回した。
そして突然、一人の少女が前から歩いてきた。彼女は自分と同じ新入生だろうか、真新しい軍服姿のその少女は雄一とすれ違う瞬間、ピタリと足を止めた。
そして突然、彼女は雄一へ声をかける。
「貴方、何してるの?」
「えっ!」
突然声をかけられた雄一は驚き、飛び上がった。
そして、声をかけてきた少女に顔を向けると、そこには腹の出た、おかっぱの少女が立っていた。彼女は不思議そうに首を傾げながら雄一を見つめている。
すると突然、少女は何かを思いついたようにポンと手を叩いた。
「もしかして貴方も迷ったの?」
「え? ああ、そうなんだ……君も?」
「うん、そう。私もよ」
雄一が尋ねると、少女は笑顔でそう答えた。そして彼女はキョロキョロと辺りを見回すと、再び雄一へ顔を向けた。
「ねぇ、一緒に探さない? 貴方、同室の人も知らないんでしょう?」
「ああ……」
「じゃあ、一緒に探しましょ! 私の名前は神楽坂明日奈よ。貴方の名前は?」
「俺は榊原雄一だよ」
「そう、じゃあよろしくね、榊原くん! さぁ行きましょう!」
「え?」
雄一が名乗ると、神楽坂は笑顔でそう言い、彼の腕を引っ張った。突然腕を引っ張られ、面食らった。しかし、彼女の強引さに流されてしまう。
だが、神楽坂と一緒に部屋を探すことは無かった。なぜなら、二人が歩き出そうとしたその瞬間、どこからともなく現れた人物が声をかけてきたからだ。
「雄一! ダメじゃ無いか! そんな簡単に女子についていっちゃ!」
「え?」
二人を呼び止めたのは、雄一と一緒にこの士官学校に受験した幼馴染みの少女だった。
彼女の名前は香月怜那と言い、平民の出身であった。
彼女は艶やかな黒髪をポニーテールにして纏めており、凛々しい顔立ちをしていた。
そして、神楽坂に対して警戒心を露わにした怜那は腰から下げた刀に手を添えた。
そんな玲那を神楽坂はチラリと一瞥した。
「何よ、貴女。突然声をかけないでよ! ビックリするじゃない! それにブスは引っ込んでてよ!」
神楽坂は不機嫌そうな表情で怜那を睨みつけると、彼女へ抗議した。しかし怜那も負けじと睨み返す。両者はバチバチに火花を散らして視線を交わし合った。
「名門の神楽坂がどんなご大層な理由があって、雄一に声をかけたのか知らないけれど、これ以上雄一にちょっかい出すようなら、私が相手になるわよ!」
「ふん、平民出身のくせに貴族である私にそんな口をきくなんて、面白いわね。勝負してあげていいけど、後悔しても知らないわよ」
油ぎった顔を歪ませ神楽坂は怜那を挑発するように、鼻で笑った。
その言葉を聞くと、怜那は刀の鞘に手をかけた。すると神楽坂も腰に差した刀に手を添えた。二人の間に緊迫した空気が流れる。
「ちょっと、二人とも!」
「雄一は黙ってて! これは私とこの女の問題よ。それにこんな雑魚に私は負けないわ」
「ブスで平民のくせに生意気よ!」
瞬間、目にも止まらぬ速さで玲那が神楽坂との距離を詰めた。そして、腰の刀を引き抜くと彼女へ斬りかかった。
神楽坂は反応できず、玲那の刀が彼女の首へと迫る。
その刃が首に触れようとしたその瞬間、神楽坂は恐怖で顔を歪ませる。
そして神楽坂の首と胴体が切り離される寸前で、刃はピタリと止まった。
「これに懲りたら、雄一にもう二度と手を出すな」
玲那は冷たい声で神楽坂へ告げると、刀を鞘へと戻した。すると、神楽坂は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。その表情には恐怖が浮かんでいる。
彼女はガタガタと震えていた。その態度から完全に戦意を喪失していることがわかった。そしてそんな神楽坂を怜那は睨みつけた。
「分かったらさっさと去りなさい。次は本当にあなたの首をもらうわよ」
怜那が冷たくそう告げると、神楽坂は無言で何度も頷いた。それを確認すると、玲那は踵を返してその場を後にした。
そして、呆然と立ち尽くす雄一へ声をかけた。
「雄一! 何度も言ってるでしょ! 女は狼だって! 気をつけなくちゃダメよ!」
「いや、神楽坂は親切で一緒に部屋を探そうとしてくれただけだよ」
「雄一は騙されてるのよ! あの女、いきなり雄一の腕を掴んで、あんないやらしい目つきで雄一を見つめてきたのよ! 絶対に下心があったに違いないわ!」
「いや、さすがにそれはないだろう……」
まるで自分のことのように激昂する怜那を見て、雄一は苦笑いを浮かべた。
「とにかく! 雄一はもっと警戒心を持つのよ! わかった!」
「あ、ああ……わかったよ……」
「そう、ならいいわ。さ、行きましょ。それじゃ一緒に部屋を探すわよ」
「うん、ありがと」
こうして、雄一と怜那は二人一緒に部屋を探すのだった。
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