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Rの証明Ⅱ  作者: 蒼井ふうろ
3/3

「本当に小さいところですわね」

 駅に降り立った琴子の感想に、らあらも頷く。よく言えば閑静な、悪く言えば人気のないその駅の電光掲示板には「天川中央駅」と表示されている。町の中央でこの程度の規模であれば本当にこじんまりとした土地なのだろうと容易に想像がついた。

「お嬢様、霊山寺様」

 駅のロータリーまで降りたところで二人に声がかけられる。空色の軽自動車の前に立っているのは青垣だ。「ご無沙汰しておりますわね」と会釈する琴子とは対照的に、らあらは勝手知ったるという様子で彼女に歩み寄っていく。鈍く痛む頭を押さえつつ、琴子も青垣のほうへ近づいていく。

「遠路はるばるご足労いただきまして、ありがとうございます」

「いえ、依頼としてきておりますから……」

「本当にこのあたりって辺鄙だね」

「阿良々木!」

 歯に衣着せぬ物言いをするらあらを咎める琴子に対しても青垣は無表情で「お気になさらず」とだけ告げる。そして丁寧な所作で軽自動車のドアを開けると二人に手招きをした。琴子もらあらもそれに従って車に乗り込む。シートベルトを締め、車が発進したあたりでらあらが口を開いた。

「それで? 実際にどういうルートで回るかは決まってるの?」

「いえ、お嬢様や霊山寺様の見て回りやすいルートを取ろうと思い車を手配したのみです。小さな町なので車で一度ぐるりと回ろうと思っておりますが……その後の調査はいかがいたしましょうか。お任せいただけるのでしたら青垣がルートを組ませていただきますが」

 ふむ、と口元に手をやったらあらは琴子のほうを見て器用に片眉だけを上げてみせた。意図を組み、琴子は青垣に問いかける。

「青垣さんが組み込もうと思っていた場所をリストアップしていただけますか?」

「承知いたしました。まず被害者たちが収容されている天川中央病院、次に天川西公園では不審な人影の目撃情報がいくつかあるそうです。同様の不審人物の目撃場所として天川第一中学校前の歩道橋もございます。不審人物の目撃証言に関して聞き込みをなさりたいのであれば天川第一中学校に直接出向いてもよいかもしれません」

 すらすらと淀みなく答える青垣に内心舌を巻きながら、琴子は策を練る。比較的小規模な範囲での退魔依頼とはいえ、一から情報を収集するのはなかなか骨が折れる。最初から目的地が三か所あるというだけでもありがたい。さて、しかしどこから調査したものか。

 そんなことを考える琴子の横顔から目をそらし、らあらは駐車場から天川の街並みを眺める。ゆっくりと流れていく風景は初めて見るにもかかわらずどこか懐かしさのようなものを感じた。気になることとしてはそれが所謂ノスタルジーと呼ばれる感覚とは異なり、いやに実感を伴った懐かしさであることか。例えば「次に曲がる交差点の先にはクリーニング店がある」とらあらにはなんとなく分かる。分かるというよりは思い出されると言ったほうが適切な状況に少々めまいがした。

「……阿良々木?」

 琴子の声にはっと我に返る。どうやらそれなりの時間ぼうっとしていたらしく、車を路肩に停めた青垣もいささか不安げにこちらを見つめていた。

「あ、ああ、ごめん。眠いのかな、ちょっと眠気覚ましに水でも買ってくるよ」

「お嬢様、でしたら青垣が」

「いいよ、風浴びがてら行くからさ。ココはなんか飲みたいものある? ついでに買ってくるよ」

 半ば強引に車から降りるらあらに呆れたような顔をしつつ、琴子は「では紅茶を。ホットがあればいいですが、なければアイスで」と言葉を返した。言い出したら聞かないらあらの性格上、ここで下手に止めても仕方がないと判断したのだろう。青垣に対しても気にしないでくれ、という意味で片手を軽く振り、適当に歩き始める。

 少し歩いて車から離れたあたりでもう一度ぐるりとあたりを見回す。スーパーかコンビニ、もしくは自動販売機でもないものかと思ったがそれらしきものは見えなかった。先ほどの奇妙な既視感のようなものが使えないかと思い意識を集中してみたが、別段変わりはない。さてどうしたものかと頬をかいたとき、花のような香りと共に後ろに人の気配がした。

「あのう、大丈夫ですか?」

 少女の声。振り向こうとしたとき、一度視界が揺れた。勢い良く頭を動かしすぎてしまったのだろうか、目元を手で覆っているとやがてその感覚は落ち着いていき、改めて目をやるとそこにはやはり一人の少女が立っていた。長い黒髪を風にゆらし、制服と思しきポロシャツにチェックスカートを身にまとった少女はくりくりとした目でらあらを見つめている。先ほどの香りは少女から発されているもののようで、意識を向ければさらによく香った。

「あのー……本当に大丈夫です?」

 遠慮がちに声をかけてきた少女に頷けば、彼女はほっとしたように笑んだ。それからもう一度らあらをじっと見やると、「旅行客さん……とかですか?」と声をかけてきた。

「うんにゃ、仕事だよ。もっとも今は水が買える場所を探してうろうろしてるだけだけど」

「ありゃ。それならちょっと歩いたところに自動販売機がありますから、そこまで案内しましょうか?」

「いいの?」

「はい!」

 快活そうに笑った少女はこっちですよ、とらあらを誘導する。その後ろをてくてくと追いかけていると、少女は勝手にしゃべり始めた。

「何もないところでしょう? あたしは結構好きなんですけど、本当にこの町って娯楽がなくって。お姉さんもお仕事でもなければ来なかったんじゃないですか?」

「あー、まあそうかも。割と鄙びてるよね、ここ」

 よく喋る少女が若干面倒くさくなり、いつもの歯に衣着せぬ発言が飛び出す。さすがに初対面相手に言いすぎたかと思ったが、少女はそう取らなかったらしい。機嫌よさげにくすくすと笑い、らあらの前を歩く。少女の言う通り少し歩くと自動販売機が見つかった。自動販売機の前でくるりと振り向いた少女は「ではあたしはこの辺で」と言い、軽快に笑う。

「あぁ、ちょっと」

 立ち去ろうとした少女に声をかけると、少女はたいそう驚いた様子だった。しかし、おそらく声をかけた張本人であるらあらが一番驚いている。何を言おうと考えていたわけでもないのに咄嗟に口が開いてしまったせいで二の句が継げず口ごもるらあらだったが、少女はそれに文句も言わずその場に立っていた。

「いや……助かった。自分はこの辺に疎いから……ありがとう」

「……ふふ、いいえ。お姉さんが助かったのならよかった」

 口から出たのは何の変哲もないお礼。少女も多少拍子抜けしたようだったがそれを口にすることはなかった。それからくるりと踵を返すと軽い足取りで歩き始める。花の香りの少女は曲がり角の直前でもう一度振り向くとらあらに向かって小さく手を振り、視界から消えた。それを見届けて、らあらは自動販売機で水とアイスティー、アイスコーヒーを買うともと来たほうに歩き始める。

 歩きながらペットボトルのふたを開けて水を飲むと、ぼんやりしていた頭が晴れていくような感覚があった。自分で覚えがあるわけではないが、きっと疲れすぎていたのだろう。らあらはそう結論付けて空色の軽自動車に歩み寄っていく。

「お待たせ」

 窓をノックしてそう声をかければ資料を見返していたらしい琴子が顔を上げた。手に持ったアイスティーを揺らして見せればすぐにロックが開く。後部座席に乗り込みペットボトルを手渡したところで琴子がやや不機嫌そうに口を開いた。

「で、どこまで買いに行ったんですの? これ」

「え? いやそのへんの自動販売機だよ。親切な子が案内してくれてね。このあたりの学生なのかな、少しココに似た見た目の女の子だったよ」

「じゃあ随分話が長引いたとか?」

「いや、そういうわけでもないけど……え、ココ何か怒ってるの?」

 らあらの言葉に琴子は一瞬たじろぎ、それから額に手を当てて二、三度頭を振ると「そういうわけじゃないわ」と呟いた。

「あなたが出て行ってから三十分以上経っていたものだから。これ以上時間がかかるようなら青垣さんと一緒に探しに行こうとしていたのよ」

「三十分?」

 思ってもみなかった時間にらあらはぎょっとする。体感時間としてはどれほどかかっていても十分ほどだと思っていた。少女と話していた時間だって大した時間ではない。その反応を見て琴子も思うところがあったらしい。

「勘違いをしていた……と考えるにしてはずいぶんな反応ね」

「そこまで長距離を移動したわけじゃないし、相手の子とそんなに会話が弾んだわけでもなかった。自分が一番驚いているよ」

「……まあ、ここは民間人だけでなく退魔士も巻き込まれる事件が起きている町。嫌な言い方ですけれど、“私たちが被害者にならない保証”なんてものはありませんから。何か違和感があればすぐに共有してください」

 琴子の言葉が固さを帯びる。らあらはその言葉に先ほど感じた何かを言おうとして、僅かに首をひねり、口をつぐんだ。不審そうな顔をする琴子に曖昧な笑みを返す。

「何か気づいたことがあったら何でも言っていいんですのよ? マスターも言っていた通り、今回の件についてわたしはヒアリング以外で表に出ることはないですし、あなたの違和感を糸口に思考を巡らせるのが一番手っ取り早いんですから」

 琴子の生真面目な、それでいて心配そうな言葉に首を横に振る。

「……いや、別になんということはなかったや。大丈夫」

 頬を膨らませた琴子の頭を雑に撫でてから、青垣のほうへ向き直り、「とりあえず、天川中央病院に向かおうか。被害者周りの人間にヒアリングするところから始めよう」と指示を出す。青垣の短い返事と共に走り出した車の中でらあらはもう一度頭を振った。

何を言おうとしたのか忘れてしまうくらいのことだから琴子が心配しているような違和感など――きっとなかったはずなのだ。


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