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アンブレラ

作者: 去日苦多


 傘を開くと、雨が降ってきました。待ってましたと言わんばかりに、大粒の雨が僕の傘を叩いたのです。



 その日は、朝から心地の良いお天気でした。空はどこまでも青くて、雲一つ浮かんでいませんでした。日差しは柔らかく、葉っぱ一枚吹き飛ばせないくらいの弱い風が吹いていました。だから僕は散歩に出かけたのです。「こんな天気のいい日に家にいるなんてもったいない」と、なぜか僕はそう思ったのでした。

 僕は、今まで行ったことのない道ばかりを選んで、できるだけ迷子になるように努めながら散歩をしました。それが散歩の醍醐味だからです。道に迷わない散歩なんて、なにも面白くはありません。自分探しのために旅に出る人はいるそうですが、自分探しのために散歩に出る人なんていません。散歩は自分を無くしに行くものです。何も考えずに無駄に歩いて、自分を無くして空っぽになるために散歩に出るのです。

 そして、僕は道に迷ったのです。



 そこは見たこともない道でした。見たこともない家が並び、見たこともない花が咲き、見たこともない人が見たこともない犬を連れて歩いていました。そんな道をさまよっていると、僕は見たこともないお店を見つけたのでした。

 それは階段を登った上にありました。息を切らせないと登れないような長い階段でした。青い空に頭が突き刺さってしまうんじゃないかと思うくらい高いところに、そのお店はありました。

お店の中には若い店員さんがひとりだけいました。髪の毛の長い女性の店員さんでした。店員さんは、カウンターの椅子に座ってギターを弾いていました。聞いたこともない歌を、聞いたこともない声で歌っていました。僕はその歌を聴きながら、お店の中を見て回りました。


 狭いお店でしたが、小さな品物がたくさん並んでいました。そこにその傘はあったのです。なぜか僕はその傘を手に取ったのでした。とてもよく晴れた青空がすぐ目の前にあるというのに、僕は傘を手にしたのでした。

 それは、どこかで見たことがあるような傘でした。取っ手を握ってみると、いつだったか触ったことがあるような感触がしました。僕はそれを買うことにしました。会計をしようとレジの前で待っていましたが、店員さんはずっと歌を歌っているので、そこにお金を置いてお店を出ました。


 階段を下りている途中で、店員さんの歌が終わるのが聞こえました。歌声が聞こえなくなると、代わりに鳥の声が聞こえてきました。とても高くて細い声です。ソプラノリコーダーの上のミの音のような、今にも階段を転げ落ちてしまいそうな声でした。太陽は僕の真正面にありました。それが眩しかったので、僕は買ったばかりの傘を開きました。


 その途端、雨が降ってきたのです。


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