第四話 夜更け
その日の夕餉は、味がしなかった。
何時もならば政宗様と一緒に食事をする夕餉の時間は楽しいひと時だけれど、この日に限ってはそうでは無かった。
政宗様はどうなされるのだろう?
いや、あのお侍様も言っていた通り、断る理由がない。
この縁談話は政宗様にとっても良い部分しかない。
生涯の伴侶を得て、莫大な富も得る。加えて佐久間様のような格の高い方と一緒になるのは箔が付く。
そして、私のような不出来な女中に悩まされることもない。
「加奈……加奈!」
「え? は、はい! なんでしょう政宗様!」
「何でしょう、ではない。先程から呼んでいるのに、どこか上の空ではないか。ついでくれ」
空になった茶碗を差し出してくる政宗様。慌ててそれを受け取り、よそってお渡しする。
お渡しすると、直ぐにご飯を口へと運ぶ政宗様。
「うむ、美味い。加奈殿が炊いた飯は美味いな」
「……そう、でしょうか? 私などが炊いたものより、もっと美味しいものを他の方は炊かれると思います」
政宗様の箸が止まる。
「気にしているのか? 昼の出来事を」
「いえ、そうではありません……ありませんが」
どうしても、そう思ってしまう。
ふむ、と溜息にも似た一言を告げて政宗様は持っていた茶碗を置く。
「此度の縁談話、加奈殿はどう思う?」
「それは私に聞かれましても、お答えできません」
「意見を聞きたい」
「……良い縁談話と思います。政宗様と佐久間様ならばきっとお似合いであると思います」
「それは、本心で言っているのか」
「…………はい、そうです」
嘘だ。
本当は否定したい。行かないで欲しい。
けれど、そんな資格が私には無い。政宗様の事を一番に考えれば、私個人の気持ちなど捨て置いて構わない。
叶わぬものならば、望んではいけないのだ。
政宗様は、なるほど、と言って何か物思いに耽っていた。
「政宗様は、どうなされるのですか?」
自然と自分の口から言葉が出ていた。
分かり切った事を、何故聞いてしまったのか。毛筋ほどの希望を私は抱いてしまっているのか。
「ふむ、実は――――」
「いえ! 申し訳ありません! 過ぎたことを聞いてしまいました! この事は忘れてください」
聞きたくない。
自分の食器を片付け、逃げるようにしてその場から離れて行ってしまった。
自室に戻った私は、部屋にある荷物を纏める。
政宗様と佐久間様の縁談が終われば、優れた女中が沢山いる佐久間様の場所では私はお払い箱になる。だから、直ぐにでもここから離れられるように支度をしておく。
ここに来てから幾らか政宗様から頂いた物もあるが、それは置いていこう。見るだけで、辛くなるから。
縁談が進むまでの間だけ、もう少しだけここに居られるのが嬉しい。
短い幸せを私は嚙みしめていた。
☆☆
その日の夜は寝付けなかった。
今までこんな事は無かったけれど、考え事が多くて目が覚めてしまっていた。
落ち着かないので、夜風に当たろうと部屋を出て縁側の方へと向かう。
今夜は雲一つない満月の為、十分な視界は保たれている。
ギシギシ、としなる板張りの床を歩きながら縁側へ辿り着くと、思いもよらぬ先客がいた。
「……政宗様?」
縁側に腰かけ、中庭を見つめる政宗様がいた。
声に気づいて政宗様が私の方を見る。
「加奈殿。こんな夜更けにどうした?」
「私は少し寝つけなくて、夜風に当たりに参りました。政宗様こそどうしたのですか?」
「同じようなものだ。中々寝れなくてね」
夕餉の時の事もあり、私は気まずかった。
政宗様の方もあのような事があったのだから、私にはお会いしたくないだろう。
邪魔にならぬよう、直ぐに自室の方へと帰ろう。
「そうでしたか。では、私はこれで……」
「待ってほしい。少し、話をしないか?」
政宗様は座っている位置から少し横にズレ、一人分の幅を縁側に作ってくれる。
一瞬、躊躇したものの、他ならぬ政宗様のお願いであれば、聞く以外には無かった。
空いた一人分の場所に座り、私は政宗様と肩を並べて座る形になる。