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第4話 不名誉除隊

「何で、マーサが不名誉除隊なのですか!」

 宇宙巡航艦ペルセウスの狭苦しい兵員室で、私は多分二〇歳以上も年上のリヒャルト・リシャーネク軍曹に食って掛かっていた。お互い、ロボットのような装甲強化宇宙服姿ではなく、白いジャージ姿だ。

 リシャーネク軍曹は目が細く頬のこけたシャープな印象のベテラン下士官で、仕事にはとても厳しいが、常識的で部下思いであることを私は知っていた。そうでなければ、こんな口は利かないだろう。

 そして、私の憤りは他の兵も共感するところだった。

「お嬢ちゃんの言う通りだ。無罪放免ってわけにもいかないだろうが、ちょっと営倉にぶち込むだけで、いいんじゃねぇのか?」

 近くにいた赤ら顔の古参兵が援護射撃をしてくれた。

 兵員室には十九名の兵隊と下士官がおり、みんな姿勢を正してオリンポスシティで起きた事件の顛末について、リシャーネク軍曹から説明を聞いていたところだった。

「スコット、お前は黙ってろ! いいかイングラム二等兵。軍隊において、戦場で上官の命令に背き銃口を向けるなんざぁ、その場で射殺されても文句が言えない重罪だ。だから、銃殺刑にならなかっただけでも儲けもんなんだよ」

 リシャーネク軍曹は赤ら顔の古参兵に剃刀のように鋭い視線を向けると、私には苦しそうな表情を微かに浮かべながら丁寧に説明してくれた。

 軍曹はいい人なのかもしれない。でも、私は『はい、そうですか』と納得する気にはならなかった。

「あの時の彼の行動は間違っていないと思います。非武装の市民を虐殺するなんて軍人としてあるまじき行為です。彼は私たちにそれを思い出させ、さらなる汚名から救ってくれたんです!」

 あの後も少なくない民間人に死者が出たが、少なくとも群衆に向かって電磁誘導ライフルの引き金を引く者はいなくなった。あのレンバッハ大尉でさえ。

「それでも、上官に、仲間に、銃を向けちゃあダメなんだよ!」

「マーサは隊長を撃つつもりなんか、ありませんでした!」

 そのつもりなら、とっくの昔に隊長は死んでいる。

「他にやりようがあったはずだろ!」

 軍曹の指摘は正鵠を得ていたが、だからといって酷すぎる。

「不名誉除隊になった軍人は全ての公民権を剥奪されてしまいます。選挙権もなくなるし、公職に就くこともできません。いえ、それどころか、まともな仕事に就くことはできないでしょう。不名誉除隊の履歴は消えないんですよ! 地球人として、まともな市民としては半分殺されたようなものじゃないですか!」

 私は完全にヒートアップしてしまった。できたら私もマーサと同じように処分されたいと心の中で思っていたのかもしれない。

「だが、奴は少なくても生きている。イングラム二等兵、君のおかげでな。あの時、君がマツダイラ二等兵の装甲強化宇宙服に体当たりし、ジェネレーターを破壊して動作不能に追い込まなければ、きっと、レンバッハ大尉に射殺されていただろう。部下を死なせずに済んで、俺は君に感謝している」

 私は無礼の限りを働いたのに、リシャーネク軍曹は声のトーンを落として、優しく私に語りかけた。なんてズルいんだろう。私の両目に熱いものがこみあげてきた。

「そんなこと……、きっと、マーサは私のことを恨んでます。私は……」

 私はそれ以上、言葉をつづけることができず、顔を覆って、自分の寝袋に駆け込んだ。

 私の隣には私と同年代の優しい顔をした男の子がいたはずなのに今は誰もいなかった。

 彼は、この艦に乗ることが許されず、身一つでオリンポスシティに置き去りにされた。

 かわいそうなマーサ。嗚咽を漏らさないように寝袋の中で声を押し殺していると、微かに艦内放送が聞こえてきた。

「第二パトロール艦隊司令ジェラルド・ジスカールだ。オリンポスシティにおける諸君の奮闘に心から感謝する。諸君の活躍でオリンポスシティにおける暴動は鎮圧された。政府からも高く評価されている。謝肉祭の休暇は中止になってしまったが埋め合わせをさせてくれ。こんなものでは不足だと思うが、とりあえず夕食にはベルギービールをつけておく。今日はゆっくり休め」

 大人はズルい。きっと、あの事件を手柄に出世する人もいるのだろう。それに比べて人間として正しいことをしたマーサは、軍隊に捨てられ、社会から抹殺されてしまった。

 できたら、もう一度マーサと会って話したい。そして、あなたは立派だったと伝えたい。

 目頭が熱くなり、涙で視界が歪んだ。

 私は自分で作りだした闇の中で、グルグルといつまでも同じことを考えていた。


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