第31話 終劇
「なあ、マサヤ、あの、イザベルって子、仲間にしちゃえばよかったんじゃないの?」
宇宙輸送船オフィーリアのエアロックでヘルメットを脱ぐと、ダニエルが開口一番そう言った。
「何のこと?」
僕とダニエルは無事にオフィーリアに乗り込むことに成功していた。
「内緒話のつもりだったんだろうが、彼女の方はオープンチャンネルの無線通信を切り忘れていたんだよ」
だとしても、他人のプライベートな会話に聞き耳を立てるなんて悪趣味な奴だ。
「ダメだ。彼女は日の当たる場所にいるべき娘なんだ」
正義感の強い彼女に、非合法組織は似合わない。
「でも、お前、一緒にいたいんだろ」
図星だった。しかし、やりたいことと、やるべきことの区別くらいはついている。
それに、僕には釈然としないことがあって、素直にダニエルの進言を聞き入れる気にはならなかった。
「ずっと、不思議に思ってることがあるんだ」
「なんだ、急に」
声のトーンが変わった僕に、ダニエルは警戒の色を浮かべた。
「ダニエルは何時から火星解放戦線のメンバーなの?」
「はぁ? ここの連中に知り合ったのは小惑星アエトラに来てからだけど」
「そう言うだろうね。僕が知りたいのは、ここの連中と知り合ったのはいつからか、じゃなく、いつから、火星解放戦線のメンバーなのかだよ」
「何、言ってんだお前、おんなじじゃないか」
動揺しているらしいことが微かに感じ取れる。
「そういうのは、もう、なしにしようよ。僕はもう地球の仲間の下には帰れない。監視する必要はないんだよ」
僕はじっとダニエルの瞳を見つめた。
不敵な面構えのダニエルに弱気な表情が浮かび、僕から目をそらした。
「何で、わかった?」
「ダニエルは、すぐ顔に出るからな。君の仕事は火星解放戦線のスカウトなんだろ」
「驚いたな。いつから気付いたんだ?」
「徐々にかな。普段グータラしてるくせに、パトロール艦隊の通信にはテキパキ答えたり、君が在籍しているダミー会社がいろいろ胡散臭かったり、僕の動きを監視するようなそぶりを見せたり、地球連邦宇宙軍とつながっていないかカマをかけてみたり」
「思ってた以上にすげえな。鋭いよ」
ダニエルが、時々、罪悪感にかられたような表情を見せていたのは、これが原因だった。
「この基地で、君の素性を知ってたのは、誰?」
「キャプテンだけだ。他の連中は知らない」
「そうか……ねぇ、ひとつお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
何の躊躇もなく、無防備なダニエルの顎に僕は右ストレートを叩き込んだ。
「一発殴らせてくれない?」
「そういうことは殴る前に言えよ!」
ダニエルはよろけながら、声を吐き出した。
僕の右ストレートをまともに食らっても、ダニエルは痛そうに顎をさすっただけだった。
でも、それで僕は気が済んだ。
「殴って悪かった」
「いや、一発で済めば安いもんだ」
「よかった。お二人とも無事で……どうしたんですか? 顔が赤いですけど」
「何でもねぇ」
僕とダニエルが中央制御室に入ると、ノーラが笑顔で出迎えてくれた。
ダニエルの顎が赤くなっていることを目ざとく見つけ、少し心配そうな表情を浮かべる。
今は赤いが後で青あざになるかもしれないなと思いながら、僕はコメントを控えた。
「あの、聞いてください! マクベスの乗組員は全員無事だったんです」
「はぁ?」
ノーラの口から何の前振りもなく、都合のいい発言が飛び出してきた。
それが本当なら、ノーラが満面の笑みを浮かべているのもうなづける。
もともと、あまり感情表現の豊かじゃない娘で、いつも真面目な表情を浮かべていた。
そして、ステルス戦闘艦マクベスが撃沈されてからは明らかに感情を押し殺していた。
僕はノーラの今の表情を眩しく思った。前から美人だとは思っていたが笑顔の彼女は格別だ。
「今、小惑星アエトラの表面で助けを待っているんです」
宇宙巡航艦ペルセウスの攻撃を受けて四散する直前に、脱出に成功したということなのだろうか。激しい爆発が起こらなかったのも幸いだったのだろう。
想い人が無事で再会が叶うとなると、女性はこんなにきれいになるのかと、二人の関係を、キャプテン・ノルデンフェルトをうらやましく思った。
「本当に、ありがとうございます。あなたは私たちの英雄です」
ノーラは僕とダニエルに握手を求めた。
「特に、マサヤさん、あなたには心から感謝します」
そう言うと、ノーラは僕を力強く抱きしめた。
ノーラの柔らかい胸の感触と温かい体温が、僕に伝わり、僕は激しく動揺した。
「あ、いや、それはよかったね」
不覚にもドギマギしてしまった。こんなことではイザベルにあわせる顔がない。
それに、彼女の想い人はキャプテンだ。僕なんかが入り込む隙間は、きっと一ミリたりともないに違いない。
「はい、さっきは、もう兄には会えないのかと思ってしまいました」
「兄?」
なんだ? 兄って誰なんだ?
「はい、キャプテンは私の兄ですが」
ノーラは怪訝そうな表情を浮かべた。
兄妹……、あの親密な様子は、そういうことだったのか。
「なんだ、お前、気づいてなかったの? そこらへんはダメな奴なんだな」
顎をさすりながら、なぜかダニエルは勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
僕は自分の顔が火照っていることに気が付いた。
「ところでキャプテンたちをピックアップしたら、僕たちはどこに向かうの? 火星?」
「いえ、地球連邦宇宙軍の目が厳しいので火星には向かいません。もう一つの資源採掘拠点、小惑星ウルジーナです」
きっと、そこでも地球連邦宇宙軍との戦いが待っているのだろう。
こうして、僕の火星解放戦線のメンバーとしての新しい生活が始まった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。