第30話 再会、そして
「マーサ? マーサなの?」
感情に任せて怒鳴った僕に、イザベルが通信機で呼び掛けていた。
声だけでなく、発言内容でイザベルは確信を抱いたのだろう。失敗だった。
「マツダイラなのか? あいつ」
オープンチャンネルの無線通信の中に、そんなつぶやきが溢れた。
「隊長、彼らは丸腰です。拘束して公正な裁判を」
「また、貴様か!」
イザベルの進言に、レンバッハ大尉は思い切り不機嫌になった。
「私たちは、法と正義の守護者として……」
そう、イザベルは誰よりも正義感が強かった。
「何を甘っちょろいことを言っている。貴様らの命を預かる人間として、間抜けな判断は出来ないんだよ!」
「しかし、隊長」
リシャーネク軍曹もイザベルをフォローしようとしてくれた。
「軍曹、戦場では俺がルールブックだ。俺に従ってもらうぞ」
「そんな……」
リシャーネク軍曹は押し黙り、イザベルは声を震わせていた。
「どれ、まずは貴様の未練を断ち切ってやろう」
レンバッハ大尉は電磁誘導ライフルの銃口を宇宙輸送船オフィーリアに向けた。
さすがに一撃で撃沈はないだろうが、装甲車両を破壊できるのだ。装甲の脆弱な輸送船の気密を破るくらいはできるだろう。
「やめてくれ!」
僕は両手を広げ、後方に下がりながら飛び上がった。
微弱重力の環境ではビックリするくらい高くジャンプできる。
僕の目的は、僕の身体で電磁誘導ライフルの射線を遮ることだった。
「無駄だ!」
レンバッハ大尉が構えた電磁誘導ライフルの銃身に蛇のような電光が絡みついた。
彼に攻撃を躊躇する素振りは全く見られなかった。
「マーサ!」
イザベルが僕を追って飛びあがった。
レンバッハ大尉の射線から、僕を守ろうとしているらしい。
「ダメだ。イザベル!」
僕は叫んだ。
イザベルの背後で銃を構えるレンバッハ大尉は、銃撃する気満々にしか見えなかった。
「やめてください! 隊長!」
リシャーネク軍曹がレンバッハ大尉の横から駆け寄ると、僕に向いていた銃身を握り、上に向けた。
銃弾が発射され、炸裂弾が宇宙港の天井で爆発した。
「邪魔だ!」
レンバッハ大尉は怒声を発し、銃身を握ったリシャーネク軍曹を強引に振りほどいた。
なおも銃撃を阻止しようと大尉に迫る軍曹に向けて、レンバッハ大尉は電磁誘導ライフルの引き金を引いた。
「軍曹!」
兵たちの叫び声が通信内を交錯した。
軍曹はヘルメットを粉砕され、後方に向かってゆっくりと倒れていった。
そして、レンバッハ大尉の銃口は、改めて僕に向けられた。
イザベルが僕に抱きついた。
そして、力を入れずに優しく僕を包み込む。
何があっても僕を守るつもりらしい。
僕は言葉で言い表せない幸せを感じていた。
「やるぞ!」
無粋なダニエルの声が僕を現実に引き戻した。
次の瞬間、コンテナが爆発した。ダニエルが起爆装置のスイッチを押したのだ。
レンバッハ大尉の左右から、金属の塊が十字砲火のように殺到した。
金属の塊同士が衝突し、一瞬にして細かい金属片に粉砕される。
何名かの装甲擲弾兵たちは粉塵の中に紛れた。
そして、コンテナの中心にいたレンバッハ大尉の姿は、金属の塊に覆いつくされ、視界から完全に消えていた。
「オフィーリア、発進だ!」
ダニエルの大声が通信機から流れてきた。
視線を左右に巡らせると、ダニエルは僕よりも高く飛び上がっていた。
「イザベル、ありがとう」
通信機は使わなかった。宇宙服の振動を利用した内緒話だ。
「えっ?」
「あの時も、そして、今も。君は僕の命の恩人だよ」
あの時というのは、謝肉祭の惨劇で僕がレンバッハ大尉に射殺されそうになった時、とっさの機転で僕を叩きのめしてくれたことだ。
「ごめんなさい。あの時は余計なことを。私、ずっと謝りたかった」
「いや、君は正しかった。おかげで僕は死なずに済んだ。ずっと言いたかったんだ。ありがとうって」
心に抱えていた重い荷物が一つ減った。僕はなんだか嬉しくなった。
「ねえ、お願い。帰ってきて」
彼女は、どこにとは言わなかった。
当然、軍隊にはもう帰れない。イザベルが言ったのは違う意味だ。
それがとても嬉しかった。でも、悲しかった。
僕は、もう後戻りすることはできなかった。日の当たる世界にはいられないのだ。
「ごめんよ、イザベル」
僕は、イザベルが僕をきつく抱きしめていないのをいいことに、両足を胸元まで引き寄せた。
「えっ?」
そして、彼女の装甲強化宇宙服の軽く曲がった両膝を踏み台に、ジャンプした。
僕は彼女の両腕からするりと抜け出して、さらに高く舞い上がる。
一瞬、どうしたらいいのか、イザベルはわからなくなったんだろう。
呆然と僕のことを見送っていた。
高く舞い上がった僕の足元スレスレに輸送船オフィーリアの船首部分が通りかかった。そして、イザベルはオフィーリアの陰に隠れて見えなくなった。




