第3話 惨劇
事態は急を要したので、僕たちは背中のロケットエンジンを作動させ、脚部のローラーで高速走行を行った。ロケット推進のローラースケートをしているようなイメージだ。
装甲強化宇宙服のヘルメット内部には、装着者の脳波を拾って推進装置や通信装置を制御するシステムが組み込まれており、そいつを使ってエンジンの出力を調整する。
移動速度は時速三〇キロほど。推進剤がもったいないが仕方ない。
オリンポスシティのメインストリートは片側三車線の立派なもので、道路の両側は味気ない白く塗装された合成建材の建物が見渡す限り続いていた。
道行く人はほとんどおらず、時折、歩道の隅にしゃがみ込む貧しい身なりの子供や火星の貴重なタンパク源であるコオロギの量り売りのリアカーを引いた老人、酒瓶らしきものを抱えた浮浪者の姿などが目に入った。そして所々にゴミが散乱している。貧困層が多い街の典型的な情景だ。
偵察用ドローンからの情報によれば、暴徒たちはオリンポスシティの行政府の建物を取り囲んでいるようだ。
行政府の防衛任務に就いている駐留部隊の要員は約五〇〇名で、すでに暴徒鎮圧用の音響兵器も放水車両も機能していない。そんな状況で、まだ死者は出ていないのは、ある意味奇跡だ。
「三〇〇メートルほど先、行政府の建物です」
ドローンからの情報を分析していたリシャーネク軍曹の声が通信機から聞こえてきた。
レンバッハ大尉に注意喚起をしたのだろう。
「よし、行政府の建物を起点にデモ隊を半包囲する。総員散開。さっさと終わらせて冷たいビールといこうや!」
「サー・イエス・サー!」
レンバッハ大尉の指示に隊員たちがそろって応答する。
敵を前にして密集隊形をとらずに散開するのは、確かに装甲擲弾兵の戦い方だった。敵の砲撃や爆撃で全滅することを回避するためだ。
しかし、僕は猛烈な不安を胸に抱いた。僕たちは同レベルの装備を有した軍隊を相手に戦う訓練は重ねていたが、暴徒鎮圧のための訓練などはやったことがない。まさか、人間に向かって電磁誘導ライフルの引き金を引くわけにもいかないだろう。
そんな事をウジウジ考えていたら、黒い鉄製のフェンスで囲まれた荘厳なデザインの白亜の建物と灰色の煙に霞む群衆の姿が見えてきた。
『俺たちは地球の奴隷じゃない』
『地球人、ゴーホーム』
『公平な富の分配を!』
そんなことが書かれた横断幕が黒いフェンスを取り囲んでいた。
フェンスを背に透明なポリカーボネート製の大きな盾をビッシリと並べ、必死で群衆を押し戻そうとしている駐留部隊の姿も目に入った。彼らはオーソドックスな暴徒鎮圧用の装備だ。
群衆は行政府の門のすぐそばまで迫っていた。
ぱっと見には暴動というよりも大規模なデモのようにも見える。
てんでバラバラに暴れているわけではなく比較的秩序だっており、理性が感じられた。
「暴動の参加者たちに告げる。ただちに解散せよ!」
門の近くに到着するなり、レンバッハ大尉が装甲強化宇宙服に内蔵された拡声器を使用して、大音声で群衆に呼び掛けた。
僕たちは、かねての指示通りに、素早く間隔を開けて群衆を取り囲んだ。
逃げ道を塞ぐような愚かな真似はしない。片側にはちゃんと逃げ道は空けてあった。
一部の群衆は僕たちの意図したとおり、禍々しい姿の装甲擲弾兵の群れに恐れをなして大きく後退した。
みんながみんな、おとなしくしてくれれば良かったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「帰れぇ」
案の定、アジテーターの大声が響き、タチの悪い伝染病のように、そのセリフが広まっていった。そして、リズムを伴ったシュプレヒコールへと変化していく。
「帰れ! 帰れ! 帰れ!」
大合唱が始まった。
改めて周囲を見回すと、行政府の前は、見渡す限り、人、人、人だった。
巨大なサッカースタジアムや野球場が満員になるような規模の人数だ。
拳を突き上げる若い男、何か叫んでいる中年の女、『地球へ帰れ』と書かれた旗を振り回す中年男性、よせばいいのに小さな子供を抱いた若い母親もいた。
呆然と彼らの様子を眺めていると、装甲強化宇宙服に石がぶつかる音が響いた。かなりの衝撃だ。素手で投げているのではなく、スリングショットのような簡易投石機を使っているに違いない。
しかし、どこから投石しているのかよくわからない。装甲強化宇宙服を着ているからいいようなものの、通常装備なら大けがだ。
「ふざけやがって」
誰かのつぶやく声が通信機越しに聞こえてきた。
「もう一度だけ警告する。五秒以内に解散しろ」
レンバッハ大尉が外部スピーカーのボリュームを上げた。
しかし、大地を揺るがすようなブーイングとともに投石が激しくなった。
「ちっ」
無線通信機に舌打ちの声が聞こえた。誰のものかはわからない。
「5、4、3」
嵐のような罵声を外部マイクが拾っていたが、レンバッハ大尉はカウントダウンを継続した。誰もその場から立ち去ろうとしない。みんなどうするつもりなんだろう。こちらも、このままでは引っ込みがつかない。
僕は緊張のあまりつばを飲み込んだ。
「……2、1、0」
カウントダウンは終わったが群衆に全く動きはなかった。
「リシャーネク軍曹、暴動の首謀者の位置はわかるか?」
無線通信機がレンバッハ大尉の声を運んできた。
良く響く、不気味なほど落ち着いた声だった。
「残念ながら、特定できません」
予想通りの答えだ。暴徒たちは軍隊みたいにハッキリした指揮命令系統で動いているわけではない。アジテーターはいるだろうが、それがリーダーとは限らない。
しかも、上空からの映像を見ただけで、誰がアジテーターかなど、なかなかわかるものじゃない。
次に聞いたレンバッハ大尉の声は通信機ではなく、外部スピーカーから聞こえてきた。
「警告はした。遊びの時間は終わりだ」
レンバッハ大尉は電磁誘導ライフルの銃口を空に向けた。
銃身に小さな蛇のような電光が光った。発砲に火薬を使用しないので銃声はしない。
しかし、上空で耳を聾するような炸裂弾の爆発音が轟いた。
群衆は思わず耳をふさぎ、しゃがみ込んだ。
「解散だ! もたもたしてたらミンチにするぞ」
脅しとは思えない狂気に満ちたレンバッハ大尉の大声が響いた。
僕の心の中で、どんどん不安が拡大していく。
「やってみろ!」
若い男の声が聞こえ、レンバッハ大尉の装甲強化宇宙服の表面で火炎瓶が砕けた。
可燃性の液体がレンバッハ大尉の上半身を覆い、赤い炎が燃え上がった。
あんな程度の炎では装甲強化宇宙服の中の人間にダメージを負わせることなどできはしない。しかし、中の人間の理性を壊すには十分なはずだ。
嫌な予感は頂点に達した。
「そこか!」
周りが止める暇はなかった。
投擲を終えたフォームのまま、会心の笑みを浮かべていた若い男は、炸裂弾の銃弾を浴びて文字通りミンチになった。鮮血と肉片があたりに散乱し、赤くまだらに路上を染める。
群衆に向けての発砲なので、当然彼一人ではなく周囲の人間が何人も巻き添えになった。
片足を失ったじいさんに、頭から血を流すおばさん。
悲鳴と怒号が広がった。
群衆たちはパニックに陥った。
しかし、その動きは単純ではなかった。
恐怖にかられ我先に逃げようとする者と、怒りに燃えて僕たちを攻撃しようとする者に二極化したのだ。
「総員、攻撃! 歯向かう者には容赦するな!」
レンバッハ大尉の怒声がヘルメットの中でこだました。
悪い夢を見ているようだ。
誰かがこちらに火炎瓶を投げようとしている若い男に向かって発砲した。
火炎瓶が男の上半身ごと砕け散り、可燃性の液体が周囲に飛び散って、辺りは火の海になった。悲鳴と叫び声が幾重にもこだまする。
頭から血の気がひいて、僕の体温が何度か下がったようだ。
自分がどうしたらいいのかわからない。
呆然と周囲を見回していると、若い母親が腰を抜かしてしゃがみ込んでいるのが目に入った。
母親の腕に抱かれた三歳くらいの男の子が空を仰ぎ、泣き叫んでいる。小さくて、儚くて、無垢な命。僕が一番、守りたかったもの。
僕の心の中で、今の地獄のような情景に過去の自分の記憶が重なった。
泣いているのは僕だった。
そして、泥だらけ汗まみれになった若い兵隊さんが『坊主、ごめんな』といいながら、僕と一緒に泣いてくれた。
僕は、あの時誓った。僕も大きくなったら、弱い人を助ける立派な兵隊になるんだと。
気がつくと、頭に血が上り、身体に凶暴な力が漲っていた。
「何、やってるんだ!」
僕は叫んでいた。
そのセリフは、レンバッハ大尉に向けたものであるかもしれなかったし、僕自身に向けたものであるかも知れなかった。
推進装置の出力を全開にして、僕は子供の前に移動していた。
「もうやめてください! 相手は銃を持っていません!」
なんでそんなことをしてしまったのか、よくわからない。他にも、やりようがあったはずだ。
しかし、僕は子供と母親を背中に庇い、レンバッハ大尉に電磁誘導ライフルの銃口を向けていた。
「何をしている!」
大尉の怒気をはらんだ声が僕に向かってたたきつけられた。
周囲ではなおも混乱が続いている。
「丸腰の人を相手に銃撃なんて!」
興奮していた僕は、なおも口から泡を飛ばして大尉に反抗した。
「ダメ! マーサ」
通信機が切迫したイザベルの声を運んできて、僕の言葉を途中で遮った。
「この期に及んで貴様は! 腰抜けは引っ込んでいろ」
大尉は低い肉食獣のうなり声で、僕を恫喝した。
しかし、背中に隠した小さな命を大尉に差し出すわけにはいかない。
「嫌です!」
レンバッハ大尉の電磁誘導ライフルの銃口が僕の胸に狙いを定めた。
無言なのが逆に不気味だ。
「やめてください! 大尉」
リシャーネク軍曹がとりなしてくれたのは意外だったが、レンバッハ大尉が銃を下ろす気配はない。それも当然だ。僕が大尉に銃を向けたままだからだ。
「マツダイラ二等兵、貴様を指揮官権限で処断する」
感情を押し殺し、大尉は厳かに宣言した。
戦闘中の命令違反は重罪だ。上官に銃を向けることも。
僕はようやく、この場で射殺される可能性に気がついた。
自分が助かるために、僕が先に引き金を引くという選択肢もあったのだろうが、小心な僕はそれができなかった。
きっと、このまま殺される。
女手一つで僕を育ててくれた母親に、とんでもない迷惑をかけることになってしまった。
「マーサのバカ!」
聞き慣れたイザベルの声とともに、白いビーグル犬のパーソナルマークが視界に入った。
続いて、凄まじい衝撃が僕の脳みそを頭蓋骨の中でシェイクする。
ヘルメットの中の全周モニターが光を失い、全ての音が聞こえなくなった。
僕が意識を失ったのか、それとも装甲強化宇宙服が機能を停止したのか、判然としない。
ひょっとしたら両方だったのかもしれない。いずれにしても僕は闇と静寂に包まれた。
その後のことは、よく覚えていない。




