第29話 二人の思い出
「ねえ、なんで軍人になったの?」
それは宇宙巡航艦ペルセウスに配属されて、すぐのことだった。
私が例によって壁からミノムシのように寝袋でぶら下がり、周囲の様子をうかがっていると、私と同じ二等兵の隣の若い男の子が、ゴーグルに何かを映し出して黙っていた。映画かマンガを見ているのだろうが、あまりに暇で手持無沙汰だったので、挨拶がてら話しかけてみることにした。それが、マサヤ・マツダイラ、マーサとの最初の会話だった。
「ん?」
突然、女の子に話しかけられて、うまくリアクションできず、マーサは、ちょっと間抜けな表情を浮かべた。うぶでかわいい。
「なんか、他の人と違って、おとなしそうな小動物みたいだからさ、なんでかなーって、それとも見た目と違って、俺は後世に名を遺す英雄になるんだって野望を胸に秘めてるとか? 実は銃器マニアで電磁誘導ライフルを撃ちたかったんですよ~とか?」
とっても話しやすかったので、びっくりするくらい滑らかに言葉が口をついて出た。
おまけに一人前の男子に向かって小動物とか、今になって思えば失礼千万だ。
確かに彼は小柄だったが、私は彼よりもさらに小柄だったのだ。
「英雄になるのが目的だよ」
「へえ」
意外だった。
言ったのは私だけど、まさか本当にそう思っているとは思わなかった。
「嘘だよ」
「えっ、嘘なの?」
私は大きな目をさらに大きく見開いた。
からかったつもりなのに、知らないうちにからかわれてしまったらしい。
それに、見た目は無害な小動物っぽいけど、声はよく響く澄んだいい声だ。
ちょっと、好みかも。
「確かに戦記ものが大好きで、今もユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の『ガリア戦記』を読んでたけど、僕自身が英雄になりたくて軍人になったわけじゃないよ。もし、そうなら何としても士官学校を出ないとね」
話の前半はマニアックで、歴史オンチの私には何を言ってるかわからなかったが、話の後半はよくわかった。
士官学校を出た人間は一般兵にはならず、すぐに指揮官になる。
私たちみたいに一般兵から始めたら、凄いおじさん、おばさんになってから、ようやく小さな部隊の指揮官になれるかなれないかだ。
「じゃあ、なんで軍人になったの?」
最初は面食らったけど、彼とは妙に会話の波長が合った。
いや、私が勝手にそう思っただけで、彼は誰とでも会話の波長が合うのかもしれない。
「僕の生まれた地域は、極東アジアでね」
「ふんふん、それで?」
「地震とか台風とか、とにかく自然災害が多いんだ」
「ああ、あの火山列島に住んでたんだ」
年中、地震が起きるらしい。私にはちょっと想像できない。
「うん。それでね。災害が起こると必ず軍人さんが助けに来てくれるんだよ」
「まあ、そういうときは駆り出されることが多いわよね。地上部隊は」
「僕が小さいころ台風に伴う集中豪雨でね。自宅の裏山が崩れちゃったんだよ」
「わぁ、大変」
会話のテンポがよくて、話していて楽しい。
「僕の住んでた家もつぶされちゃってさ。お父さんが生き埋めになっちゃったんだ」
「えっ」
それまでの明るい気持ちに冷や水が浴びせられた。
「そしたら兵隊さんたちがいっぱい来てくれてね。スコップで一生懸命掘ってくれたんだ。夏の暑い時だったんで汗まみれになりながらね」
「あの、お父さんは……」
訊かない方がよかったかも知れないのに、思わず訊いてしまった。
「兵隊さんたちが頑張って掘り出してくれたんだけど、死んじゃってた。そしたらね、若い兵隊さんが泣いてくれたんだよ、僕と一緒に。坊主、ごめんなって言いながら」
マーサの目は涙でにじんでいた。声も少し震えている。
「だから、僕は、その時思ったんだ。僕も大きくなったら、困っている弱い人を助けることができる立派な兵隊さんになるんだって」
大した考えもなしに私はとんでもないことをしてしまった。
私の目にはみるみる涙があふれてきた。
「ごめんなさい。変なこと訊いて」
私はそう言うと寝袋の中にもぐってしまった。彼を傷つけたのは私の方なのに。




