第25話 悪夢の始まり
「メインエンジンをやられた。すまない」
ダニエルの小芝居のおかげで一瞬和やかになりかけた宇宙輸送船オフィーリアの中央制御室は、通信装置から流れてきたキャプテン・ノルデンフェルトの声に凍り付いた。
光学モニターを拡大すると、ステルス戦闘艦マクベスは艦尾を切り裂かれ、推進装置が機能を停止していた。あと一息でアエトラにたどり着きそうだというのに、艦が制御できなければ、そのままアエトラに激突し、粉々になってしまうだろう。
「脱出してください!」
ノーラが今まで聞いたことがないような大声で通信機に向かって叫んでいた。
一瞬の沈黙があり、空気が重く固まった。
「わかった」
キャプテンの返事にノーラは少しだけ表情を緩めた。
だが、次の瞬間、光学モニターの中のマクベスに、高出力レーザー砲による攻撃が集中し始めた。推進装置を破壊され、満足に回避運動ができなくなったことから、マクベスは絶好の射撃の的へとなり下がってしまったのだ。
「いや!」
ノーラの叫びとともに、マクベスはデルタ翼を有するサメのようなフォルムを失った。
バラバラに切り刻まれ、大量の金属と樹脂と水と空気を煙のように巻き散らし四散していく。
「チクショー!」
ダニエルの歯ぎしりが聞こえる様だった。
「敵との距離が一万キロを切ったよ!」
「撃って!」
カマラちゃんの声に応えたのは、蒼白のノーラだった。憎しみと悲しみがないまぜになった表情を浮かべている。逆に僕は発射指令を出すことができなかった。
「わかりました!」
カマラちゃんの返事とともにマスドライバーが作動する軽い振動が伝わってきた。三個のコンテナが宇宙巡航艦ペルセウスに向けて投擲されたのだ。
「カマラちゃん、着弾までの時間は?」
もう後戻りはできない。僕はなすべきことを始めた。
「えっ、う~んと、約三〇秒だよ」
ということは、弾速は概算で秒速三〇〇キロ以上。
着弾に時間がかかるので弾速が遅いように誤解しがちだが、実は惑星間航行速度の一〇倍以上、火薬を使用した砲弾の約三〇〇倍のスピードだ。
「ダニエル、二〇秒後に爆破頼む。カマル・カーンさん、次弾装填願います」
「おう」
「もうやってるよ、小僧」
「ありがとうございます。発射準備が整ったら、連絡ください」
「了解」
軍艦の電磁誘導砲と違って砲弾の自動装填装置などはない。カマル・カーンがあのカニのような小型作業艇を駆使して、手作業でマスドライバーにコンテナをセットするのだ。それなりに時間がかかるだろう。
「……5、4、3、2、1、爆破!」
ダニエルが爆破装置のスイッチを押した。
距離が遠いので爆破装置がいうことを聞いてくれるか一抹の不安を感じていたが、それは取り越し苦労に終わった。白銀に輝く宇宙巡航艦ペルセウスの外部装甲板は、抉られ、穴を穿たれ、切り裂かれた。一瞬のうちに、至近距離でショットガンを撃たれた自動車のボディーのように傷だらけになった。
「命中だ!」
ダニエルの歓喜に満ちた声が響いた。
しかし、相手は重装甲の宇宙巡航艦だ。傷は浅い。戦闘不能に追い込むには程遠かった。
「次弾装填完了」
そこへ、かぶせるようにカマル・カーンの報告が響く。
「照準そのまま、カマラちゃん、発射して!」
「わかった!」
僕とカマラちゃんの短いやり取りの後、先程と同じ軽い振動を感じた。宇宙巡航艦ペルセウスは、まだ、回避運動を開始していない。
「敵艦、発砲! 高出力レーザー砲です。しかし、こちらの正確な位置は把握していない模様」
幾分平静さを取り戻したのか、ノーラは健気にも索敵担当の役回りを演じていた。
しかし、どう見ても無理をしている。だからと言って僕にはどうしようもないのだが。
とりあえず、ノーラに頼らず光学モニターやレーダースクリーンを自分でもチェックする。
すると、小惑星アエトラの表面がレーザーで焼かれ砕ける様子が、ドローンから送られてきた映像で確認できた。
「はん、無駄だね」
ダニエルがつぶやいたとおり、こちらは直径四十三キロの金属を主成分とする小惑星だ。表層を焼き払っても何の意味もない。おまけに僕たちがいるのは地下二キロ地点だ。内部に侵入してこない限り僕たちの乗る宇宙輸送船オフィーリアにダメージを与えることは難しい。そういう意味では小惑星アエトラは素晴らしい宇宙要塞であると言えた。
「敵艦、転進します」
ようやく宇宙巡航艦ペルセウスは闇雲な攻撃を中止し回避運動に入りはじめた。
しかし、タイミングが微妙に遅い。しかも脇腹を見せてくれたのは攻撃する側にすれば有難かった。
「爆破!」
ダニエルの声とともに、こちらに右舷を見せたペルセウスの艦尾付近が交通事故に遭った車のように、潰れ、裂け、金属片をまき散らした。明るい光を放っていた推進装置の光が消える。
「やった!」
宇宙巡航艦ペルセウスは小惑星アエトラに接近するコースを外れ、右に向かって遠ざかり始めた。推進装置の破壊に成功したのだ。
「カマラちゃん、マスドライバーの照準を右へ」
「う~ん、難しいなぁ」
ここは追加でダメージを与えるのがセオリーだが、もともと兵器として作られたわけではないマスドライバーだ。これ以上の戦果を期待するのは酷かもしれない。
そう考えながらも、僕は宇宙巡航艦ペルセウスの艦底部に張り付いている強襲揚陸艇に何のダメージもないことを確認して、内心、胸をなでおろしていた。
しかし……
「敵、艦底部の小型艇を分離します!」
ノーラの声が僕の心臓に氷の刃を押し当てた。見ていたので言われなくてもわかった。
「避難用の救命艇か何かか?」
ダニエルが呑気な声でつぶやいた。
ペルセウスを離れた強襲揚陸艇は回避運動を行いながら、こちらに向かってきた。強襲揚陸艇を避難のために使用する可能性はあったが、それなら、こちらに近付いてくるわけがない。
「違う、強襲揚陸艇だ。装甲擲弾兵の部隊が攻めてくるぞ」
それは、さらなる悪夢の始まりだった。




