第24話 戦闘開始
「大変です。戦闘が始まりました」
僕たちが宇宙港で泥臭い作業に勤しんでいると、通信機がノーラの切迫した声を運んできた。
「思ったより早かったな」
そう呟きながら時刻を確認すると、ステルス戦闘艦マクベスが発進して、すでに一時間近くが経過していた。一生懸命作業していると、時間が経つのは早いものだ。
「こっちは任せろ、ノーラのところに行ってやれ」
ダニエルがまるで現場責任者のように僕に声をかけた。
「偉そうに。お前が指図するな」
カマル・カーンがすかさず突っ込みを入れる。ダニエルにかかわると、どうも、みんな漫才の相方のようになってしまう。
「すみません。オフィーリアに戻ります。あとはよろしくお願いします」
僕はカマル・カーンにそう言うと、宇宙輸送船オフィーリアの中央制御室へと急いだ。
「幸いなことに、まだ、マクベスの所在は露見していません」
宇宙輸送船オフィーリアの中央制御室で簡易宇宙服のヘルメットを脱ぐと、ノーラが不安に満ちた青い瞳を僕に向けた。
「戦闘の状況は?」
「敵は索敵用ドローンを広範囲に展開しています。事前に散布したリモートミサイルが何機か破壊されました」
地球のパトロール艦隊は、十分にリモートミサイル対策を立てているらしい。
索敵用ドローンは艦艇の索敵能力を飛躍的に向上させるが、航続距離が短く航行速度も遅いため通常は艦隊行動に組み込むことができない。
使用できるのは加減速や方向転換を一切行わない慣性航行中か、今回の場合のような戦場が特定される拠点制圧、拠点防衛の戦闘に限られる。
「あっ、また!」
大型回遊魚のようなフォルムの宇宙駆逐艦が、パルスレーザー砲でリモートミサイルを破壊した。本来、サイズが小さくて赤外線も発せず、電波吸収塗料を塗られたリモートミサイルを検知するのは優秀なAIの補助を受けても困難で、迎撃は点火後に限られるはずだった。
しかし、その必殺の暗器を地球艦隊は、索敵ドローンで無力化し始めていた。
「まずいな」
僕が思わず口を滑らすと、ノーラが潤んだ瞳を僕に向けた。
僕はあきらめてノーラの瞳を見つめ返した。
「せっかく展開したリモートミサイルが無駄になる。早く点火した方がいい」
だめだ。いけないと思っても、この瞳を見ると、つい協力したくなってしまう。
ノーラはうなづくと通信装置のスイッチを入れた。
「アエトラよりマクベスへ。準備を無駄にせず行動されたし。繰り返す、準備を無駄にせず行動されたし」
電波管制のせいで向こうからの返信は期待できない。だから、こちらの呼びかけがマクベスに伝わったかどうか、すぐにはわからない。しかし、そのもどかしい時間もすぐに終わった。
漆黒の宇宙空間に、突然、推進剤の点火による光の軌跡が十数本現れ、四方八方から紡錘形の宇宙駆逐艦を取り囲んだ。
十数本の光の矢は次々にレーザー砲で迎撃され爆発の花を咲かせたが、一部は灰色の宇宙駆逐艦に迫った。宇宙駆逐艦は必死の迎撃を試みるも、ミサイル全てを叩き落とすことはできなかった。左舷装甲板が爆発で吹き飛び、続いて艦尾がオレンジ色の火球に包まれる。
「!」
宇宙駆逐艦が内側から二つに裂け、金属、樹脂、水、空気など、艦を構成していた様々なものが煙のように噴出する。僕は息をのんだ。この瞬間、多くの地球連邦宇宙軍兵士の命が失われたはずだ。
「どうする?」
僕は思わずつぶやいたが、主語が判然としなかった。『僕は』なのか、『地球艦隊は』なのか、『マクベスは』なのか。
「敵索敵ドローンが動きます」
混沌とした思考に煩わされていると、ノーラの声がモヤモヤを吹き飛ばした。
「地球のパトロール艦隊が展開しているドローンの数や位置がわかるの?」
「わかります。こちらの索敵ドローンが捕捉している範囲内ですが」
ノーラはそう言うと、既存の光学モニターの上に新たなモニターを空間投影した。
小惑星アエトラを中心に、数十の青い点と赤い点がグレーを背景にした索敵用モニターに表示された。青い点に動きはないが、赤い点はゆっくりと外側に向かって移動している。
「青い点がこちらの索敵ドローン、赤い点が向こうの索敵ドローンです」
「マクベスがいるのは、ドローンが展開してる範囲の外側だよね」
「はい。正式な場所はよくわかりませんが」
ドローンのせいで、マクベスは地球艦隊に接近しづらくなっている。このままでは、攻撃の手が封じられる。地球艦隊の索敵用ドローンを無力化する方法はないものだろうか。
リモートミサイルで攻撃するというのはどうだろう?
いや、数十機のドローンを破壊可能な数のリモートミサイルは搭載していないはずだ。
そもそも、一基数万ユナイテッド程度の索敵ドローンを破壊するために、一基数千万ユナイテッドはするリモートミサイルを使用するのも馬鹿げている。一発当たりの単価の安いパルスレーザーミサイル迎撃システムで破壊していくという選択肢があるが、射線からマクベスの所在が特定されるリスクがある。
「ノーラ、アエトラから地球の索敵ドローンを無力化する妨害電波って出せる?」
僕は、ノーラ達を助け、地球艦隊を葬るための思考を続けていた。
「この基地にはそういう機能はありません。マクベスならできますが……」
そう言われて、僕は、僕とダニエルが捕まった時のことを思い出した。
「でも、それをやれば、マクベスの居場所が知れる」
「はい」
こうなるとマクベスの選択肢は限られる。
一 遠く離れて相手が失策を冒すまで睨み合いを続ける
二 居場所が知れることを覚悟して積極的に討って出る
三 僕たちを見捨てて逃亡する。
「お~い! どうなってる?」
僕とノーラが煮詰まっていると背後からダニエルの間伸びした声が聞こえてきた。振り返るとダニエルがヘルメットを脱ぎながら中央制御室に入ってくるところだった。宇宙港での作業が終了したらしい。
「マクベスが地球の宇宙駆逐艦を一隻撃沈した。現在は膠着状態で、あまりいい状況とは言えない」
「すげえ、また、撃沈したの。強いねえマクベスは。こっちには損害出てないんだろ?」
『ちゃんと話を聞いてるのか、こいつは』と思いながらも、ノーラの安心したような顔を見て、僕は少し反省した。確かに危機感を煽るばかりでは士気が下がる。
「敵艦隊が動きます。残る二隻がアエトラへの接近速度を速めます」
僕は浅はかだった。持久戦という選択肢は、あっさりとつぶされた。
そちらが動かなければ無視してアエトラを攻略すると圧力をかけられれば、睨み合いはできず積極的にうって出るしかない。あの生真面目なキャプテンは間違っても逃走するという選択肢は選ばないだろう。選択肢は一つだけだ。
「マクベスが……」
ノーラの悲痛ともとれる声が中央制御室に響いた。
空間投影されているレーダースクリーンにマクベスのものと思われる光の点が浮かんだ。
小惑星アエトラの横、地球艦隊からは四万キロほどの距離だ。それは、高出力レーザー砲の有効射程内で、電磁誘導砲の有効射程外だった。光学モニターが最大望遠でその姿を追う。
よくは見えないが漆黒のシルエットは、凹凸の少ない多面体ではなく、高出力レーザー砲の旋回砲塔がむき出しになった姿だった。
「攻撃モードじゃん」
僕の横、副操縦士席に腰を下ろしたダニエルが興奮したような声を響かせる。
同時に、宇宙駆逐艦の艦尾が切り刻まれた。
コストの問題で、量産タイプの宇宙駆逐艦は宇宙巡航艦のような鏡面装甲を施されているわけではない。だから、電磁誘導砲の射程外から攻撃するのであれば、巡航艦ではなく駆逐艦を選ぶしかなかった。
マクベスの攻撃により駆逐艦の針路が大きく外れ始めた。推進装置の破壊に成功したらしい。
「すげえ!」
しかし、存在が露見したマクベスもまた、外部装甲板を切り裂かれ始めた。宇宙巡航艦ペルセウスの仕業だ。
「だめ!」
ノーラの悲痛な声が響き、マクベスは身をよじるように回避運動を始めた。
今のところ航行に支障が出るほどの被害は出ていないようだ。しかし、切り裂かれる個所が着実に増えていく。
一方、ペルセウスは無傷だった。
宇宙駆逐艦と違って、宇宙巡航艦はコストを度外視した完璧な鏡面装甲だ。光学兵器はエネルギーのほとんどが反射され、本来の破壊力が発揮できない。
ダメージを与えるためには電磁誘導砲を使用するしかないが、有効射程外だ。このままでは一方的に高出力レーザー砲で切り刻まれてしまう。
「こちらに戻って! アエトラを盾にしてください!」
僕は思わず通信機に向けて叫んでいた。
マクベスは僕の願いを聞き届けたかのように、こちらに向かって動き始めた。
一方、宇宙巡航艦ペルセウスは、こちらの通信を傍受したからか、一直線に小惑星アエトラに向かってくる。
「ダニエル、マスドライバーへのコンテナのセットは終了したんだよな」
僕はレーダースクリーンを見つめながら、横に座っているダニエルに声をかけた。
「おう、やらいでか。同時に三個発射で、カマル・カーンのおっさんが順次、次弾を装填してくれることになっている」
僕は軽くうなづいた。
「カマラちゃん、接近中の宇宙巡航艦に照準を向けられる?」
「まっすぐこっちにくるから楽勝だよ」
通信機から、朗らかな声が聞こえてきた。
「距離が一万キロを切ったら巡航艦に狙いを定めて最大出力でコンテナを射出してくれる?」
「オッケー」
カマラちゃんの明るい声を聴いて逆に僕は暗くなった。あの艦にはイザベルが乗っている。それなのに僕は攻撃しようとしている。
「どうした? マサヤ」
僕の暗い表情に気づいたのか、珍しくダニエルが僕のことを気遣った。
僕はダニエルやノーラに心の動きを気づかれないように努めて冷静に振舞った。
「ダニエル、説明しなかったけど無線式の爆破装置は個別に爆発するように設定してあるよね。スイッチ入れたら発射したコンテナだけじゃなく、宇宙港の中においてある発射前のコンテナもすべて吹き飛んだりしたら洒落にならないけど」
「えっ?」
まさかと思って確認したのにダニエルは素っ頓狂な声を上げた。
「まさか……」
「安心しろ、おめえの指示は不親切だったが、俺とカーンのおっさんでちゃんと仕事している。任せろと言っただろ」
ダニエルは、少し意地悪そうな笑顔を僕に送った。




