第20話 採掘現場
「これから、ダニエルと一緒に採掘現場に行きます」
「わかりました。私も伺います」
次の朝、僕は耳にかけた携帯端末でノーラと会話した。
ノーラとの会話しかできず、おまけに僕の位置情報や心拍、呼吸の情報をノーラに報告し続ける監視専用の端末だ。残念ながらテキストデータによる読書はできない。
会話を終えて僕が部屋を出ると、廊下には、もうノーラが立っていた。
「えっ?」
「おはようございます」
ノーラは軽く笑顔を浮かべた。
「ず、随分早いですね」
だって、今、携帯端末で会話したばかりだ。
「そうですか?」
ノーラは笑顔のまま、少し不思議そうな顔をした。
いや、おかしいでしょ、このタイミング。
僕の部屋の前で、ずっと待機していたとしか思えないんですけど。
「おお早えな。じゃ、行こうか」
隣の部屋のダニエルが、ようやく廊下に出てきて眠そうに欠伸をした。
まるで、自宅にいるようなくつろぎ方だ。こっちも別の意味でおかしな奴だ。
採掘現場は真空なので、簡易宇宙服での作業だった。
鉱物資源の採掘は小惑星アエトラの地下深く、小惑星の内部に巨大な空洞を作るように掘り進められていた。
外から見ても採掘作業が行われていることが、わからないようにという配慮からだ。
そうしないと違法採掘をしていることがすぐにバレてしまう。
宇宙空間に設置されている地球連邦宇宙軍や宇宙資源開発公社の光学監視カメラは、あきれるくらい解像度が高いのだ。
採掘作業は、レーザー削岩機を使って金属の塊をキューブ型に切り出すというもので、十数名が作業に従事していた。
簡易宇宙服姿でヘルメットも被っているので人相風体はよくわからなかったが、僕たちの方に近付いてきた二人組は小柄な女性と屈強な男性で、カーン親子だと察しがついた。
「遅いよ。ダニエル」
甲高いカマラちゃんの声が通信装置ごしに聞こえてきた。
ヘルメットの奥に、浅黒い肌の大きな黒い瞳の少女の顔が見えた。
「悪い、悪い、いっぱい働くから許してくれる? 今日はもう一人作業員を連れてきたことだしさ」
ダニエルは、僕をダシを使って謝った。
「今日は新入りもいるのか」
僕に向けられた発言は父親のカマル・カーンだった。簡易宇宙服の中身は、顎ひげを蓄えたスキンヘッドのごついおじさんだ。
「はい、よろしくお願いします」
「いいのかね」
自由を与えてもいいのかねという意味だ。カマル・カーンの声は疑念に満ちていた。
「はい、キャプテンの許可もあります。私がお目付け役ですが」
「ふーん、貴金属を見つけても、ちょろまかすんじゃねえぞ」
僕はいろんな意味で疑われているらしい。
「そんなことしませんけど……ところで貴金属って何ですか?」
「ここにあるのは、概ね鉄とニッケルだが、たまに金や銀の結晶が見つかることもある」
「マジ?」
思わず反応した声はダニエルだった。
「ちょろまかしたら、縛り首だからな」
カーンのおっさんの厳しい声が飛んだ。ダニエルの方に鋭い視線を向けている。
「で、お手伝いは何をしたらいいんでしょうか?」
ダニエルのペースで会話を続けると、いつ無駄話が終わるかわからないので、僕は強引に話題を変えた。
「切りだした金属の塊をコンテナに詰め込んで、宇宙港に運んでもらう」
「輸送船に積み込むんですね」
僕は宇宙港にあった亀のようなフォルムの大型輸送船を頭に思い浮かべた。
「いいや違う。マスドライバーで投擲する」
「投擲ですか? どこかの宇宙空間に資源回収ステーションがあるってことですね」
恐らくどこかの小惑星の重力圏か、火星の重力圏にとどまるように周到に計算して射出するのだろう。様々な天体の重力の影響も考えた緻密な計算が必要だし、出力調整や照準補正などのマスドライバーの微妙なチューニングが必要だ。人工知能の助けを借りたとしても技術的にかなり困難な仕事だ。
「ああ、座標は言えないがな。輸送船で運ぶとステルス艦とはいえ目立つしコストもかかる」
「うんとね。マスドライバーのオペレーターは、わたしなんだよ」
カマラちゃんが元気に会話に参加してきた。
「えっ、じゃあ、この間、マクベスを射出したのはカマラちゃんなの?」
「そうだよ~、すごいでしょ」
確かに、あの時、副長とやり取りしていたのは若い女性の声だった。
「いや~、えらいな。カマラちゃんは」
この調子のいい発言はダニエルだ。
「てめえ、娘に変なちょっかいだしたら、ぶっ殺すぞ」
「パパ!」
「さぁて、仕事仕事」
娘に怒られたカマル・カーンのおっさんは、とぼけた表情を浮かべて僕たちを仕事に駆り立てた。
コンテナは、頑丈なロボットアームをつけた蟹のような一人乗り作業艇が運ぶことになっていたが、小惑星から切り出した金属塊をコンテナに積み込むのは人力だった。
採掘現場はほとんど無重力としか思えない微小な重力環境だったが、金属塊はなんとか抱えられる程度の大きさでかなりの質量があり、動かすためには相応の力が必要だった。
ここで働いていれば、無重力による筋肉の衰えは気にしなくてよさそうだ。
「ノーラ。そう言えば、ここはいつ撤収するの?」
僕の監視を兼ねて肉体労働に勤しんでいるノーラに、僕は何とはなしに話しかけた。
簡易宇宙服の上からでも彼女の絶妙なプロポーションが分かって、少しドキドキした。
残念なことに標準的な火星人の彼女は、僕よりも少し背が高い。
「撤収とはどういうことですか?」
作業の手を止めることなく、ノーラは僕に返事をした。
「この間、地球連邦宇宙軍の軍艦を撃破したじゃないか」
「しました」
「大規模に攻めてくるよ。キャプテンも予想しているはずだ。その前に逃げた方がいい」
地球連邦宇宙軍の宇宙巡航艦オリオンと戦った時、最初の方針は小惑星アエトラが火星解放戦線の資源採掘拠点であることを隠蔽することだった。
しかし、オリオンの挙動から、それが失敗したことは明らかだ。小惑星アエトラは、すでに地球連邦宇宙軍にマークされている。
「逃げるって、この潤沢な資源をあきらめてですか?」
「資源と命、どっちが大事なの?」
前回の相手は宇宙巡航艦一隻だけで、おまけに相手はこちらの戦力をよく知らなかったから、何とか撃退に成功した。
しかし、地球連邦宇宙軍が準備を整えて本格的に攻めてきたら多分どうしようもない。勝てない戦は回避するのが当たり前だと僕は思っていた。
「私たちは宇宙資源の確保に命を懸けているんです」
ノーラは作業の手を止め、ヘルメット越しにまっすぐ僕の目を見つめた。
ある意味、元軍人の僕よりも軍人らしい。
そうはいっても僕は軍隊で華々しく玉砕するという選択肢は教わらなかった。最終的な勝利のためには、一時的な後退や撤退は重要な選択肢の一つだと教育されている。僕は彼女たちに危うさを感じた。
「キャプテンと話をしたい。いいかな」
地球の立場に立って考えれば、無謀なレジスタンスなど、放っておけばいいに違いない。
しかし、僕は彼女たちに反発を感じながらも放っておくことができなくなっていた。