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第2話 オリンポスシティ

 白銀に輝くデルタ翼の強襲揚陸艇は、マッコウクジラのようなフォルムの宇宙巡航艦ペルセウスの艦底部から切り離されると、三〇度の進入角を保ち、火星の大気圏へと突入した。

 強襲揚陸艇の客室内には、強襲揚陸艇や宇宙巡航艦ペルセウスの外部カメラが撮影した様子が空間投影され、僕たちの乗る強襲揚陸艇や遠ざかっていく宇宙巡航艦ペルセウス、少し離れたところを航行している大型回遊魚のようなフォルムの二隻の宇宙駆逐艦、そして、近づいてくる火星の様子を目にすることができた。

 かつて火星は、その名の通り、炎のように赤い不毛の惑星だったらしい。

 しかし、今は数百年規模のテラフォーミングにより、青い海、緑の森、赤い荒野、白い極冠を有するカラフルな星になっていた。地球に比べると若干見劣りはするが、まあ美しい星だ。

「ねえ、マーサ、ビビってない?」

「うるさいな、ビビってなんかないよ」

 白いビーグル犬のパーソナルマークを付けたイザベルが、またも内緒話を仕掛けてきた。

彼女も緊張しているらしい。今日はいつにもまして私語が多い。きっと僕のことをかまうと落ち着くのだろう。

「間もなく着陸だ。シートベルトを確認!」

 通信機からリシャーネク軍曹の声が聞こえてきた。

 シートベルトを引っ張ってみたが、異常はない。

 空間投影された映像の多くは、火星の風景になっていた。

 地球と似たような青い空と、丸みを帯びた地平線。ものすごい勢いで近づいてくる大地は、火星特有の赤い荒野だ。そして、赤い荒野の中に白い合成建材で作られた街がいくつも点在しているのが、見えた。

 そう言えば徐々に艇内で重力を感じるようになっていた。

 自由落下ではなく減速を開始しているからだろう。

 地球に比べると火星の重力は0.4Gと弱いが、それでも無重力に比べれば体がだるい。

 艦内で、普段、筋トレをしていなかったら、きっと砂浜に打ち上げられたクラゲのようになってしまうに違いない。

「衝撃に備えろ!」

 再度、リシャーネク軍曹の声が響き、着陸に備えて奥歯を噛みしめていると、予想を外した微かな衝撃で着陸は終わった。

 急速な減速によるGを感じ、そのあと艇内がガタガタと振動する。

 横にいるイザベルに視線を向けると、彼女にも特に異常がない。

「着いたね」

 イザベルの肘に手を添えて、今度は僕の方から話しかけた。

「うん」

 珍しく彼女の声に緊張がにじんでいた。

「上陸急げ!」

 レンバッハ大尉の声が響き、強襲揚陸艇の両側に二つづつ、合計四つの出口が開いた。

 僕たちは、誰に仕切られるわけでもなく、秩序正しく出口に近い人間から列をつくった。

 数トンの重さに耐える細長い鋼材が、床から伸びて地上へのスロープが形成される。

 装甲擲弾兵たちは脚部のローラーを展開して、ローラースケートのように一気に地上に滑り降りた。

 ローラーは頑丈に作られていたが、特に推進装置や制動装置はつけられていない。

 それらの役目を担うのは、背中につけられたリュックサックのような装置で、推進剤を噴き出すロケットエンジンだった。無重力環境での運用も想定しているため、装甲強化宇宙服をシンプルな構造に仕立てるにはそのように設計するしかなかったのだと思う。

 でも、そのせいで安全に停止するにはちょっとした技術が必要になっていた。僕たちは地上に降り立つと、スキーヤーがゲレンデで止まるように急激に向きを変えた。足元でローラーが軋む音がしたような気がする。

 ちょっとふらついたが、幸いにして僕以外にも転ぶ兵隊はいなかった。


 ほっと一安心して周囲を見回すと、そこは、だだっ広い滑走路だった。

 その日のオリンポスシティは雲一つなく、太陽はほぼ真上にあった。

 火星はどこでもこんなものだが、よく晴れている割には日差しが弱く薄暗い。地球に比べ太陽が遠いからだ。

 装甲強化宇宙服を着用しているため感じないが、生身だったら空気は薄く気温は低く感じるはずだ。テラフォーミングしたとはいえ、完全に地球と同じ気圧、気温にはならなかったのだ。オリンポスシティは高い山の麓の街だが、地球の高い山の上と同じような自然環境だった。

 滑走路の端、二〇〇メートルほど離れたところには宇宙港の建物があった。味気ないデザインのコンクリート製の三階建てで、真っ白に塗装されている。

 そして、建物の向こう側には、なだらかで巨大なオリンポス山がそびえていた。

 火星は高い山が多く、中でもギリシャ神話にちなんで命名されたオリンポス山は、太陽系最大の山で標高二十五キロをゆうに超えていた。地球の最高峰エベレストの軽く三倍だ。

 そのオリンポス山の斜面に、宇宙船射出用のマスドライバーのレールが遥か山頂に向けて伸びていた。電磁誘導の力(ローレンツ力)で宇宙船を加速することで、化学燃料をあまり使わずに火星の大気圏を離脱することができる。コスト削減が主な動機で作られた施設だ。使用する莫大な電気エネルギーは、主に静止軌道上に設置された太陽光発電衛星から受電している。

 そのため、山の麓は広大な宇宙港と受電施設が併設された巨大な商業都市になっていた。

 首都シルチスシティに次ぐ、火星第二の都市、僕たちが到着したオリンポスシティというのは、そんな場所だ。

「ドローン展開!」

「サー・イエス・サー」

 レンバッハ大尉の指示にリシャーネク軍曹が即座に答えた。強襲揚陸艇の客室の後ろに設けられた荷室の天井が上に開き、全長五〇センチほどの黒い軍用ドローンが六基、大空に向けて舞い上がった。

 偵察と、そして場合によっては攻撃もこなす、部隊になくてはならない支援機だ。

 データは主に士官と下士官に送られるが、必要に応じて兵士たちも情報共有できるようになっていた。

「各自、装甲強化宇宙服の最終点検」

 普段、嫌になるほど整備しているが、レンバッハ大尉の命令なので真摯に従う。

 頭の中に叩き込まれたマニュアル通りに、ジェネレーターの作動状況、推進剤の残量、残弾数などをチェックした。

 きっと、この間にレンバッハ大尉たちは、ドローンからの情報を分析しているのだろう。

 そうこうしている間に、駐屯部隊のものと思われる赤茶色の小型装甲車が、滑走路上をこちらに向けてかなりのスピードで走ってきた。

 僕たちのすぐ近くで急停止した装甲車の助手席から、士官服を着た痩せた背の高い若い軍人が転げるように出て来た。そして、レンバッハ大尉に慌てて駆け寄った。こういう時、目立つ隊長機は便利だ。

「応援、感謝します。自分は駐留部隊のフォルクス少尉であります」

 若い士官が、全高二メートル三〇センチほどのロボットのような姿の隊長機を見上げて敬礼した。

「出迎え御苦労。で、現在の暴動の規模は?」

 レンバッハ大尉は鷹揚に応えた。

「七万人ほどかと」

「七万……」

 フォルクス少尉の報告に、何人かの隊員の息をのむ雰囲気が通信機を通じて伝わってきた。

 無理もない。七万人といえば、オリンポスシティの生産年齢人口が、ほぼ全員、暴動に加わっているような規模だ。

「暴徒による武器の使用は?」

「主に投石と火炎瓶です。しかし、高周波ドリルやレーザー削岩機を持ち出した暴徒もいて、暴徒鎮圧用の放水車両も音響兵器も破壊されてしまいました」

「うちにお呼びがかかるわけだ」

 リシャーネク軍曹が嘆息した。

 通信装置から、他の兵士たちのげんなりした雰囲気が、ため息とともに伝わってきた。

「そちらのドローンの情報を我々に回せるか?」

「回せます。しかし、偵察用ドローンも次々に破壊されていて、必要数が十分展開できておりません」

 かなり深刻な状況みたいだ。僕は聞き耳を立てたまま固まった。

「応援要員は我々だけか?」

「現状では、その通りです。追加支援には、あと八時間以上必要だと司令部から……」

 僕たちは装備こそ充実しているものの二〇人だけ、しかも治安維持には本来向かない部隊だ。

 たまたま火星の周回軌道にいたという理由だけで駆り出されたのだろう。

 暴徒鎮圧は、通常、密集隊形をとり人海戦術で行うのが基本だ。装備も『盾』と殺傷能力が低い警棒や催涙弾などの武器が中心になる。

 通信機に言葉にならない低いつぶやきや溜息が充満し、不安が感染する。

「ふん、所詮、火星モヤシだ。ひねりつぶしてくれる!」

 事態を把握したにもかかわらず、レンバッハ大尉の士気は衰えなかった。


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