第11話 僕の夢
「本船に宇宙艦隊が接近。数量三、距離一〇万キロ、相対速度秒速二十五キロ」
資源探査船スズカゼの人工知能サラが、涼しげな若い女性の声で報告した。
「お、宇宙海賊か?」
「艦種識別! 拡大投影」
ダニエル・ダテがお気楽な声を出している間に、僕はサラにデータベースの検索と宇宙艦隊の映像の表示を命じた。
しかし、サラの検索結果を待つまでもなく、映像を見ただけで、僕には艦隊中央を航行しているマッコウクジラのようなフォルムの宇宙船の正体がわかった。
「地球連邦宇宙軍の宇宙巡航艦一、宇宙駆逐艦二です」
「なんだ軍艦かよ」
サラの声に、ダニエルはがっかりしたような返事を返した。
彼は一体何を期待していたのだろう。
「こちら地球連邦宇宙軍所属、宇宙巡航艦ペルセウス。貴船の所属と航行目的を述べよ」
僕の胸に苦い塊が沸き上がった。
同型艦だというのはすぐにわかったが、よりによって、かつて僕が乗っていた軍艦だった。
「こちらは資源探査船スズカゼ、『アスクレウス資源開発』に所属している。現在、宇宙資源開発公社の依頼で小惑星の資源探査に向かう途中」
感傷に浸っている僕を尻目に、ダニエルが素早くペルセウスの質問に答えた。
いつもは何でも人任せにするくせに、この時のダニエルは妙にテキパキしていた。
「了解した。火星軌道の外側では鉱物資源の違法採掘を行う宇宙海賊の存在が確認されている。道中の無事を祈る」
「良い航海を」
ダニエルがお決まりのセリフを口にする。
「地球のパトロール艦隊が進路を変更し、本船から離れていきます」
サラの合成音声を聞きながら、無性にかつての仲間たちに会いたくなった。特に、元気な牧羊犬のようなイザベルには。
今にして思えば彼女と過ごした時間はとても幸せだった。
『もう、何やってるのよ。マーサ』
彼女の高い声が耳元に蘇り、胸の中は優しく甘酸っぱいもので満たされた。
「けっ、まったく暇な奴らだぜ。そんなに小惑星の資源を独り占めしたいのかね!」
僕がイザベルの思い出に浸っているとダニエルの吐き捨てるようなセリフが耳を打った。
火星人であるダニエルにしてみれば、地球連邦政府と宇宙資源開発公社が決めたルールは腹立たしいものだろう。
「宇宙開発には莫大な資金がかかっているんだ。出資者である地球連邦が経済的な権益を守ろうとするのは仕方ないじゃないか」
火星人相手に、この話をすれば喧嘩になるだけだとわかっていた。
しかし、かつての仲間を悪しざまに言われ、僕は思わず口走っていた。
「太陽系内にどれだけの資源があると思ってるんだ? それが全て地球のものだと? ちゃんちゃらおかしいぜ。宇宙資源開発公社が一番最初に鉱物資源の開発を行ったM型小惑星1986DAなんか直径たったの2.3キロだったが、鉄一〇〇億トン、ニッケル一〇億トン、金が一万トンに、プラチナが一〇万トンあったそうじゃないか。金額にしたら一〇〇兆ユナイテッドだ。小さな小惑星ひとつでも莫大なお宝が手に入るのに、宇宙資源開発公社は目下のところ直径二五三キロのプシケと直径一一三キロのアンティゴネも開発中だ。使いきれないほどの鉱物資源を独り占めにしてどうしようっつうんだ! 欲深も大概にしろよ!」
案の定、ダニエルは一気にまくしたてた。
ただのおバカなお兄ちゃんかと思ったら、なかなかどうして世の中のことをよく知っているし、弁もたつ。
「だからだよ」
「は?」
「太陽系内に莫大な資源があるからこそ、地球はそれをコントロールしようとするんだ。それが倫理的に正しいかどうかは別にしてね」
僕はできるだけ声を落ち着かせてしゃべった。
「なんでだよ!」
「M型小惑星1986DAの開発が始まったとき、それまでに地球で採掘されたプラチナは累計で五〇〇〇トン程度だった。それなのにたった直径2.3キロの小惑星に一〇万トンのプラチナが発見された。今、君が言ったようにね。だから一気に価格が暴落した」
「ああ、プラチナ・ショックね」
ダニエルは多少落ちつきを取り戻したように合いの手を入れた。
「そう。プラチナは当時貴金属として投機の対象になっていた。だから多くの投資家が財産を失い金融恐慌に発展した。だから、資源の採掘や流通は一元的にコントロールしなくちゃいけないそうだよ」
「ふん、金が有り余っている金持ちの都合なんか知ったことか! 独自の資源を持てば火星はもっと裕福になれる。今の火星は、多少の自治権はあったとしても、地球の資本家に搾取される使い捨ての労働者の星だ。大昔の植民地と同じじゃないか。こんな状況がいつまでも許されていいはずがない!」
ダニエルの言うことも一理ある。火星は地球よりも小惑星帯に近いこともあり、資源開発の前進基地として機能していた。
しかし、僕が入社したアスクレウス資源開発のように、火星人たちは地球資本の宇宙資源開発公社の下働きをやらされているだけだ。儲けの大半はすべて地球が吸い上げる。
「そういう考え方もあるだろうね。でも、無秩序に資源を開発すれば、価格が暴落して、結局、裕福にはなれないと思うよ」
軍隊を不名誉除隊になり地球の市民権も剥奪された僕が、地球のためにダニエルと言い争うのは愚かなことだったが、結局言いたいことを言ってしまった。
腕っぷしが弱く、気も弱いくせに、変なところが頑固なのは僕の欠点だった。
ひょっとすると、これでアスクレウス資源開発もクビになってしまうかもしれない。
何せ火星の会社だ。生意気な地球人なんか本来お呼びじゃないはずだ。
「おまえさ。装甲擲弾兵出身とか言ってたから宇宙船が操縦できるだけの筋肉馬鹿かと思ってたけど、どうも違うみたいだな」
予想外の発言だった。怒っているようにも見えたが憎悪の念は感じられなかった。
僕たちの宇宙開発を巡る言い争いは、それでお開きになった。
「はぁ、宇宙資源開発公社の奴らはめんどくさい仕事は俺たち下請けにやらせて、今頃、キレイなお姉さんに囲まれてうまいもん食ってるんだろうなぁ。それに引き換え、俺様は陰気で根暗な奴と来る日も来る日もくそマズイ宇宙食かよ!」
僕とダニエルが激しく言い争ってから数日が経過していた。
相変わらずダニエルは口が悪かったが陰湿さはなかった。だから僕も平気で言い返した。
「能天気で愚痴っぽいお馬鹿さんと一緒にいれば嫌でも陰気になるよ。それに、慣れればいけるよ、この宇宙食」
ダニエルの愚痴は理解できた。顔を合わせる他人は僕一人だし宇宙での生活は単調だ。
「支給品の黒パンとユーグレナドリンクだけで食事を済ませている奴の気が知れねえ」
「コオロギだけよりは、だいぶいいと思うけど」
あれもイケると言えばイケる味だったが、やはり炭水化物には代えられない。
僕は宇宙港で過ごした時間と、ラッセルのことを思い出した。
彼は、あのユウリという女の人に、ちゃんとしたものを食べさせてもらっているだろうか。
「自販機でもっとマシなもの買えよ! ミートボールとか、フライドチキンとか!」
アスクレウス資源開発は今回の航海に当たり、最低限の衣食住は無償で提供してくれた。
しかし、最低限では我慢できないのも人間だ。
だから、ネットワークの利用や飲食など、最低限ではない部分は有償で提供されていた。
映画を見ることができたのもその一環だ。
この時もダニエルは黒パンだけでは満足できず、自販機で購入したフライドチキンをかじっていた。といっても本当の鶏の肉ではない。植物タンパクで作った合成品だ。
「そうやって無駄遣いしてたら貯金できないよ」
「大きなお世話だ! 畜生、ホントいいことなんもねえな。二十四時間拘束されて、時給換算でいくらだっつうの」
確かにその通りだ。もし転職できるのなら乗員乗客の多い大型船の勤務に就きたい。まあ、僕の場合、経歴が経歴だから多分無理だと思うけど。
「はぁ、つまんねぇ。俺はこんなところで一生終わんねえぞ。そうだ宇宙海賊だ! 俺は宇宙船を手に入れて宇宙海賊になるぞ!」
僕は思わず、ユーグレナドリンクを噴きそうになった。
「買うの? 一生働いても小型艇も手に入らないと思うけど」
僕は、兵隊になって日が浅く、宇宙海賊にお目にかかったことはなかったが、先輩方の話によれば侮れない装備らしい。小惑星帯での小競り合いで命を落とした兵隊もいるそうだ。
「お前ってホント、つまんねえ奴だな」
「オモシロけりゃいいってわけでもないだろ」
一度失敗した人生だ。これ以上、地球にいる母親に心配をかけるわけにはいかない。
僕が地球連邦宇宙軍を不名誉除隊になったことと再就職したことをメールで報告すると、大層悲しそうな返事が返ってきた。
「はん! おめえには、どうせ夢なんかねえんだろ」
「夢ならあるよ」
「なんだよ。お前の夢って」
「きれいな奥さんと可愛い子供に囲まれて幸せに暮らすことだよ」
言っていて、ちょっと恥ずかしかったが、それが僕の本心だった。
もともと立身出世したいとか、有名になりたいとかいうような野望は持っていなかった。
平凡で穏やかでささやかな幸せ。それが僕の望むすべてだった。
しかし、実はそれがとても貴重なことだということを僕はすでに思い知っていた。