表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/31

第10話 艦長室

 ダークブラウンの木製の壁、暗灰色に塗装された床、象牙色で柔らかい光を放つ天井、宇宙巡航艦ペルセウスの艦長室は落ち着いた雰囲気に満ちていた。消毒用のオゾンの香りに混じり、森の中のような清々しい芳香が微かに漂う。

 両袖の執務机の前には六人掛けの木製テーブルとビロード張りの椅子が置かれ、壁際にはガラス扉の本棚が置いてあった。中には今では珍しいハードカバーの紙の本が並んでいる。

「そう言えば、イザベルさんは、どうして軍人になったの?」

 宇宙巡航艦ペルセウス艦長フランカ・フォッケル中佐は、チューブ型容器に入ったプロテインミルクを飲みながら、気軽な様子で私に話しかけた。

 以前、私は同じ質問を同期の男の子に投げかけて、彼の悲しい思い出に触れたことがある。その時のことを思い出して、不意に胸が熱くなった。彼は弱い立場の人間を守るために軍人になったと言っていた。考えなしの私とは大違いだ。

「ごめんなさい、聞いちゃマズいことだった?」

 すぐに答えず、恐らく表情を曇らせた私に、艦長は優しい大人の配慮をしてくれた。

「いえ、大丈夫です。私の家は代々、軍人が多かったんです。だから、あまり考えずに軍人になるのが当たり前だと思っていました」

「そうなの? なんか悲しい事情でもあるのかと思っちゃったわ」

 それは私ではない。

 でも、艦長に彼の思い出話をするのも気がひけたので、本当のことは黙っていた。

「私に悲しい事情なんかないですよ。そう言う艦長は、どうして軍人になったんですか? そんなにおキレイなのに」

「あら、褒めてくれてありがとう」

 艦長は、うっすらとほほ笑んだ。

 どうも褒められ慣れているように感じたのは私のひがみだろうか。

「私は軍人になりたかったわけじゃなくて、宇宙船の乗組員になりたかったのよ。で、結果的に就職できたのが、地球連邦宇宙軍だったってわけ」

「宇宙、お好きなんですか?」

「遠くの世界に憧れていたのよ。私が生まれたのは小さな田舎町でね。狭い世界に嫌気がさしていたのよね」

 そこまで説明して、急に艦長は苦笑いを浮かべた。

「皮肉よね。狭い世界が嫌で宇宙船に乗ったのに、宇宙船の中って本当に狭いわ。いつも同じ人たちに囲まれてるし」

「確かに、そうですね」

 それ以上、どう反応していいかわからない。

 笑い飛ばして、結果的に艦長を傷つけるのは嫌だった。

「だから、職場の人間関係って本当に大切よね。いい人に恵まれるといいんだけど」

 部隊の指揮官がレンバッハ大尉で私は本当に恵まれない。彼のせいで優しい同期の男の子もいなくなってしまった。

 強いて救いがあるとすれば、部隊の副官を務めるリシャーネク軍曹は見た目と違っていい人だということだろうか。そう言えば、艦長は私のことを軍曹経由で知ったようなことを言っていた。

「あの、艦長とリシャーネク軍曹は昔からのお知り合いなんですか?」

「あら、良く知ってるわね。どうして知ってるの?」

 前回、私に話しかけた内容を忘れてしまったのだろうか。

「先日、私のことを軍曹経由で聞いたとおっしゃっていたので。普通、艦長と装甲擲弾兵の軍曹が会話することは、あまりないだろうと思いまして」

「ああ、確かに言ったわね。昔、リシャーネクさんは、士官学校で教官をやっていてね。私、あの人の生徒だったのよ」

 艦長は何とも言えない笑顔を浮かべた。

「軍曹がですか?」

 全く想像ができなかった。

「いい先生だったわよ。だから、今も私は勝手に懐いているわけ、よくお話しするわよ」

 う~ん、絶大な人気を誇る艦長と軍曹がお知り合いとは。

 他のおじさんたちに知れたら、軍曹は、羨望と妬みの視線にさらされてしまうだろう。

「一体、軍曹は何を教えていたんですか?」

 今は装甲擲弾兵をやっているが、本当はインテリなのだろうか?

「射撃と格闘術よ。教え方が丁寧でわかりやすかったわ」

 ようやく私は納得した。

 今は、士官学校の生徒ではなく、新兵に射撃と格闘術を教えているというわけだ。

『艦長、至急、中央制御室にお戻りください。本艦の航路上に不審な艦影があります』

 私と艦長が、世間話に花を咲かせていると、艦内にアラート音が鳴り響き、全艦放送が私たちの会話に終止符を打った。

 訓練とトレーニング以外にやることのない私と違って、艦長は多忙だ。

 何か起これば休憩時間も休憩できない。

「ごめんなさい。また、後でね。いつでも艦長室に遊びに来ていいから」

「はい、ありがとうございます」

 私たちは、慌てて艦長室を後にした。艦長は隣の中央制御室に、私は非常事態に備えるために兵員室へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ