かまくらトンネル
「よいしょ、こらしょ。やっとできた!雪のかまくらの完成だ!」
雪なんてめったに降らないこの町に、季節外れの大雪が降りました。
子供たちは大喜び。友達を誘って、雪合戦や大きな雪だるまを作って遊びます。
そんな中で一人ぼっちでせっせと、かまくらを作っている男の子のサトシがいました。
「お父さん!お母さん!見て!かまくらを作ったよ。
そうだ、こうれすればトンネルにもなるよ」
かまくらの中に入り、壁を壊すと、雪の隙間からこもれびのような光が入ってきます。
かまくらは雪のトンネルになりました。
サトシはかまくらトンネルを通り抜けました。
家の庭に作ったかまくらですが、振り返ってもサトシの両親はいません。
それどころか、家さえもありませんでした。
「あれ…? お父さん?お母さん!?どこにいるの?」
見渡すと、そこは辺り一面の銀世界。
学校の校庭のようでした。
「はぁ、はぁ。誰かいませんかー?」
サトシは声を張り上げて呼んでみましたが、返事はありません。
外から教室を覗いても誰もいません。
降り積もった雪はサトシの体力をどんどん奪っていきます。
病院から退院したばかりのサトシには大変です。
――こっちだよ。
声が聞こえました。
雪しかない世界で心細く、泣きそうになっていたサトシは人恋しい気持ちでいっぱいです。
「どこにいるの?」
本当は人見知りなのですが、このときはまだ会ったことがない声の主に早く会いたいという一心でした。
――そっちじゃないよ。こっちだってば。
振り向くと、校舎の角に人影が見えました。
サトシは雪をかき分けて急ぎます。
心臓がドクンドクンと頑張って動いています。
――ほら、森の中へ行っちゃうよ。
校舎の角を曲がると、奥に森へ続く道がありました。
子供達の近道でしょうか。何度も往来があったようです。子供が通れるだけの道ができています。
「ねぇ、待って。待ってよ! 君の名前を教えてよ!」
サトシは必死で追いかけます。
こんなに走ったのは生まれて初めてです。
――名前?君も知ってるはずだよ。
「分からないよ!僕は友達がいないんだ…。君みたいな子は知らないよ」
人影を見失わないように必死に走ります。
少しでも休憩したら置いて行かれそうです。
だんだん心臓が痛くなってきました。
「ねぇ、少し休憩させて!僕は体が弱いんだ。こんなに走ったのだって初めてなんだよ」
人影が振り向いたような気がしました。
――大丈夫。まだ元気だって言ってるよ。もっと走りたいってさ。
そう言うとまた走り始めました。
「なんで、君が、分かるのさ」
もうサトシはフラフラです。おいて行かれなように、手を大きく振って、太ももをあげて人影を追いかけました。
次の瞬間、
「いたっ!膝から血が出てきちゃった…」
サトシは足がもつれて転んでしまいまいした。転んだ拍子に膝をすりむきました。
――もうどんくさいなー。せっかくいいものをあげたのに、ちゃんと使いこなしてよね。
人影が近づいてきてくれました。
人影が手を差し伸べると、サトシはその手を取り、立ち上がりました。
人影の顔は横を向いていてよく見えません。
「やっと、追いついたよ!」
――ついてきて。
手をつなぎました。
手をつないだまま歩きます。
サトシの半歩先を行っているせいで、やっぱり顔は見えません。
――着いた。ここだよ。
そこには写真でしか見たことがない美しい冬の田園風景が広がっていました。
太陽の光を反射してキラキラと輝いています。
ヒンヤリと冬の澄んだ空気を鼻に感じます。
「すごい…、きれい…」
横に並んで風景に見とれています。
――サトシが自分の足でここまで走ってきたんだ。
思わず横を見ると、そこには自分と同じ顔がありました。
「え…?僕?」
――そんな訳ないだろ?似ているだけだよ。
ケラケラと笑われました。
「君、胸のところに穴が開いてる…」
――大事な人にあげちゃったんだ。もっと使ってほしいんだけどね。
屈託のない笑顔で答えました。
「それって…」
―――ト、シ。サ、トシ。サトシ!
「そんなところで寝ていると風邪を引くわよ。退院したばかりなんだから」
「お母さん!あれ、ここはかまくらの中?トンネルを作ったはずなのに塞がってる…」
「まだ寝ぼけているのね。もう夜よ。早く家に入りましょう」
二人は家に入ります。リビングではもう夕飯の準備ができていました。
「サトシ!どこに行っていたんだ?探したんだぞ」
「ごめんなさい、お父さん。友達と追いかけっこしていたんだ。
すごくきれいな景色を見せてくれたんだよ。
初めて会ったんだけど、僕とそっくりな顔でね。
なんだか懐かしいような温かい気持ちになったんだ」
サトシのお父さんとお母さんは驚いたように顔を見合わせました。
その時、お父さんはお母さんに向かって頷きました。
「サトシ、あのね。本当はもっと早く言おうと思ってたんだけど、ごめんなさいね。
あなたには双子のお兄ちゃんがいたのよ。
生まれてすぐ脳の病気で死んじゃったの。でも、体は元気だった。
あなたは生まれつき心臓が弱かったのは知ってるわね?
ある日、もうあなたの心臓が耐え切れなくなって…、お兄ちゃんの心臓を移植したのよ。
あなたの心臓はお兄ちゃんから貰ったものなの」
お母さんは泣きそうになりながら、サトシにそう言いました。お父さんはお母さんの肩に手を乗せています。
「え、じゃあ僕が会ったのは…、やっぱり…」
サトシは自分の胸に手を当ててみます。
ドクン、ドクン。
元気に動いていました。
「僕は一人じゃなかったんだ…」
翌日、広場で雪合戦をしている子供達がいました。
「僕はサトシっていうんだ!僕も混ぜてー!」
元気いっぱい走りながら、友達と雪を投げ合っています。
胸の鼓動を感じて、力強く走っていました。