プロローグ・A面
「願い事を言え」
「なぜなのか言え」
願い事に受付時間を設けているかもしれない。願い事を考える時間を余分に作っておきたかった。
「……願い事を――」
「答えろ。なぜお前は俺の願いを叶えてくれる? そしてなぜお前にそんな力があるのか、答えろ」
胸は控えめで構わない。その分お尻を大きくしてもらえればいい。髪は腰まで長く、顔は幸の薄そうな感じで……あっ、それだと唇が薄くなりそうだ。唇は厚いのがいいな。ぽってり、といった感じに。伝え方を慎重にしなければ……。
「それは貴様が――」
「待て。俺の質問に答えるという行為は、願い事を消化して行うものなのか? もしそうなら答えてもらわなくて結構なんだけど」
――危ない所だった。胸より尻より、なにより先にこっちの要求全てがそのまま願い事として受け止められてしまうという最悪の事態を考慮しておくべきだった。本当に危ない所だ。〝顎まで届くほどの長い舌〟を忘れていたなんて……。
「その心配は無用だ。なぜなら此処、貴様の〝精神世界〟における全ての疑問、それに対する答えは、貴様自身の〝思考の巡りの終点〟を超越するものではないからだ。お前がすでに知り得たものにだけ答えがある。つまり――」
「自問自答ってわけか。それを繰り返した先で、やがて辿り着くであろう答えを、お前は一発で答えてくれる……で合ってる?」
やっぱり舌は普通でいいな。お姫様となると、さすがにプラスには働かないギャップになるだろう。ここはお姫様を優先しよう。舌は〝捨てれるエロ〟だから。
「理解が良いな。その通り、私は貴様の精神世界の最下層に位置する場所、そこで輪郭を得た、〝お前の知り得るはずの答えを知る者〟なり。」
深層心理とかいうやつだな……俺は今そこに潜っているのか?つまり夢?……これも聞けば答えてくれるのか〝こいつ〟は……――いや〝俺〟は。(お姫様って、中々〈縛り〉がキツいよな)
「これは夢なのか?」
「少し違う。ここは狭間なのだ」
「狭間?」
やっぱり胸も大きくしようか……。
「お前は知っている――というより、すでに気付いている。ここから先、次に目を開けてからのお前の人生が、今までのものと同じでないことを」
「……さすがにわけがわからないな」
そういえば、母さんは宝くじを買ってくると、それが当選するどころか、まだ当選番号の発表さえ済んでない――にもかかわらず、よく父さんと俺に一等の三億円の使い道について、あれこれ夢を膨らませて語っていたっけ。父さんはそれを〝そうだなぁ〟と軽くあしらってた。……俺もそんな感じ。
でも今ならわかる。あの時、母さんの目がきらきらと輝いてた理由が。そうなってしまう母さんの気持ちが――俺も今そうだから、すごくわかるんだよ。
……楽しいんだよな。
胸はこうでお尻はこう、髪は腰まで長くして……とかずーっと考えて、脳みそ〝きゃぴきゃぴ〟鳴らすのが最高に楽しいんだよな。
ただ母さんの時と違うのは、俺の場合、もう当選まで済んでるってこと。――悪いな、母さん。
「――ってことはなに? 目が覚めて、そしたら……俺はどうなるわけ? というか、目が覚めた〝そこ〟は一体どうなってるわけよ?」
依然として胸の大きさが確定しない。悩む。肩が凝りそうだ。
「それはわからない。いや、〝わかりようがない〟と言った方がいいかもしれない」
父さんは、まるで俺の思春期を〝 かわす〟かのように、俺に対して怒らなくなった。(その分母さんがうるさくなったんだよなぁ)
――今思うと、重ねていたのかもしれないな。昔の自分と……。胸は控えめだ、それでいこう。
「ふーん、……まぁそれでいいや。俺もわかりそうにないし。(つまりそういうことなんだろうけど)……ところでさっき言ってた〈狭間〉ってなに?」
「貴様は〝因果循環の理によって定められた絶対位置〟を外れ――」
「バカ、ってさ。ホント物事を難しくするの上手いよね。俺ならお堅い六法全書を半分の厚さに……」……ん?
「――此処は貴様の精神世界、私はその最深部で輪郭を得た。つまり私はバカだ、脈略もなく。本質がバカ……」
「オーケイ。わかった、俺が悪かった。話の腰を折っておきながら都合がいいとは思うが話を続けてほしい」
腹立つわ。この、俺のイメージするかしこい人!
「あぁ、それでは話を続ける。――本質がバカということは地がバカなのでもうそこに何が積まれようがバカ――」
「レールが違う! その道の先に俺の聞きたい話はない!」――ない、ない……なぃ……ぁぃ……――
エコーかけんな!!
……もういい。まだまだ聞きたい話はあるが、それを聞きたい相手がいない。
「願い事」
「なんだ?」
「願い事だよ! 決まったっつってんだよ!」
もう一刻も早く、こいつのいない所に行きたい。そして一秒でも早く〝きゃぴきゃぴ〟のお姫様に会いたい!
「そうか、早いな」
「おかげさまで」
「もう少し、じっくりと考えてもいいんだぞ。なんなら考えが纏まるまでの間、私が話相手になってやってもいい」
――どうやら自分が思うよりずっと、俺はお喋りが好きみたいだ。
「ふーん……ずいぶんと〝出発〟まで時間があるみたいね。時刻表はどこよ?」
「時間などないさ。貴様の時計の針は、止まったのではなく、消失したのだ。時の刻む場所からすり抜けて、貴様は今此処にいる」
――本当におもしろそうな話というのは、そのどれもこれもが〝誰か〟の不幸話というから〝俺〟は困るわけで……。
「悪足掻きなのだ、全ては」
「俺の?」
「そう、悪足掻き。元の世界とは異なる場所へ移ろうとしている今この瞬間に、貴様はなんとか繋ごうとしている」
「なにを?」
「〝願い〟だよ。異世界で希望を見出だすための。例えるなら、流れ星に跨がろうとしているのさ」
――待ってろデデデ大王。
「……なんだよ。それじゃあ願い事って、本当にただの願い事じゃねぇか」
希望を見出だすだと?絶望ならきらきら輝いてすぐに見つかるぜ……。
「大丈夫だ。私を信じろ」
――俺が、俺自身にかける言葉。
「信じれば必ず流れ着ける!」
――少し照れるよ、俺。
「さぁ、願い事を言え」
願い事……そう、そうだ。願い事だ!
――理解よりなにより、納得する方が困難な話ばかりに、何度も浮き沈みさせられた俺の気分が、一気に沸騰した!
「先に名言置いていい?」
「なに?」
「――〝妄想列車は暴走列車〟」
「はっ?」
「まず顔だが、パーツごとに伝えるのは困難であると判断して雰囲気だけで言わせてもらえば、ずばり〝幸の薄そうな顔〟。しかしどこか華のある感じで儚げな表情が似合う透き通るような肌に、初めに言った雰囲気を損なわない程度に〝ぽってり〟とした唇さえ添えてもらえれば、あっ! 間違っても変に帳尻を合わせようとするなよ! あくまで〝幸の薄そうな顔〟が最優先だ! 髪は腰まで長くしてもらいたい。もちろん黒髪で! 〝髪まとまってまーす〟だ! 胸は控えめでいい。サービスもしてもらわなくて結構! ただ履き違えるなよ貧乳と! 腰は〝キュッ〟! そしていよいよ尻だが、先に身分について触れておく。お姫様だ。わかるか? そのお姫様のイメージを保てる限界まで尻を大きくしろ! 腰もそれに合わせて多少調整を加えてもらっても構わない、許可する! 健康的に頼むぞ。迷ったら〝お姫様のイメージ〟に留まる範囲になんとか落とし込め!」
――いよいよ大詰め。
「今俺が言った通りの女の子……」
――お前(俺)を信じてるぜ!
「俺をそれに変えろぉおおおお!!」