不思議な子ども1
葵はいつものように犬のリッチーを連れて海沿いの公園を歩いていた。
まだ寒さの残る3月の終わり。
取り立てて変わったこともなく、春休みはもう半ばに差しかかっていた。
「ふあぁ…」
あくびに涙目になる。
昨夜は友美から深夜にかかってきたいわゆる「恋愛相談」に付き合わされたせいで、ほとんど眠ることができなかった。
肌寒さもあいまって、散歩に出かけるのがいつもよりいっそう面倒だったが、リッチーは毎日毎日、全身全霊で散歩を心待ちにしている。
そして、リッチーは葵が親に頼み込んで飼わせてもらった愛嬌ある顔の雑種犬なのだ。
「眠いし散歩行きたくないなあ」と、少し湧き上がってきてしまったリッチーへの申し訳ない気持ちを押し殺し、葵はルーチンをこなすためにえいやっと外に出てきたのだった。
散歩も後半に差し掛かり、歩行者信号が青になるのを待ちながら、葵は道路の反対側でサングラスをかけたちょっとヤンキー風の男と、厚い丸眼鏡をかけたオタク感のある女性との二人連れについてその関係を妄想を巡らせていた。
ふとその様子を友美に中継したくなり、よそ見をしながらパーカーのポケットに手を入れた瞬間、リッチーをつなぐリードを持つ手が緩んだ。
リッチーは前方に見えるかわいいトイプードルが気になって仕方なかったようだ。
リードが緩んだ機を逃すことなく一目散に彼女に向かって飛び出した。
「あっ、リッチー!」
この公園がある街は港街でデートスポットとしても有名だが、大手運輸会社の倉庫もあって朝からコンテナを積んだトラックが忙しく往来していた。
そしてその瞬間も、右手から亀山運輸の大きなトラックがリッチーの飛び出す方向へと向かっていた。
息つく間もなくディーゼルの加速音が低い音で近づき、運転手がリッチーを避けようと大きくハンドルを切ったのが見えた。
事は一瞬で起こった。
葵が危険を察知して目をつむった瞬間。
キキキキーーーー!!!
トラックは激しく横転し、金属をアスファルトで引っ掻いたけたたましい高音と火花がリッチーの駆け出した直線上を滑っていった。
葵は一瞬の気の緩みで起こってしまった大惨事に、声をあげることもできず、咄嗟にトラックに駆け寄るということさえもできなかった。
次第に周囲がざわつきはじめ、人が集まってきた。
先ほどのサングラスの男が庇うように女性を抱き込んでいる姿が視界の端に見えた。
幸い運転手は無事だったようで、横転したトラックの運転席から身をよじらせて脱出しようとしている。
「…リッチー!?」
やっと我に返り、トラックの下にあわててリッチーの姿を探すが、見当たらない。
ただ、逆光の光にくっきりと違和感のある黒い影が一つ、道路に映っていた。
ふとそのまま上を見上げると、小柄だが逆光で大きく濃く見える人の姿が横転したトラックの上に見えた。
しかも何かを咥えている…。
目を凝らして見ると、それは何とリッチーだった。
葵は何が起こっているのかを考えることもできず、葵はその人影をただ見つめた。




