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ポンコツ公爵令嬢は変人たちから愛されている  作者: 大鳳葵生
第1章 何もできない公爵令嬢
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10話 ルクレシアはこうやって消えました

 馬車に残された私は、ヤーコフさんに何度も謝りながら、以前グレイ様が隠れていた床下のスペースを思い出しました。


 この間の夜会で帰る際に、グレイ様からあの収納スペースの隠れ方を教えてくれました。何故こんなスペースをと思いましたが、今は考える必要はありません。とにかく隠れましょう。


 しばらくして、馬車の周りからイサアーク様……いえ、イサアークの声が聞こえてきました。あのような方と親しくしていただなんて。失敗しました。


 とにかく今は大人しくしていましょう。放っておけば必ず撤退してくださります。


 そしてイサアークが馬車の中に入り、私がいないことを確認すると、椅子に座り他の方々からの報告を聞いていらだちを見せていました。


 椅子を撫でると、気味悪い顔でにやけ始めましたわ。一瞬、声を出してしまいそうでしたが、なんとか堪えて見せました。


 イサアークは、森の方に私が逃げたと思いましたのでしょう。他の方々に指示を出した後、森の周りに包囲し、私をここから出さないようにしようとしました。


 馬の駆ける足音を聞き、私は意を決して床下から出ましたわ。まずは自分の顔にかかったヤーコフさんの血でグレイ様に向けたメッセージを書き記しました。


 血の量があまりにも多く、泣きながら書き続けました。それでも文字は掠れギリギリ読める程度でした。


 さて、お次はどうしましょうか。ここにいたらまたイサアークに見つかりませんわね。


 この床下に隠れ続けた場合、次に出る際にその方々がベッケンシュタイン家側の人間かロムニエイ家側の人間かわからないまま隠れ続けるのは難しいですわね。知っている顔の方が馬車に入るまで隠れ続けるわけにはいきませんわよね。最悪餓死する可能性があります。


 では、どちらに向かいましょうか。家に帰る方の道には、先ほどのイサアークの指示を聞いた限り、ロムニエイ側の人間が念のため、道を封鎖しに向かっているはずです。


 では森に隠れるべきなのかしら?


 いいえ、森も危険よね。なんせイサアークは私が森に隠れていると決めつけていると考えられます。


 いつまでもここにいるわけにいきませんわ。そう思い森の反対側にある広い湖を眺めましたわ。この湖は以前グレイ様と遊びに来たことがありましたわね。仮にも十年来の幼馴染。遊んだ場所は数知れず。


「今は昔の思い出に浸っている時間はありませんわね」


 ですが、あの収納スペースに文字を残した以上、気付く可能性があるとすればグレイ様だけ。であれば、私はグレイ様が見つけてくれるような場所に隠れるべきです。


「グレイ様といえば、昔遊んだ際によく帰ることに駄々をこねた私に、グレイ様を付き合せて隠れていた小屋がありましわね」


 グレイ様は覚えていらっしゃるでしょうか。いえ、覚えていなくとも、もう私にはあそこに隠れる以外に活路を見出せそうにありません。


 倒れているヤーコフさんの遺体を、せめてと思い、目を閉じさせました。彼の頬に右手をあて、自らの左手を私の心臓にあてがいながら、私は彼に言葉をかけました。


「ヤーコフ・クエンカ騎士伯。貴方のその忠誠。誠に感謝致します。このルクレシア・ボレアリス・ベッケンシュタインは、必ずや生き延び、ヤーコフという一人の騎士の名を生涯語り継ぐことを誓いましょう。貴方の故郷は北方の雪山でしたね。ここはお暑いでしょう? きっと我が家の者が、貴方を綺麗に弔ってくれますわ」


 ヤーコフさんに花を添えて差し上げたかったのですが、いつまでもここにいるわけにも行きませんね。それに現場に花を残しては、私がここに戻ってきたのがイサアークにバレてしまうかもしれません。


 私が生き延びるということは、イサアークに捕まったまま軟禁されることではありません。それは公爵令嬢としての私が死ぬということです。


 だから絶対に捕まる訳には行きません。貴方の死を無駄にする訳にはいきません。


 イサアークから隠れるために、小屋に向かって走っていきました。


 普段の私は、当然のことですが走りません。運動は精々社交の為のダンスのみ。そのダンスもなぜか殿方のリードに合うことがなく、いつの間にか転んでしまうことが多いです。


 しばらく走ることができましたが、さすがに疲れました。ですが、走りませんといけません。


 やっとの思いで小屋にたどり着いた私は、小屋の中に隠れようと思いましたが、ここはロムニエイ公爵家の屋敷からとても近く、かなり危険なことには変わりませんわね。


 この部屋にはろくに隠れられる場所などありません。


 簡易ベッドはありますが、その下に潜り込むスペースなどなく、布団に潜り込んだとしても、隠れていることが丸わかりでしょう。これでは、小屋の中に誰かが来たら一発でばれてしまいますわね。


 それでしたら偽装するしかありませんわ。私にできることって何かしら?


 そうですわ。汚しましょう!


 家具や毛布を汚して捨てるのです!


 そしてごみと一緒に私もそこに潜り込みましょう!


 まさかこの公爵令嬢の私が、自らごみのような場所にいるだなんて、誰も気付きませんわ!


「……誰も気付かないのは、まずいですわよね」


 どうしましょう。考える時間もございません。では、一つだけ何かを残してその裏にメッセージを隠しましょう。


 メッセージの場所としては、さきほどと同様にカーペットをめくると関連付けましょう。馬車の中から連想で行けるかもしれません。


「それと、私が手で運べる家具はすべて私と一緒にごみ溜めになってもらいますわ。カーペットだけ残すことで、これだけ私でも運べそうなのに部屋に残っているって考え方もできそうですわ」


 いつの間にか、グレイ様にだけ向けたメッセージを記載し、私はそれ以外の家具を湖の水とそこら辺の土で泥だらけにしましたわ。昔から汚すのは得意でしたのよね。そしてごみの山を左右に構え、それを泥だらけの毛布で覆いかぶせました。


「この中に入るのですね」


 私は、泥だらけのごみの中に潜り込みました。泥といっても、汚い水で汚した訳ではないし、臭う訳でもない。


 我慢すればどうってことはありませんわね。じっとしているのも得意ですわ。一日ほどじっくり待てばきっとグレイ様は来てくれます。間もなく夜になりました。


 毛布越しでも外が暗いことがわかります。さすがに夜中にここに探しに来るわけはありませんよね。ゆっくり休めるかしら。いえ、難しそうですわね。でも、仕方ありません。


 翌朝になりました。朝日が眩しい訳ではありませんが、やはり毛布越しとはいえずっと外にいると日の出とともに目が覚めますのね。さて、今日中に見つけて欲しいものですわね。


 捜索隊らしき方々が私の名前を呼びながら探し回っています。


 ですが、その集団の声はあくまでルクレシア様とお呼びで、ロムニエイ公爵家の手の者だった場合、私は自ら捕まりに行くようなものですわね。


 せめてお父様やお兄様の声であれば、出ていきやすいのですが、やはりそういった声は聞こえませんわね。


 このあたりを探させないようにロムニエイ公爵家側が手を回しているのでしょうか。ここに隠れるのは失敗だったかもしれません。


 長期戦になりそうと思った私は、喉の渇きを感じました。すぐそこにある湖で喉を潤したいところですが、出ていける状況なのでしょうか。夜まで耐え忍びましょう。


 そして夜、月明かりのおかげであたりを確認できましたが、誰もいないようですわね。湖の近くで屈み、両手で水を掬いましたわ。丸一日以上食事もろくにできていない私には、不衛生なこんな水でも美味しく感じました。


 そして私は朝に備え仮眠を取りました。翌日も似たような日中を過ごし、同じように夜中に水を口に含みました。そしてある日の夜、小屋の中に誰かが入ってきました。これまでも小屋に人が入ってくることはありましたが、夜中に来たのは今日が初めてです。


 そして何者かは私の隠れているごみ溜めの前まで来て足を止めましたわ。ああ、あのメッセージを確認されましたのね。


 そして毛布を剥がれると、そこにいたのは憎たらしい幼馴染の顔でしたわ。


「ルー? おなかすいた?」


 そこに立っていた銀髪の男が視界に入った瞬間、一瞬で安心感に包まれてそのあとのことは何も覚えていませんでした。


☆★☆☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

簡易キャラクター紹介

name:レティシア・クーデンベルク・クラヴィウス

最近心がけていること:お茶会では必ず、ルクレシアの隣りに座り、彼女のミスをすべてなかったことにすること

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今回もありがとうございました。

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