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朝めし屋ー日本橋本店ー  作者: FUKUSUKE
シャルロットの日常
1/3

はじめての日曜日(1)

シャルロットがマルゲリットの街にやってきて、最初の日曜日のお話です。


元々はシャルロット目線で書いていたものですが、第三者目線で書き直しています。


 シャルロットはマルゲリットの街に来た日からシュウの部屋で寝泊まりするようになっている。もちろん、クリスも一緒だ。

 マルゲリット(異世界)で営業している間、シャルはずっと店の奥にある和室でテレビで放送されているアニメを見て時間を潰してきた。

 本来、シャルやクリスが日本で暮らすためには国籍が必要である。地球には国連加盟国として認められている国が百九十以上あり、日本では基本的に日本国籍を持つか、パスポートなどの国籍を証明できるものを持っていなければ、滞在することができない。更に、国によってはビザがなければ入国することもできない。

 もし、万が一にもクリスやシャルが異世界人であることが露見すれば、入国管理局の人たちにより拘置所へ連れていかれることになるだろう。例え、強制送還することになっても送還先に送り届ける方法がないといっても、彼らは役人であり、本来なら法律に基づいて厳格に行動するべき義務を負う人間なのだから。

 昨夜、シュウはクリスやシャルに対して頑張って国籍やパスポート、ビザについて説明していたのだが、突然思い出したように最もわかりやすく説明できる映画を見せた。

 その映画は、宇宙から巨大な乗り物が地球に降りてきて、中から首が長く、ひょろひょろと細長い指を持った宇宙人がでてくる話だ。

 植物を採取しにきたと思われるその宇宙人が活動しているときに、彼らの乗り物に人間の男たちが近づくと、一人の宇宙人を残して乗り物が飛び去ってしまう。取り残された宇宙人は人間の男の子と出会い、友情を育んでいくのだが、宇宙人の乗り物を見つけた男に見つかり、追いかけられて死にそうになるという話である。

 最終的には子どもたちが協力して宇宙人を助けてくれるのだが、姿かたちは人間と変わらなくても、役人からすれば異世界人であろうが関係ないし、地球外の生命体であれば研究対象として扱われる可能性が非常に高いとシュウは説明した。


「腰に鍵をいっぱいつけている人は、怖い人なのっ」


 シャルはそう言うと、腰に鍵をたくさんつけている人には気をつけないといけないと力説している。

 ただ、シュウとしては他にも言いたいことがあるようで、映画の余韻を楽しむわけでもなく、話を続けていく。


「日本という国では、十五歳までは義務教育と言って小学校、中学校に行かないといけないことになっている。シャルはまだ十歳だから、日本に暮らしているなら小学校に通っているはずだから、うちの店の営業時間帯は学校に行ってるはずだろう? なのに、学校に行かずに街を歩いていると、腰に鍵をいっぱいつけた人に見つかるかもしれない」


 シャルはコクコクと頷く。


「でも、シャルには国籍がなくて学校には通えない。子どもを学校に通わせていないと、保護者……オレも腰に鍵をたくさんつけた人に連れていかれちゃうんだ。だから、小学校が休みのときだけ、シャルも一緒にお店を手伝って欲しいんだ」

「他の日は学校というところに行ってるフリをすればいいの?」

「そういうことよ。その休みの日が明日なの」


 シュウのわかりにくい説明をなんとか理解したシャルの回答に、クリスが補足する。


「うん、がんばってお手伝いするのっ!」


 シャルは返事をしたものの、本来ならマルゲリットでの営業後に賄いを食べるのだが、今日はパメラが長居したために時間がない。

 そのまま、日本での「朝めし屋」の営業に突入した。







 日曜日の日本での営業はとても忙しい。

 絶え間なく入ってくる客で、カウンターは常に満席。4人掛けのテーブル席も相席で常に客が座っている状態だ。

 メニューはマルゲリットでの営業とは違って、季節のとん汁とだし巻き、ごはんのセットしかないのだが、だし巻きは焼く間もおかずに売れていくという状況で、シュウはずっとコンロの前にいると言っても過言ではない。

 メニューは一つしかないので、客が座れば先に会計を済ませ、できあがった料理を配膳するだけという作業なので、誰でもできる。

 ただ、シャルはまだ体力が戻っていないため、シュウは配膳まではさせなかった。

 シャルにはごはんが入ったお櫃を持っていくことと、お茶を出すこと、丸いトレイを拭くことだけだ。


 途中、シャルのお腹の虫がくぅとなることもあるのだが、シャルも必死に働いていて、気が付いていないようだ。


 営業時間を終えて、最後のお客さんがお店を出て行くと、クリスとシャルは暖簾を片付けようとお店の外に出る。

 そこには、スマホや大きなレンズをつけたデジタル一眼レフを持った客が二十人くらいで待ち構えており、一斉にシャッターを切る。

 シャルはとても驚いたような表情をしているが、周囲からはクリスやシャルに向けて掛ける声が聞こえる。


「クリスちゃんこっちむいて!」

「シャルちゃん笑って!」

「2人ともポーズとって!」

「お前たち!写真よりも瞼の裏に焼き付けるんだっ!」

「ああ、女神さまが天使を連れている……」

「シャルちゃん、お持ち帰りしていい?」


 シャルはそこに並ぶ客に、腰からじゃらじゃらと鍵をぶら下げいる人がいないことに気が付くと、ほっと息を吐いて安堵の顔を見せる。

 ただ、すぐに変なことを口走っていた人間もいたことに気が付くと、笑顔の裏側に警戒心を込めた瞳を作り上げていく。

 すると、クリスが暖簾を外すと、シャルに暖簾竿の反対側を持たせ、そのまま暖簾竿を持ち上げて、右の踵を上げてポーズをとる。


 カシャカシャッ

 パシャパシャ

 カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャッ


 太陽が真上に見えるくらい明るい時間なのに、ストロボの光がシャルの目を眩ませるのだが、クリスが動くたびにそれが続くのが楽しそうに見えるのか、シャルも一緒になっていろんな恰好し始める。

 少しずつ、シャルの瞳から警戒心が消えていき、楽しそうな光をもつように変わる。


「今日もありがとうございました!また明日ね!」


 しばらくすると、クリスは店の前にいた男の人たちに手を振って、シャルと一緒にお店に入り、鍵をかける。

 外の喧騒と比べると、お店の中はとても静かだ。

 とても埃っぽい感じがした日本の裏なんばから引き戸の中に戻るだけで、とても空気がきれいになる。

 シャルは肺の奥まで息を吸い込むように深呼吸をすると、溜息を吐くように言葉を漏らす。


「ふぅ……疲れちゃったの……」


 もう力尽きそうだと言わんばかりの表情だ。


 少し前は本当に力尽くというか、命の炎まで燃え尽きそうになっていたみたいだが、今日は違う意味で疲れたようだ。

 シャルはフラフラとカウンターに向かって歩いていくと、漸く椅子に座る。


 すると、厨房には、シュウとクリス入っていて、仲よく賄いの朝ごはんを作っている。


 ブィーーン!!


 クリスはすごい音をたてながら楽しそうに何かをしているが、シャルにはそれを見るために立ち上がる力がでてこない。

 でも、その音とは別にシュウのところからいい匂いがしてくる。

 シャルは思わず立ち上がりそうになるのだが、一度座った脚は、根が生えたように言うことを聞かなかったようだ。




「シャルちゃん、ごはんできたよっ!」


 シャルは知らない間に寝ていたようで、クリスの声で目を覚ます。

 少し、損をしたかのようにシャルは唇を尖らせて、悔しそうな顔をしている。


「おまたせっ!」


 シュウの声と、コトリという音と共に、丸いトレイにいっぱいの朝ごはんが現れる。


「わぁ!美味しそうなのっ!

 これが今日の朝ごはんなのっ?」


 シャルはトレイの上に並ぶ料理に、思わず声にだしてしまった。


 目の前には鮮やかなオレンジ色に輝くスープが温かそうに湯気を上げていて、白い液体が漂っている。その上には緑の葉を刻んだものが浮いていてとてもきれいだ。

 スープの奥にはとてもぷるぷるとした黄色いなにかと、燻製肉と緑色の細い野菜を炒めたものがあって、小さな赤い実が彩りを添えている。

 そしてすぐ左には、とても柔らかそうな白いパンが2切れ……。


「もう昼ごはんの時間だけどねー」


 クリスが少し疲れた感じでシャルの隣に座ると、疲れたような溜息をつくように言うのだが、シャルの目には元気そうなクリスしか映っておらず、驚いて目を瞬く。


「これを食べたらシャルの服とか日用品を買いにいかなかきゃな」

「そうね!今の服だけじゃ足りないもの」


 一瞬、さっきまでだし巻きを焼き続けていたシュウを見て、その元気さにシャルまたは驚いたように目を瞬くが、漂う香りのせいで、すぐに目を逸らす。

 シャルはもう目の前の料理に釘付けになっているのだ。


「「「いただきますっ!」」」


 シャルは最初に匙を取ってスープに突っ込むと、白く浮いているものも混ぜてしまって、掬いあげる。


 フーッフーッフーッ


 まだ湯気が出ているスープは熱そうで、息を吹きかけて冷ましてから口に注ぎ込む。


 口の中には、リンゴのような果物の香りと、油でじっくり炒めたタマネギの香り、少し青臭いような土の香り、生クリームの香りが混ざり合い、ぷわんと広がる。特にリンゴのような香りが強くて、そこから感じる甘味のようなものが鼻腔の奥まで広がっていく。

 舌にはリンゴのような果物の甘さと、油でじっくり炒めたタマネギの旨味と甘味に生クリームの甘みがじんわりと伝わってくる。それを引き立てているのが絶妙な加減で投入された塩で、客に出している味噌汁のような炒った魚や海藻の味はしないし、鶏や豚の肉の味がしない。だが、とても濃い旨味が舌全体を包み込んでくる。


「このスープ、おいしいのっ!あまくて、濃くて、『りんご』の味がするのっ!」

「これは『ニンジン』のスープよ?」


 実はシャルはニンジンが大嫌いだ。

 そのことは一昨日、寝る前に苦手な食べ物を聞かれたときにクリスに話しておいたことなのだ。


「『ニンジン』はこんなにいい匂いしないのっ!『りんご』なの!」

「『りんご』は日本でいうリンゴのことよ」


 突然、シャルが『りんご』だと言ったので、シュウは『りんご』が何のことかわからないみたいで、ポカンと呆けた顔をしてシャルをみている。

 それを察した、クリスが、シュウに日本の名前で説明をする。


「ああ、これはニンジ……『ニンジン』で間違いないよ。

 マルゲリットの『ニンジン』は青臭くて土臭いけど、これは日本の『ニンジン』名人が作った、『りんご』のように甘い『ニンジン』だ。ちょっと待ってろよ」


 シュウそう言って厨房に戻ると、スルスルとニンジンの皮を剥いて、ひとくちサイズに切って持ってくる。


「生のまま食べてごらん」


 目の前に置かれた小皿には、ちいさなニンジンスティックがいくつか置いてあって、とても甘い香りを放っている。実際にいま、皮を剥いてカットされたニンジンだから、ニンジンに間違いないんだけど、やはり香りはリンゴだ。


 カリッポリッポリッポリッ……


 シャルは、シュウに言われたとおりに齧ってみると、やはり風味も味もリンゴのようだが、ほんの少し青臭さと土臭さがあり、仄かに苦味を感じる。この食感とほんの少しの青臭さ、土臭さ、苦味が無かったらリンゴと間違えそうなニンジンだ。


「『ニンジン』なの……

 これは世界中の『ニンジン』嫌いな人を救う『ニンジン』なのっ!!」


 シャルは少し大げさに言っているようだが、クリスはウンウンと頷き、シュウは楽しそうに笑っている。


「『ニンジン』が好きになったってことね?」

「この『ニンジン』なら好きなのっ!」


 つまり、他の『ニンジン』は食べられないということだ。


「マルゲリットの人は、野菜を食べないからなぁ……

 シャルにも少しずつ野菜好きになってもらわないとな」


 シュウがそんなことを言っているが、シャルは野菜ばかりでは大きくなれないと言わんばかりに睨み返す。

 シャルにとっては、パメラのような巨乳になるには、野菜よりも肉ということなのだろう。


 シャルは少し不機嫌な顔になると、奥に控えるベーコンとアスパラガスの炒め物にフォークを突き刺す。

 シャルが目の前に掲げたフォークにはベーコン、アスパラガス、ベーコンの順に三切れが刺さっていて、燻製の匂いがふんわりと漂う。シャルはその匂いにうっとりとした表情を見せると、一気に口の中に入れてしまう。


 ジャクッジャクッ


 厚めにカットされたベーコンはグニュと口の中で噛み切られ潰されていくが、アスパラガスは繊維質が多い野菜で、独特の食感がある。ベーコンの脂は繊維質なアスパラガスを食べやすくするとともに、甘みを引き立てる。噛めば噛むほどベーコンの旨味に加え、脂の味がねっとりと広がって舌を喜ばせる。

 鼻にはベーコンの燻製香に加え、アスパラガスの爽やかな青臭さと甘い匂いが通り抜け、一体化して食欲を刺激してくる。


「これも美味しいのっ!」


 シャルは、ベーコンの脂が口の中に残っているあいだに、白いパンをちぎって口に入れる。

 シャルはアプリーラ村でこんなに柔らかいパンを食べたことが無い。それに、小麦の香りがフワッと鼻をくすぐり、仄かな塩味と甘みがとても優しく舌に伝わってくる。

 アプリーラ村ではライ麦を使った黒くて硬い、ボソボソとしたパンが多いので、口の中に油脂分が残ってるうちに食べないと喉に詰まると心配したようだが、この白いパンなら安心して食べられる。

 その柔らかさと生地の甘さに、少しずつシャルは笑顔になっていく。


 シャルは残った料理に目を向ける。

 トマトもあるけれど、先に黄色いぷるぷるとした物体……これはオムレツだ。

 アプリーラ村ではオムレツは丸くて中にいろいろ入っていて硬い、トルティーヤと呼ばれる料理なのだが、これは木の葉型をしていて、ひとりで食べるのにちょうどいいサイズになっている。

 シャルは、フォークよりも匙の方が食べやすそうだからと、匙を手に持って切ると口に運んだ。


「すごくいい香りっ!」


 口の中に入れると、バターの香りと、森の土の香りがパッと広がって、遅れてたまごとチーズの仄かな香りが広がる。バターの脂を吸ったたまごとチーズがトロトロとまとわりついて、その味を舌に染み込ませてくる。


「『トリュフ』の入った塩は、『たまご』と『チーズ』にピッタリよね」


 クリスが覗き込むようにシャルのことを見つる。

 その青く輝く瞳は時に冷たい印象を与えてくるのだが、嬉しそうに笑っていることが伝わってくる表情がその印象を覆し、シャルに心から安らぎをあたえる。


 シャルはコクコクッと頷いて、白いパンにオムレツを乗せて口に運ぶ。


 シャルはたった三日前は絶望の淵に立たされた気分になっていた。だが、今はすごく幸せだ。

 大好きなクリス、シュウといる暮らしは毎日楽しくて、とても美味しいごはんが食べられる。


「ずーっと、三人で暮らせればいいな」


 シャルは心の中でつぶやくと、ニンジンのスープを掬って、口に流し込んだ。


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