第46話 異常事態
タタール荒野にてシールスト国軍と連合軍が戦っている少し前、シールスト国の南部の街ヘラ付近では軍が荷物を持って森の方へと進んでいた。
シールスト国の南には妖精の森という数ヶ国と接する大森林があり、協定で妖精の森は何処の国の領土でもない事が定められていた。
妖精の森は魔物の住処であり、よく冒険者ギルドが魔物の間引きを行なっていた。
魔物の間引きをしないと増えて街に襲いかかってくる為である、その為軍も出動する事により戦争の余裕が無く、暫くこの付近は平和であった。
そして、この戦争中もルクレール王国やフラント王国、ルシタニア連邦は定期的に魔物の間引きを行なっていた。
しかしシールスト国は治安維持に必要な最低限の兵力である4万を除いた全軍でルシタニア連邦に侵攻した為、間引きをする兵力が居なくなったのである。
当然、シールスト国政府もその対応策があってルシタニア連邦に侵攻したのであるが、その対応策が兵士が運んでいる積荷の中にあった。
「よし、ここらでいいだろう。積荷を降ろせ!傷つけるなよ!」
隊長がそう言うと部隊は停止し、兵士が積荷である木箱を馬車から降ろし始めた。
木箱を降ろすと、蓋を開け何ある樽を取り出した。
「よし、魔法使いは風魔法で妖精の森の方に風を送ってくれ。」
「「「はい!」」」
隊長がそう言うと、部隊と一緒に来ていた風属性のある魔法使いが魔法で妖精の森の方へと風を送った。
魔法使いは精霊使いとは違い精霊と契約していない、その代わり魔力量が多く精霊使いには及ばないが魔法を使えた。
此方側を追い風にする風魔法くらいなら風属性のある人なら誰でも使える初級魔法であり、数時間持続する事が可能であった。
「よし、追い風になったな。樽の蓋を開けて火を付けろ!」
隊長がそう指示すると等間隔に置かれた樽の蓋が斧で壊され、火の付いた松明を中に投げ入れた。
すると、樽の中から紫色をした煙が上がって来たのである。
風魔法によって妖精の森の方へと風は吹いている為、樽の中から上がった紫色の煙も自然と妖精の森の方へと向かった。
「よし、あとは煙が無くなるまで待つだけだ、皆休んでいいぞ!」
すると、皆緊張感が解れたのか座り出す人や楽しそうに談笑し始めた。
この任務は3日に1度のペースで行っており、シールスト国がルシタニア連邦に侵攻した時から毎回欠かさず行なっていた。
任務は簡単、樽を森の前まで運び魔法使いに追い風にしてもらい樽に火を付けるだけである。
しかし、この樽の中身は酸性系の液体である為、皮膚に着いたらその部分が溶けてなくなる為、皆樽を割らないように気を付けていたのである。
そして燃やしている樽の付近には前に燃やした樽の残骸が無造作に捨てられていた。
「しっかし、何だろうな。この樽の中身は、」
「さぁね、上の考えてる事は分からんが、魔物が来なくなってるから、燃やしたら魔物の嫌がる匂いが出る煙じゃ無いか?」
兵士達には樽の中身について一切説明が無かった。
その為、兵士達には魔物が嫌がる液体程度にしか思っておらず、この液体が燃やされる事によって発生する煙が与える深刻さについては一切知らなかったのである。
「そう言えば聞いたか?10万で攻め入った我が軍が7万弱になったらしいぜ!」
「へぇ、俺たちには関係のない事さ、どうせ勝ってもそのお金は貴族達の懐の中さ、俺達には1エルも回って来ねえよ。」
シールスト国は異常な程の格差社会である。
下位の90%の財産は上位1%の財産と同等と呼ばれる程酷く、他のエリフィス教諸国では禁止されている奴隷も普通に存在している。
他のエリフィス教諸国では重犯罪奴隷のみ合法の国が多いが、シールスト国は全ての奴隷が認められている。
その為、薬草の利益も国民に還元されずに貴族の懐と軍事強化に全て消えている。
「そうだな、亡命しようかなぁ。」
「辞めろよ、バレたら殺されるぞ。」
シールスト国では、ルシタニア連邦が誕生してから、そっちに流れる民衆が絶えず、時のシールスト国政府は許可書を保有している人以外の出国を禁止したのである。
北には帝国、西には砂漠、南には魔物の巣窟、シールスト国から逃げようと考えたら東にあるルシタニア連邦に逃げる以外の手が無かった。
その為、ルシタニア連邦に亡命しようとした人が警備隊に見つかり殺された例は少なくない。
「冗談だよ、本当にそんな事 • • • • • • • 」
「お、おい。どうしたんだ?」
はははと笑いながら言っていた同僚がいきなり声を止めたのである。
不審に思った兵士は聞こうと声を掛けた。
「静かに!何か聞こえないか?」
「あ?何かって。」
何か音が聞こえると言う同僚の兵士に、暫く静かにしているとドドドッと地響きみたいなのが聞こえてきた。
一瞬、連合軍かと思ったが、シールスト国軍は7万の兵力である、それが敗残兵も見てないのに、ここまで来ているとは思えなかった。
「こ、これ森の方から聞こえないか!?」
「ん?なんだあれ。」
そう感じ、今も紫色の煙が流れていく妖精の森の方を見ると少し遠くに土煙みたいなのが見えた。
木々が生い茂る妖精の森と違って今いる場所は死のラインと言われる草木が一本も生えてない土地であった。
妖精の森に沿って存在する死のラインは昔のシールスト国政府が毒を撒いた為、草木が生えなくなったと言われている。
そして、暫く目を凝らして見ていると、その兵士はどんどんと顔が青ざめてきた。
「や、や、ヤバイぞ!!た、隊長!森の方から多数の魔物が向かって来ます!!」
それは妖精の森に住んでいる魔物達であった。
魔物と言っても下から初級、中級、上級、災害級の4段階あるが、全て襲ってくるわけではなく、ペットにしたりできる魔物もいた。
中級から上は人に襲ってくる魔物で、討伐しギルドに持っていくと買い取ってくれる。
しかし、そんな中級クラス以上の魔物が大群となってこっちに押し寄せているのである。
兵士は直ぐに隊長に確認した。
「な、何だと!?数は!」
驚きのあまり持っていた水が入った水筒を落としてしまった隊長の質問に部下は暫く間を置き青ざめた顔で言った。
「ひ、100を優に超えています。」
「!?」
部下からの報告を聞き、隊長の顔も青ざめていった。
今回の任務は樽に火を付けるだけであり、妖精の森近くに行くからとは言えそこまで重装備では無かった。
最も重装備で来てもあの魔物の大群に勝てるとは思えなかったが。
「隊長、どうします!」
「こいつらの進行方向には街がある!絶対にここを、うぉ!?」
食い止める!と言おうとしたが、突如火球が飛んできて地面が爆発した。
奇跡的に誰も怪我をしなかったが、命中していたら間違いなく死んでいた爆発であった。
そして、皆が狼狽える中、兵士の一人が火球が飛んできた空を見た。
「あ、あれは。グリフォン、何故。」
そこにいたのは人間に対して融和的で、性格も比較的大人しいグリフォンであった。
グリフォンは飛びながら火球を放つなど非常に強い魔獣であった。
人間の味方をする事は殆ど無いが、人間と敵対する事も無い無害な魔獣のはずだった。
しかし、そのグリフォンがこっちに火球を放ってきた、グリフォンが相手では飛龍でも勝てるか怪しかった。
「なんでグリフォンが、一体どうなっている!」
その言葉に応えられる者は誰もいなかった。
そして彼等は既に戦意喪失していた、直ぐそこまで来ている魔獣の大群だけなら全滅しても、街への被害は少なく出来る可能性があった。
しかしその魔獣に更にグリフォンが敵なら、彼等に勝ち目も被害を食い止める事も何も出来なかった。
「嫌だ嫌だ!死にたく無い!うわぁぁぁぁぁ!!!」
「お、おい!」
恐怖のあまりか発狂して街に向かって走り出す兵士も居たが、魔物の速度に人間が敵うわけが無い。
皆、その事は分かっていた為、止める者はいない、死ぬのが早いか遅いかの違いでしかなかった。
「何故、こんな事に、もう我が国は終わりだ。」
「は、ははは。良いじゃないか。どうせクソみたいな貴族がのさばっているクソみたいな国なんだから。」
もうはや、やけクソであった。
しかし、彼等は全員平民であり、貴族出身の人は一人もいなかった。
普段なら軍紀の為、遠回しに注意する上官も今回ばかりは何も言わなかった。
恐怖のあまり家族の名前をずっと言い続けている者もおり、更に魔獣の大群へと剣を持って向かう者もいた。
彼等の運命は決まっていた。
そして、その30分後、その場所に立っている者は誰も居なかった。




