何が見える?
とある星。
とある時。
とある地。
貴方は人間てどんな生き物だと思いますか?二組の手足があって、直立歩行、高度な文明があって、とても賢い生き物でしょうか?
キョウタロウはそんな人間の一人です。ただ彼が人間を人間として見えているかは、ちょっと違うみたいですね。
「お兄ちゃん」
小さな影にキョウタロウは後ずさります。彼にとってその影はとても怖いものだからです。もしかしたら、白いワンピースの可愛らしい女の子だったのかもしれません。
しかし彼の目に彼女は、どろどろとした黒い粘体で、それは絶えずどこかで泡をたてていて、無数の目玉がぎょろぎょろと視点を合わさないように動き回り、触手とも腐った肉の溶けた何かともつかないものを伸ばしてくるように見えるのです。
「風船!とって!」
ガキンチョが無茶苦茶を要求してきました。キョウタロウは困ってしまっています。
ガキンチョではなく、得体の知れないものに見えている女の子?は、触手とも爛れ溶けた肉の腕ともつかないもので、たぶん指差しました。
風船です。樹に風船が引っかかっていました。真っ赤に熟れたりんごのような赤い風船です。
どうやらこのガキンチョは間抜けなことにも、風船から手を離して逃してしまったのでしょう。樹に風船があるのは奇跡です。
「木登り苦手なんだ」
キョウタロウは困りました。彼はインドア派で、木登りなんてしたことがありません。無理にしたところで、十中八九落っこちてしまうでしょう。痛そうですね。
とはいえです。
たぶんおそらくたいていであったとしてもだす。もしかしたら人間かも知れないものに困っているのだ助けてなんて言われれば、これを拒否できるでしょうか?
キョウタロウにはできません。
おかしいのはキョウタロウの目であっても、得体の知れない怪物のような人間は人間でしかないのでしょうから。
「えい」
キョウタロウは考え、ひとまず樹を蹴ります。もしかしたらクワガタムシやカブトムシのように落ちてくるかも、かもしれません。あるいはどこへなり風船が飛んでいってくれるかも。そんな期待を足裏に込めていました。
しかし樹は僅かに枝を揺らしましたが、今だにしっかりと立ち伸びています。むしろ反撃です、キョウタロウは樹が足に噛み付いてきたと考える痛みを顔の表にでないよう押さえ込みました。
チラリ、とキョウタロウは女の子?を見ます。彼女はキョウタロウの不甲斐なさを見て、笑っているようでした。
黒い粘体がふるふると小刻みに揺れています。イヒヒ、と笑い声が聞こえたような聞こえなかったような。怪物の気持ちはわかりずらいものです。あるいは、相手を怪物と思い込んでいるのなら、でもそれは怪物となるのです。
「からかってるのか」
「そんなことない」
むぅ、とキョウタロウは唸ります。
もしかしたらなのですが、キョウタロウは女の子?にからかわれているのかもしれません。でも、彼にはそれが本当に正しいのかわかりません。
女の子?は怪物であっても、人間ではなく、少なくともキョウタロウにはそうやって見えていましたから。
「……」
そこでキョウタロウは決心します。
怖いからと目を背けていてはわかりません。
女の子?をちゃんと見ることにしました。
「?」
女の子?にキョウタロウの決心はわかりません。
「風船はもう諦めて」
「え……」
女の子?は悲しそうな声で、粘体でも硬くなっていたからだが、ふにゃふにゃと広がっていってしまいました。
「新しい風船、は無理かもだけどアイスくらいなら買ってあげる」
「本当!?」
女の子?は嬉しそうな声で、体が硬くなりそれはむしろ棘のように鋭くなっています。
どうやら女の子?は気分が悪いほうに転がると柔らかく、また逆に気分が良くなると硬くなるようですね。
キョウタロウもなんとなくわかったようです。
怖い。
恐い。
恐ろしい。
でもだからって、いつまでも目をそらしてはいられません。そして決意します。
「肩車してあげるから、きみがとって」
「ぴっ!?」
女の子?を肩車しました。
「!?」
言いしれぬ嫌悪感がキョウタロウを襲います。どろりとした柔らかい肉が首筋を飲み込む感触。生温かくも冷たい。
耐えました。
キョウタロウは耐えました。
女の子?を助けるためです。
どのような見姿であろうとも、困っているのであれば、またキョウタロウのちょっとした手助けだけで助けられるものであるならば、これを見捨てることなどありえないからです。
「届きそう?」
「まだー」
女の子?は手を伸ばします。しかしどうにも、まだ高さが足らないようです。
「よし!」
キョウタロウは女の子?を抱き上げます。女の子?はちょっと驚いてしまったようですが、キョウタロウの腕の長さの分だけさらに高さを稼ぎました。
ぐにゃり。
キョウタロウは手に伝わるものに対して、眉間に皺を寄せました。
「取った!」
成功です。女の子?の手にはりんごのように赤い風船の紐がしっかりと握られていました。
「ありがと!」
ありがとう。
何故でしょうか、キョウタロウの心にその言葉が刺さります。
嫌悪から逃げるための行為を感謝されてしまったのです。……複雑な気持ちです。
悪い気はしなかったようですね。
しかしキョウタロウは……女の子?はまた手を離して、樹に風船を引っ掛ける瞬間を見てしまいました。
女の子?は他の人たちに、風船をとってくれと頼んでいます。女の子?を手伝ってくれる人はキョウタロウ以外にはいなさそうでした。
溜息を一つ吐きます。
助けますか?
助けませんか?
キョウタロウの足は、女の子?のほうにむいていました。一度助けたのですから、二度目も変わらない、最後まで面倒を見よう、そんな心をもっていました。