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小さな報復




 今日は聖女のお仕事がお休みの日で、気晴らしのためにフランシスと王都の中心から少し離れた広場へとやってきていた。ここは国外の商人たちも立ち寄るほどの市場があるのでとても活気がある。


 所狭しと並ぶ店には色々な商品が並び、売り子たちの客を呼び込む声もあちらこちらで聞こえる。耳をすませば、どんな商品があるのか簡単に知ることができた。


 わたしはこの活気ある市場が小さいころから好きで、よく出入りしていた。聖女になる前から遊びに来ているので、年配のおばさまたちはわたしを聖女としてではなく商家の娘として扱ってくれる。今日だって、沢山のおやつを手渡され、世間話に花を咲かせていたところだ。


 貴族の催す夜会や茶会なんかよりもよほど楽しい。わたしは何年も貴族社会に触れながらも平民としての感覚が抜けないのだから、ずっとこのままだろうなとも思う。


「おや、いい男だね。恋人かい?」

「そう見える?」


 おばちゃんの揶揄うような言葉に笑顔で返せば、唾をつけた男はじらさずさっさと捕まえておきな、と小声で諭してきた。それが可笑しくてさらに笑うと、おばちゃんも大声で笑う。こんな場所で、こんな風に会話するのが楽しい。


「恋人に見えるよ。気を付けないと、目ざとい泥棒猫にかっさられるよ」


 おばちゃんの忠告にちらりと周りを見回せば、彼に向けられる値踏みする女性の視線を感じる。今日の彼は下町に溶け込むように平民の服を着ているのだが、キラキラしいところは隠せていないようだ。ちょっと見れば整った顔立ちをしているのだから、見とれる女性がいても仕方がない。


「うふふ、どうしたら追っ払えるかしら?」

「そうさね。仲良さそうに腕でも組んでみたらどうだい?」


 フランシスにねっとりとし熱い視線を向け、彼の隣にいるわたしにもじろじろと遠慮のない目を向けてくる女性を見つけておばちゃんに聞いてみた。彼女は誘うような目でフランシスを見つめているが、彼はガン無視だ。


「……その必要もなさそうだけど」


 おばちゃんがフランシスの態度にあきれ顔だ。しばらく彼女はうっとりとフランシスを見つめていたが、自分が彼の視線に留まらないことに気が付くと、悔しそうに唇を歪めて去っていった。

 自分の容姿に余程の自信があったのだろうが、貴族令嬢を見慣れたフランシスの目に留まるのは難しい。あれが通常だから貴女は十分綺麗よ、落ち込まないで、と心の中だけで応援しておいた。


「そうみたい」

「まあ、大事にされているのはいいことだよ」


 おばちゃんとの会話を終わりにすると、彼と手を繋ぎ、にぎわう人々を上手に避けながらお店を見て楽しんだ。


 わたしの休みの日としては、変わりのない過ごし方だ。ただ、わたしがフランシスと手を繋いでいるということだけが違う。いつもなら少し後ろを歩いているのに、今日は隣。それだけでも気分が高揚する。たったこれだけのことで、世界が変わって見えるのだから不思議だ。


 胸の高鳴りやすべてが楽しく見えてしまう気持ちって何だろう。

 初めての感情も特に嫌な気分にならない。ただただこの時間が輝いていて楽しい。


 フランシスは確かに聖女になってから一番近しい人ではある。少し意識しただけでこんなにも気持ちが変わってしまうなんて、自分でも驚きだ。それとも知らないうちに好きな気持ちはあったのだろうか。


「のどが渇いただろう」


 そういって屋台から飲み物を買ってきてくれる。水の入った木のコップを手渡され、人ごみから少し離れたところで休む。


 少しだけ浮かれていた気分で行きかう人々を見ていた時だった。前方に見える彼らを見つけて、楽しい気持ちが小さく(しぼ)んでいく。

 見たくないと思うものは目につくし、会いたくないと思う人ほど遭遇率(そうぐうりつ)が高いということなのだろう。


「あ……」

「どうして見つけるかな」


 フランシスもわたしが凝視している方向を見てから、呆れたように呟いた。彼らを見ていてもおかしくないようにさりげなく立つ位置を変える。立ち位置を少しだけ変えただけであったが、不審がられることなくばっちりと二人を観察することができた。


 ステファニーと会っていなかったら、クリフォードの浮気現場を見ていなければきっと見つけることもなかった。あれからずっともやもやした気持ちを持っていたせいかもしれない。


「……この間の人と違う」


 視線を外せず、つい目で追ってしまう。クリフォードが腰を抱き密着するように歩いている女性は王宮の庭で逢引きしていた女性と髪の色が違った。ただこの距離でもとても美しい女性であることがわかる。簡素なドレスを身に着けているが、きっとどこかの貴族令嬢だと思う。それほど一つ一つの動作が平民とは違っていた。楽し気にクリフォードの体に持たれるようにして歩いている。


 この女性にしたってそうだ。貴族令嬢であるなら、クリフォードにはあと数か月で結婚する婚約者がいることなど知っているだろうに。それでもこうして一緒に出掛けているのだから、これほどステファニーを馬鹿にした話もない。クリフォードがステファニーを大切にしないから、こうして勘違いする女性が出てくるのだ。身分だって品性だって、彼女を超えるような人などいないはずだ。


「気になるのは仕方がないが、僕たちにはどうにもならない」


 フランシスは肩をすくめた。わたしもそれは理解できる。クリフォードとステファニーの問題であるし、わたしが関与する問題でもない。


 それでも。

 悲しみを押し殺して笑顔を見せるステファニーの顔が脳裏に浮かぶ。 


「ああ、やっぱりダメ!」


 やっぱり見て見ぬふりは出来ない。フランシスが止めるのも聞かずに、わたしは駆けだした。前方を歩いている男女二人に近づき手に持っていた水を二人に後ろからバサッとかけた。後ろから水をかけられた二人は驚いてこちらを振り返った。わたしは彼らを見ることなく、全力で人ごみの中を駆け抜ける。


 クリフォードの怒ったような声が聞こえる。


「おい、待て!」


 待てと言われて待つわけがない。内心、いい気味だと笑いながらそのまま二人が入りそうにない路地裏に入り込んだ。ちらりと後ろを見れば、護衛だろうか。一人がクリフォードに話しかけ、もう二人がわたしの方を追ってきた。


 路地裏は慣れた人でないと入ることが難しい。わたしは平民として暮らしていたから、店の立ち並ぶ通りから外れても慣れた道だ。

 護衛を()くために何度か角を曲がり、先ほどの通りに出る。同じ通りであっても出る場所が違うから、クリフォードが見つけることはできないはずだ。

 達成感にぐっと拳を握りしめた。きっと今日の夜ご飯はとてもおいしいに違いない。


 うふふと得意気に笑っていると、ぐっと腕を掴まれるとそのまま胸に抱きこまれた。捕まったかも、と体をこわばらせた。


「この馬鹿が」


 囁かれた声がフランシスだとわかると体から力が抜けた。フランシスがわたしを人々の目から隠すように抱きしめた。

 彼がするりとわたしの頭から薄い日よけ用のショールをかぶせた。()いた護衛がわたしを見つけにくくするためだとすぐに気が付いた。あの短時間の間によく手に入れたなと感心する。


「だって、許せなかったんだもの」

「許せない気持ちもわからなくはないが……もっとやり方があったあろうが」

「いい気味だわ」


 くすくすと笑うとフランシスはがっくりとした様子でわたしの肩口に額を乗せてきた。ふわりと彼の柔らかそうな金の髪から花のにおいがする。


「ねえ」

「なんだ?」

「何の香水をつけているの?」


 項垂れた彼の耳元で囁けば、少しだけ顔を上げる。


「香水は使っていない」

「そうなの? じゃあ、この匂いは石鹸なの?」


 くんともう一度彼の髪の香りを嗅げば、フランシスは嫌そうな顔をした。


「匂いを嗅ぐな」

「いい匂いなんだもの。いつも気になっていたの」


 クリフォードに報復できたし、フランシスとの距離も縮まりつつある。ステファニーの他にいるはずの次期聖女候補が誰であるかはわかっていないが、何となくすべてがうまくいくような気がした。



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