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簡単にはいかないようです



「難しいかもしれません」


 フランシスが婚約者だと知ってから数日が経った。あの後、実家に帰ったものの大したことを話さず新作のお菓子だけもらって帰ってきた。デュークの言葉を信じれば、わたしはすでに婚約者がいるのだ。婚活は必要ない。


 どうやってフランシスにそのことを話そうかと悩んでいた。いつもなら何も悩まずに言葉にしてしまうのだが、この釣り合いの悪い組み合わせを思うとどうしても言葉が詰まる。自分から婚約の話を持ち出すと結婚を強請(ねだ)っているようにも思えるし、わたしとの婚約をどう思っているのか切り出すのも自惚(うぬぼ)れているようで恥ずかしい。


 そんな風に悩んでいるうちに、神殿長がやってきた。時間があるときに来てほしいとお願いしていたのだ。もっと時間がかかるのかと思っていたのだが案外早い訪問で神殿の中でも次代の聖女はとても重要なのだと実感した。


 自分の時もこうだったのかな、と想像しながら神殿長に次代の聖女がクリフォードの婚約者であるステファニー・アンダーセン侯爵令嬢であることを告げた。そして、唸るように神殿長が言ったのが、難しいという言葉だった。


「……難しい、とは?」


 理解できずに眉を寄せた。神殿長はため息を付いた。


「アンダーセン侯爵令嬢は王族の婚約者です。しかも4か月後には婚儀が予定されています。今から白紙するのは難しいかと」


 だから何なんだろうか。女神さまが彼女を次代の聖女として教えてくれたのだ。それがすべてだと思う。


「ですから、早めに動かないといけませんよね?」

「もしかしてですが、セシリアーナ様」


 かみ合わない会話に神殿長が気が付いた。こちらを確認するようにじっと見つめてくる。


「何かしら?」

「聖女に選ばれたら断れないと思っていませんか?」

「……断れるの?」

「はい」


 初耳だ。ぴきっと体が固まった。どういうことだろうと、必死に自分の時を思い出す。あの時は何が何だかわからず、ただただ言われたことに頷いた。先代の聖女も優しかったが、断ることが可能だなんて言っていないと思う。


「……無理もないかもしれません。平民で過ごしていたセシリアーナ様が突然こんなところに連れてこられたのですから」


 痛ましそうに目を細められた。そういう気遣いはもっと早くに発揮してほしい。


「聖女候補を断るとどうなるの?」

「次の神託を待ちます」


 次の神託。


 絶対に数年かかる。現聖女と同じくらいの祈りの力を持つ者が次期候補なのだから、今回を逃せば一体いつになるかわからない。

 それは嫌だ。わたしは結婚したい。


 ぱっとフランシスが思い出されて慌てて取り消した。結婚は次に考えるとして、とりあえずは自由になりたい。


「ステファニー様が同意してくださったらいいのね?」

「ええ、まあ。王家も聖女の方を優先するとは思いますが……できればクリフォード殿下の同意も欲しいところです」

「わかりました。ステファニー様を説得します」


 神殿長は何とも言い難い顔になったが、ため息を一つついて退出していった。


「……何が不味いのかしら?」


 一人になってぽつりと呟いた。


「第二王子妃の婚約者が悪いというよりは、時期の問題です」


 ずっと部屋の隅で控えていたフランシスがわたしの呟きに答えた。顔をあげて彼を見つめる。フランシスは淡々と説明してくれた。


「国を挙げての婚儀になるので、恐らくすでに他国への招待状が送られています」


 ようやく神殿長が言いたいことを理解した。招待状を送る前ならば国内だけのことなので問題なく白紙にできるが、他国もこの婚儀に向けて色々と準備をしているだろうということだ。友好な国からはすでに祝いも届いているのかもしれない。

 ただ理解したけど納得できない。この世界はどの国であっても女神様至上主義だ。


「でも、聖女に選ばれてたのだから、おめでたい話でしょう?」


 わたしも選ばれたとき、家族は赤くなったり青くなったりとすごい有様だった。それでも聖女という重要なお役目に喜びはしても、嫌がりはしなかった。平民が単純なだけかもしれないが、ご近所さんを巻き込んで連日のお祭り騒ぎだった。


「こればかりは、いくらこちらが考えても仕方がない。アンダーセン侯爵令嬢の意向を確認して、陛下に奏上するしかないだろう。それが受け入れられるかどうかは国の判断になる」

「そうなの」


 国の判断と言われてしまえば、何も言えない。わたしの範囲ではない。そのせいで聖女でいる期間が延びてしまっても諦めるしかない。


「セシリアーナ」


 なんとなく受け入れてもらえないのかな、と弱気に思っているとフランシスが私の名前を呼んだ。フランシスが筆頭護衛騎士になってから二人の時は敬称をつけないでほしいと言っていてので、彼の態度には変わりはない。それなのに、少し低めの声で名前を呼ばれてどきりとして息を飲んだ。


 がんばれ、わたし! と励ましながら意識していつもと変わらない顔をする。


「何?」

「デュークから聞いたんだが……婚約のこと、知らなかったのか?」


 どうして今それを聞いてくるんだ。平常心を保った顔が一気に崩れた。顔が真っ赤になるのを自覚するが、どうしていいかわからない。うろうろと視線を彷徨わせ、気合を入れてフランシスを見た。


 じっと見てくる彼に頭が完全に白くなる。固まったわたしを見て、彼は目の前までやってくると手を伸ばした。ぽんと頭に手が当てられる。ゆっくりと頭を撫でられ、次第に落ち着いてくる。


「……ごめんなさい」


 うつむいたまま小さく謝った。きっと護衛騎士を選ぶときに説明されていたのだと思う。居並ぶ護衛騎士候補たちに圧倒されて、全く覚えていない。言ってはいけない言い訳だと思うから、口をそのまま閉ざした。


「謝ることはない。なんとなくそんな気はしていた」


 小さな笑い声に、思わず顔を上げた。フランシスは仕方がないというような顔をしている。いつも護衛でいる時とは違い、少し緊張の抜けた表情だった。初めての表情に知らない人のように感じる。急に意識したせいか、どくどくと変な鼓動が何故か耳の中で聞こえる。


「早めに教えてくれたらよかったのに」

「信頼関係を築く方が先だったから。でも」


 彼は少し屈むとわたしの顔を至近距離から覗き込んだ。視界いっぱいに広がった彼の顔にぎょっとした。


「これからは婚約者として扱うようにする」

「お、お手柔らかに?」


 目を白黒させていると、彼がわたしの手を持ち上げて、手のひらへ音を立ててキスをした。あまりにも自然な仕草に完全に固まった。


 手の甲ならば聖女として何度かされたことはあるが、流石に手のひらは初めてだ。手のひらへのキスは意味もある。たとえ平民ではなじみのない文化であっても、7年も聖女をしていたのだ。貴族の風習もそれなりに理解していた。


「セシリアーナ?」

「ここここ、これは……!」


 言いたいこともよくわからず動揺すれば、フランシスは口元に笑みを浮かべた。


「求愛だ。セシリアーナにはあまり馴染みがなかったか?」


 求愛。


 求愛って……。


「フランシスはわたしでいいの?」

「いまさら何を。一目見た時にセシリアーナがいいと思った」


 そのままフランシスは言葉を続けた。筆頭護衛騎士は立候補制であること。もちろんそれは聖女退任後に結婚することを意味した。あの時に集まった騎士たちは少なくともわたしと結婚してもいいという意思があったということだ。

 貴族であれば常識の範囲らしいが、平民出身のわたしは知らなかった。知らなかったというよりも説明されていても、聖女という立場にいっぱいいっぱいで理解していなかったというのが正しい。


 どちらにしても心の許容範囲を超えていた。


「困ったな。キスしたら大変なことになりそうだ」


 フランシスが呟いたと思ったら、頬に唇が落ちた。子供同士でもするようなキスだ。そんな幼稚なキスでも男女の付き合い方なんて今までしてこなかったのだから、頭の中が真っ白だ。


 意図せず友人たちの男女交際の話が頭の中を駆け巡った。今まで勝手に想像してニヤニヤしていたフランシスの相手がわたしになるのだ。


 あんなことや、こんなことをフランシスと?


 具体的な想像に徐々に体が熱くなっていく。頬が熱を持ってどうしようもない。


 どきどきばくばくが止まらなくて、心がおかしくなってしまいそう。



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